曲走路疾走 ~ 曲走路とは ~

MC1 澤田尚吾

RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今回コラムを担当させて頂きます,MC1の澤田尚吾と申します.私は群馬大学教育学部を卒業後,一年間の研究生を経て,今年度より博士前期課程体育学専攻に所属し,日々研究と勉学に励んでおります.専門種目は短距離です.よろしくお願いいたします.

はじめに

短距離種目で3つの世界記録を持つボルト選手(ジャマイカ)が2017年に引退し,昨今では,コールマン選手(アメリカ),ライルズ選手(アメリカ),オデュデュル選手(ナイジェリア)などの多くの若手選手が台頭しています.彼らに負けじと,2017年に桐生選手が9秒98,そして先月にはサニブラウン選手が9秒97の日本記録を樹立し,今後も日本人選手の活躍からも目が離せません.しかし,100mを9秒台で走る海外選手は,200mでも19秒台で走る選手が多く,100mと200mの両種目で活躍しています.したがって,今後日本人選手が200mを19秒台で走る時代も着々と近づいていると考えられます.

その先駆けとなり,2003年パリ世界選手権の200mで銅メダルを獲得した末續慎吾選手は,日本人で初めて世界大会の短距離種目でメダルを獲得した選手として有名です.日本記録である20秒03は現在もアジア歴代2位の記録として残っています.その後も日本人選手は世界の舞台で活躍しており,2010年モンクトン世界ジュニア選手権で飯塚翔太選手,2015年カリ世界ユース選手権でサニブラウンハキーム選手が金メダルを獲得し,昨年のジャカルタアジア大会では小池祐貴選手が金メダルを獲得しています.このような実績を踏まえると,200mは日本人選手が陸上競技にいて世界で活躍することができる数少ない短距離種目の一つであると言えます.

200mの特徴の一つは曲走路で最大疾走速度が出現することであり,60-80m区間で出現することが報告されています(高橋ほか,2012).さらに、曲走路は200mのうち115mを占めるため,曲走路を高い疾走速度で走り抜けることが競技力に大きく関係します.200mの疾走動態については本コラム第67回の齋藤仁志さんのコラムをご覧ください.曲走路での疾走が重要であると考えると、曲走路そのもの自体の話は避けて通れません.そこで今回のコラムでは,200mの特徴である曲走路について焦点を当てていきます.

  曲走路半径について

ところで,RIKUPEDIAをご覧のみなさまは,屋外陸上競技トラックの曲走路の曲率には2種類あることをご存知でしょうか?

国際陸上競技連盟(以下IAAF)公認の屋外陸上競技トラックは,1周400mの長円形であり,2つの平行な直走路部分と2つの対称な曲走路で設計されています(IAAF,2008).また,曲走路の長さは曲走路半径によって決定しますが,その半径はIAAFによって定められています.しかし,陸上競技場は陸上競技だけでなく,サッカーやラグビー,アメリカンフットボールなど様々なスポーツの競技会場となることが多いです.したがって,それぞれのスポーツに適したフィールド面積を確保するために,トラックの曲走路半径を調整する必要に迫られました.

2003年以前はsemi-circular bendsトラック(図1-1)のみ承認されおり,最も内側の第1レーンの半径は32-42mの範囲で認められていました.しかし2003年,IAAF はフィールド内で陸上競技以外のスポーツ公式試合を行うためのフィールド面積を確保できるように,double-curve bendsトラックの導入を承認しました(Quinn,2009).semi-circular bendsトラックとdouble-curve bendsトラックは,曲走路を1つの半径で描くか,2つの半径で描くかで異なります.double-curve bendsトラックは2つの異なる半径から設計されているため,より複雑な形状になっています.また,double-curve bendsはフィールド内で行われる競技によって3種類に分類されます(図1-2,3,4).そして,現在承認されている曲走路半径の範囲では,曲走路部分(101.48–120.32m)は直走路部分(79.68–98.52m)よりも長くなります.そのため,100m 走を除く全ての走種目で,必ず曲走路部分を走ることになります.つまり,陸上競技トラック種目では,レースで走る距離の半分以上を走路で走ることになり,曲走路疾走は競技成績を左右する重要な要因の 1 つであると言えます(石村,2017).



200mや400mのような曲走路を疾走する短距離種目では,上記のトラックの形状が競技者のパフォーマンスに大きな影響を与えます.特にdouble-curve bendsの設計では,コーナーの入口と出口が,中央部よりもきつくなります.曲走路がきつくなるとレースタイムに大きな影響を及ぼし,レーン間の時間差も大きくなります(Quinn,2009).では,レーン間ではどれくらいのタイム差が生まれるのでしょうか?曲走路を最大努力で走った経験のある方はインレーンほど走りにくさを感じたことが少なからずあると思います.そこで,次の章は疾走レーン間でのタイム差についてご紹介していきます.

曲走路半径が疾走速度におよぼす影響

短距離種目の曲走路疾走におけるインレーンでは,窮屈な曲走路半径で走る必要があるため,アスリートにとって走りにくさを感じたり,レースタイム自体が遅くなったりする可能性があることが報告されています(Greene,1995; Jain,1980).200m走で1レーンを走ると,7レーンを走る場合と比べてタイムが0.069秒~0.123秒遅くなることが推定されています(Greene,1985;Jain,1980).しかし,これら二つの推定値は数学モデルを用いたものであり,実際に曲走路を疾走する競技者から算出した結果ではありませんでした.
 これまで,曲走路での疾走速度は直走路での疾走速度と比べて低くなると長い間認識されてきました(Jain,1980).実際に,最大努力の疾走では直走路に比べて曲走路では疾走速度は低くなることが報告されています(Churchill,Salo & Trewartha,2015).疾走速度の違いが生まれる一因として,直線路に比べて曲走路では,左ステップ中のピッチが大幅に減少し,接地時間が増加することや,曲走路での右ステップ中のストライドが減少し滞空時間が減少するためであるとされています(Churchill et al.,2015).さらに,曲走路疾走では,左右のステップは本質的に非対称であるとされています(Churchill et al.,2015; Ishimura & Sakurai,2016).

Churchill et al.(2018)は,対象者に8・5・2レーンにおける曲走路60mを各2本ずつ最大努力で疾走させ,その様子を3次元動作分析装置を用いて測定しました.得られたデータを基に,レーンの違いが疾走速度に及ぼす影響を検討しました.その結果,8レーンから2レーンへ曲走路半径が小さくなるにつれて,平均レース速度が減少する傾向が確認されました.8レーンの平均レース速度と比較して,5レーンの平均レース速度は2%以上低い値を示しました.また,5レーンの平均レース速度と比較して,2レーンの平均レース速度は0.2%の低い値を示しました.平均レース速度が減少する原因として,曲走路半径の減少によるピッチの低下が考えられます.直走路での疾走と異なり,曲走路の疾走では方向転換が必要であるため,疾走する方向を変える左右方向の力積を獲得する必要があります.そのため,左右方向の力積を大きくするために接地時間が増加した結果,ピッチが低下し,平均レース速度の低下が起こるものと考えられます.

そこでChurchill et al.(2018)は実験で測定した左右ステップの平均レース速度から,平均レースタイムを推定しました.曲走路を走行する距離は全てのレーンで約115mである(IAAF,2008)とされています.曲走路115mの内,スタート時の加速を40mと仮定し,残り75mを曲走路疾走と仮定しました.曲走路疾走である75mの平均レースタイムは8レーンで7.87秒,5レーンで8.04秒,2レーンで8.05秒に相当しました.これらの推定値から8レーンと5レーン間に0.170秒,8レーンと2レーン間に0.180秒の差があるとしました.これは先行研究(Greene,1985; Jain,1980)で考えられていたタイム差よりも大きくなることを示唆しています.

 以上のことから,8レーンが最も疾走速度を低下させることなく走行することができると予想されます.しかし,競技会では競技者が好きなレーンや走りやすいレーンを選択して競技することができません.これは言うまでもなく,IAAFの定める競技規則によって決められているためです.競技会でのレーンの割り当てに関して,第一ラウンドのレーンはランダムに割り当てられます.その後のラウンドでは,第一ラウンド内の上位4人の選手が3から6レーンに,5位と6位の選手が7レーンと8レーンに,最後の二人が1,2レーンにそれぞれランダムに割り当てられます.したがって,Churchill et al.(2018)は今回の研究結果とこのレーン配分規則から,インレーンにおいて高い疾走速度を出すことのできない競技者たちは,狙うラウンドで高いパフォーマンスを発揮するために,直前のラウンドを上位で通過することが,最大限に高いパフォーマンスを発揮するための要件であると考えています.

おわりに

冒頭にもお話ししたように,現在日本短距離界は二人の9秒台スプリンターが誕生したことで,以前にも増して国際大会への代表争いやナショナルチームのリレーメンバー入りが白熱しています.100mは陸上競技の花形種目であり,9秒台は長年日本陸上界が目指してきた夢でした.それが達成された今,次の9秒台スプリンターは誰がなるのかに注目が集まっています.確かに9秒台スプリンターが一人でも増えれば,世界選手権や2020東京オリンピックの100mファイナル進出や,4×100mリレーでの金メダルも現実味を帯びてきます.ただ,花形種目である100mや4×100mリレーが大きな注目を集めている中で,もう一つ注目してほしいことは200mで誰が19秒台を記録するかです.
 200mは曲走路で,疾走速度を低下させない走りをする必要があります.したがって,100m以上に技術要素が含まれていると考えられます.しかし,100mに関する研究と比べて,200mに関する研究はまだまだ少ない状況にあります.今後曲走路の研究だけでなく,200mに必要な体力要素や曲走路疾走についての研究が進めば,19秒台を目指す競技者たちにとって非常に有益な情報となると思います.今回のコラムでは曲走路に着目してきましたが,200mの魅力はまだまだあります.今回のコラムから少しでも200mや曲走路の技術について注目しながら競技観戦や競技をしていただければ幸いです.



参考文献
Churchill,S.M.,Salo,A.I.T.,and Trewartha,G.(2015)The effect of the bend on technique and performance during maximal effort sprinting.Sports Biomechanics,14:106-121.
Churchill,S.M.,Trewartha,G.,Bezodis,I.N.,and Salo,A.I.T.(2015)Force production during maximal effort bend sprinting:Theory vs reality.Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports,26:1171-1179.
Churchill,S.M.,Trewartha,G.,and Salo,A.I.T.(2018)Bend sprinting performance:new insights into the effect of running lane.Sports Biomechanics, doi:10.1080/14763141.2018.1427279
Greene,P.(1985)Running on flat turns: experiments,theory,and applications.Journal of Biomechanical Engineering,107:96-103.
International Association of Athletics Federations(2008) IAAF track and field facilities manual 2008 edition.– Marking plan 400 m standard track. Retrieved from http://www.iaaf.org/about-iaaf/documents/technical#manuals-guidelines
Ishimura,K.,Sakurai,S.(2016)Asymmetry in derminants of running speed during curved sprinting.Journal of Applied Biomechanics,32:394–400.
石村和博(2017)陸上競技曲走路疾走における左右ステップの非対称性に関するバイオメカニクス的研究.中京大学大学院体育学研究科博士論文
Jain,P.(1980)On a discrepancy in track races.Research Quarterly for Exercise and Sport, 51:432-436.
Quinn,M.D.(2009)The effect of track geometry on 200- and 400-m sprint running performance.Journal of Sports Science,27:19-25.
高橋恭平・松尾彰文・広川龍太郎,(2012).2011年世界および日本トップスプリンターの200mにおける走パフォーマンス分析(日本陸連科学委員会研究報告第11巻(2012)陸上競技の医科学サポート研究REPORT2011).陸上競技研究紀要,8:25-34.
2019年7月22日掲載

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