RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.中西です.前回のコラムはいかがだったでしょうか.坂ダッシュを愛し,坂ダッシュに取り組む選手の皆様へ,少しでも参考になれば幸いです.
さて,今回のコラムは,200m走に関してとなります.100m走とはどのようなところが違うの?上手くカーブの区間で加速していくには?200mの後半はどのような意識で走ればよいの?少年時代の自分も疑問に思っていたことについて,言及していきたいと思います.
その走パフォーマンスの特徴を走速度・ピッチ・ストライドの観点から紐解き,どのようなトレーニング戦略をとることがハイパフォーマンスにつながるのかについて,考察していきたいと思います.100m走とは異なる走技術,体力要素が求められるこの競技.中学2年生から取り組み始めましたが,その難しさや面白さに触れ,没頭すること11年にもなります.そんな200m走に感謝を込めて,この種目を深堀していきます.
〇200m走の加速疾走局面・最大疾走局面・最大疾走速度維持局面について
篠原・前田(2019)は,先行研究(伊藤,2007;加藤ほか,2002)を参考に,200m走および100m走の局面分けをおこないました.それによると,スタートから最大疾走速度の98%に到達するまでを加速疾走局面(以下,加速局面),最大疾走速度の98%に達してから最大疾走速度に至ったのち最大疾走速度の98%を下回るまでを最大疾走局面(以下,疾走局面),最大疾走速度の98%を下回ってから200m区間に到達するまでを最大疾走速度維持局面(以下,維持局面)として定義しています.それらの定義された局面に基づき,男子学生短距離選手を対象に, 200m走および100m走における,各局面に要した時間および距離を算出しました(表1).
これらから,100m走時に比べ,200m走時では,加速する際の時間や距離が短い値を示し,最大疾走速度で疾走する時間や距離,疾走速度を維持する時間や距離が長いことがわかります.
表1のとおり,200m走時の最大疾走速度が,100m走時の最大疾走速度を超えることはありません.これは,選手が到達しうる最大疾走速度を加速する段階である程度調節し,長い疾走局面の距離を長くすることで.200m全体をより高い疾走速度で走り切ろうとしているのかもしれません.そうすることで,維持局面の距離・時間を短くし,疾走速度逓減率を抑えようとしていることが考えられます.
以下,疾走速度,ストライド,ピッチに焦点を当て,200m走のパフォーマンスやその向上させるトレーニング戦略について,考えてみます.
200m走の疾走速度について分析した報告は多くあります(高橋ほか,2012,2015,2016,2017,2018;土江ほか,2002,2010;篠原・前田,2019).これらの報告によると,最大疾走速度と200m走パフォーマンスとの間には有意な相関関係が認められています.つまり,200m走パフォーマンスを高めるためには,最大疾走速度を向上させるためのトレーニングをすることが欠かせません.
それでは,短距離走種目として1番短く,最大疾走速度が大きく走パフォーマンスに関わる100m走と比べて,どの程度の走速度が出ているのでしょうか.貴嶋ほか(2005)は,同一選手の100m走および200m走の最大疾走速度を比較し,200m走における最大疾走速度は,日本記録保持者である末續選手で100m走時の95%,高校生スプリンターで90%であることを報告しています.さらに,タイソン・ゲイ選手の200m走における最大疾走速度が100m走時の98%であったことが報告されています (土江ほか,2010).これらのことから,200m走時の最大疾走速度は,100m走時の最大疾走速度は超えないものの,100m走に近い疾走速度となることが分かります.
200m走の最大疾走速度は,55-80m区間で出現することが報告されています(高橋ほか,2012,2015,2016,2017,2018;土江ほか,2002,2010;篠原・前田,2019).その最大疾走局面後の100-150m区間における疾走速度は,最大疾走速度に比べて,末續選手の場合約0.2m/s,高校生スプリンターの場合約0.1m/s低下し,150-200m区間では,両選手が0.9m/s低下しました (貴嶋ほか,2005).また,タイソン・ゲイ選手の最大疾走速度とその後の疾走速度を比較すると,曲走路から直走路に移行した120-140m区間では,0.3m/s,ゴール付近の160-180m区間では,約1.5m/s低下していました.つまり,最大疾走速度が出現した後に疾走速度は,ゴール付近の区間において約10~15%低下することになります.100m走における,最大疾走速度からゴール付近の疾走速度逓減率は,おおむね3~6%程度であることから(土江ほか,1997;宮本ほか,2018;松尾ほか,2010,2016),200m走の疾走速度逓減率の大きさがうかがえます.
200m走の最大疾走速度は,100m走に近い疾走速度が55-80m区間において出現し,200m走の最大疾走速度出現区間に対するゴール付近の区間の疾走速度逓減率は10~15%と,100m走より速度低下が目立ちます.
〇200m走時のストライド・ピッチ変化について疾走速度は,ストライドとピッチの積によって決定づけられ,疾走速度が大きくなるには,ピッチ・ストライドのいずれかもしくは両方が大きくなる必要があります(土江ほか,2010).疾走速度の観点から明らかにした特徴を,ピッチ・ストライドの観点から紐解くことで,走パフォーマンス向上のヒントを探ることができます.
土江ほか(2002)によると,200m走におけるストライドは,最大疾走速度が得られる40-70mにかけて増加し(図1a),その後はゴールまで全平均で95%以上の高比率を維持し続けたことが明らかとなっています.その一方で,200m走におけるピッチは,スタート直後から高い値を示し,0-40mで最大値(4.68±0.21Hz)が得られ,その後ゴールまで減少し続け,ゴール手前で最小値(4.00±0.21Hz)が得られたことを報告しています(図1b).その他の研究においても(高橋ほか,2012,2015,2016,2017,2018;土江ほか,2010),最大疾走速度到達後,ストライドは維持傾向にあるものの,ピッチは減少傾向にあることが示されています.また,府金(1996)は,国内男子学生競技者とマイケル・ジョンソン選手とを比較し,ストライドにほとんど変わりはないものの,ピッチの低下が国内学生の半分であることから,走パフォーマンスとして約1.8秒もの差が生まれたことを示唆しています(図2).
これらのことを踏まえると,疾走速度の逓減を抑えるカギとして,200m走後半におけるピッチの逓減を抑えることが挙げられます.
200m走の走パフォーマンスを高めるために一番大切なことは,最大疾走速度を高めることです.最大疾走速度を高めるためには,加速能力を高めていくほかなりません.Judson et al.(2020)は,直走路疾走および曲走路疾走時の加速局面の関節モーメント,パワー,エネルギーを算出しました.前額面上の正が外向き,水平面上の正が上向きとした時,直走路疾走時と比べ,曲走路疾走時には,左足接地時における前額面および水平面上の正の足関節ピークパワーおよび負の股関節ピークパワーが増大したことを報告しています.
足関節の前額面および水平面上の正のパワーがより作用していることから,曲走路疾走時は,足関節回内外動作のさらなる安定化が求められます.また,股関節の負のパワーが作用していることは,股関節周辺の筋肉がエキセントリックな収縮をしていることを示しており,曲走路疾走時における骨盤の制御につながっています(Segal et al.,2009).曲走路疾走中の骨盤は,各下肢から相互に影響を受けており,左脚の股関節内転ピーク値が高い特徴を持つ曲走路疾走時においては,左右脚それぞれが異なる挙動を示すことが先行研究(Alt et al.,2015;Churchill et al.,2015;Judson et al.,2019)によって示されています.
したがって,腓骨筋や脛骨筋といった曲走路疾走特有の前額・水平面上の足関節動作に関連する筋力の強化をすること,曲走路疾走時において左右方向の力を受けてもぶれないよう骨盤を制御することが曲走路における加速能力の向上に役立つことが考えられます(図3).足部にチューブをかけ,足関節の回内外を繰り返す,側方へジャンプし,片脚で着地する,などといったトレーニングをおこなうと良いでしょう.
また,200m走の走パフォーマンスを高めるためには,疾走速度低下を抑えることが重要であり,そのために,200m走後半におけるピッチ逓減を抑制する,必要があるかもしれないということを先ほど述べました.しかし,前提として,最大疾走速度到達以後のストライドは維持傾向にあるため,ストライドが低下してしまうほど,むやみやたらに脚を回すようなピッチの確保に努めるべきではないでしょう.200m走の疾走速度逓減の抑制を課題としている方は,高い疾走速度で,200-300mの距離を走る,セット走をおこなうといった,スピード持久系のトレーニングを積極的におこないましょう.さらに,それらのトレーニングをおこなう際は,ある程度のストライドを確保しつつ,ピッチを落とさないという意識で取り組むと良いのではないでしょうか.
まとめ
最後に,本コラムの要点を,以下にまとめます.
・最大疾走速度と200m走パフォーマンスとの間には有意な相関関係が認められていることから,200m走パフォーマンスを高めるためには,最大疾走速度を向上させるためのトレーニングをすることが欠かせない.
・200m走の疾走速度に関する特徴として,200m走時の最大疾走速度は,100m走時の最大疾走速度付近の疾走速度となるものの,100m走時の最大疾走速度は超えないこと,その後,ゴール付近の区間(160-180m)において,約10~15%の疾走速度の逓減がみられることが挙げられる.
・疾走速度の逓減を抑えるカギは,200m走後半におけるピッチの逓減を抑えることにある.200m以上の距離,高速度のセット走を走る際は,ある程度のストライドを確保しつつ,ピッチを落とさないという意識で取り組むと良い.
・曲走路における加速能力の向上に役立つこととして,腓骨筋や脛骨筋の筋力の強化をすること,曲走路疾走時において左右方向の力を受けてもぶれないように骨盤を制御することをすることが挙げられる.
200m走に関しては,過去2人の先輩がコラムを書いてくださっています(齋藤仁志さん,澤田尚吾さん).それらも参考にしながら,200m走のトレーニングについて考えてみてください.