坂ダッシュに感謝を込めて

MC1 中西慧太


RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今回のコラムを担当します,MC1の中西です.この春,立命館大学スポーツ健康科学部を卒業し,今年度から筑波大学大学院に入学しました.200mを専門に,現在も競技をおこなっております.高校のころよく読んでいたRIKUPEDIAですが,ついに書く側にまわり,なんだか感慨深い思いです.それでは,よろしくお願いいたします. 今回のコラムでは,“坂ダッシュ”をテーマに,文献の紹介をしていきたいと思います.多くの方が,坂ダッシュをトレーニングとして取り入れた経験があるのではないかと思います.実家が山の近くということもあり,私自身も中学・高校(・浪人)時代と,大変お世話になりました.その感謝の意も込めて,今回は,坂ダッシュを深堀していきたいと思います.



〇上り坂走
傾斜地を走ることによる影響


安ほか(2007)は,平地走と比較し,上り坂走をした際の筋活動レベルが高かったことを報告しています.上り坂走は,レジステッドトレーニングの一つとして位置づけられています.傾斜という負荷を抗しながら疾走するため,筋力・パワー・筋持久力を向上させることを目的として行われることが多いようです(杉本・前田,2014).上り坂での走行は,平地走と比べて,水平方向への移動が小さくなり,鉛直方向への移動が大きくなるため,疾走動作や疾走速度が変化することが考えられます.平地走と比較して,上り坂走では接地期後半での動作時間が有意に長くなること(Slawinski et al., 2008),接地時において体幹は有意に前傾し,左右大腿部に対する角度は有意に減少し,離地時において股関節屈曲は有意に小さく,下腿は地面に向かって倒れ,重心と離地点の距離は有意に長かったことが報告されています(Paradisis and Cooke, 2001;図1).このことから,上り坂走では,長い接地時間によって大きな力積を獲得していると考えられます.一方,平地走において接地時間は,中間局面と比較して加速局面で有意に長いことが知られています(Mero et al,1992).これらのことから,接地時間を長くすることで力積を確保できるのみならず,体幹の前傾姿勢を取りながら走ることのできるという上り坂走の特徴は,平地走における加速局面に類似しているといえます.これは,地面に力を加えるための時間を確保するためであり,スプリントの加速をうまく行っていくためには有益なものです.このような観点から,上り坂走は,特に加速局面における推進力向上のためのトレーニングとして有用だと考えられます.

   


図1.平地走と上り坂走における接地時(左)と,離地時(右)の平均化された疾走フォーム(Paradisis and Cooke, 2001をもとに筆者作成)


傾度の違いによる影響

すべての坂が,同じ傾きになっているわけではありません.傾度の違いが及ぼす影響について理解し,トレーニングの目的に合わせて,坂を選定する必要があります.

3種類の上り坂(傾度1.3 %,7.4 %,13.1 %)と平地で40mの全力疾走を行わせ比較した研究(杉本・前田, 2014)では,平地走と比較して1.3 %と7.4 %の上り坂走において下腿の振り出しが小さくなり,足関節がより背屈した状態で接地していたことが報告されています(図2).また,13.1 %の上り坂走においては,他の上り坂条件と比較して下腿の振り出し角度が有意に大きいこと,平地走と比較して膝関節がより屈曲した状態で接地し,傾度が大きいほど膝関節伸展量が増加,接地期後半のキックがより長くなっていたことが報告されています(杉本・前田, 2014;図2).平地走において,加速局面における下肢の疾走動作は,膝関節の屈伸が大きい Low-gear型の動作である(村木・宮川,1973)ことから,膝関節がより伸展するキック動作となるような傾度の大きい上り坂での疾走は,加速局面(特に膝関節伸展動作)の良いトレーニングになるでしょう.


図2.上り坂傾度の違いによる疾走動作の変容(杉本・前田, 2014 をもとに筆者作成)


〇下り坂走
傾斜地を走ることによる影響


下り坂走は,下り坂という自然的な補助を用いることによって,選手が自身の持つ最大スピードを上回るスピードを人為的に作り,そのスピード感を取り入れることができます(ザツィオスキー,1975).下り坂走は,アシステッドトレーニングの一つとして位置づけられ,スプリントトレーニングに適切に取り入れるべきだと考えられています(ディンティマン,1972).平地走と比べて重力をより利用できるほか,水平方向への蹴り出しが可能になることも相まって,超最大速度での疾走を引き起こしやすくするものだと考えられます.超最大疾走速度で走ることができる要因としては,傾度6.2~6.5 %の下り坂走においてストライドの増加が報告されています(荒川,1988).このように坂下り走は,平地走では獲得できないストライドで疾走することで,超最大疾走の状態を作り出し,平地走では体感できない超最大疾走速度下における,筋力発揮・疾走技術構築ができるトレーニングとなりえます.

平地走と下り坂走での疾走動作を比較した研究(Paradisis and Cooke, 2001)では,下り坂走において,ピッチには変化がなかったものの,四肢の可動域が拡大しストライドと最大疾走速度が増加したことが報告されています.この際,下り坂走での接地時における左右大腿部に対する角度が有意に減少しており(図3),このことは,遊脚の股関節屈曲速度が高まったことを示唆しています(Paradisis and Cooke, 2001).下り坂走は,遊脚のスイング速度を高めるトレーニングとして有効となるでしょう.



図3.平地走と下り坂走における接地時(左),離地時(右)の平均化された疾走フォーム
(Paradisis and Cooke, 2001をもとに筆者作成)


傾度の違いによる影響

すべての坂が,同じ傾きになっているわけではありません.傾度の違いが及ぼす影響について理解し,トレーニングの目的に合わせて,坂を選定する必要があります.

5種類の下り坂(傾度2.1 %,3.3 %,4.7 %,5.8 %,6.9 %)および平地で40ヤードの全力疾走をおこなわせた研究では(Ebben,2008),傾度5.8 %の下り坂走で最も記録が良かった一方で,傾度6.9 %の下り坂では,5.8 %の下り坂走と比較して記録が悪かったことが報告されています.理論上,傾度が大きいほど重力の恩恵を受けることができます.しかし,急勾配な下り坂走では遊脚の遅れによって生じる転倒を防ぐために,ブレーキをかけながら走ってしまい,それによって疾走速度に悪影響が生じると考えられます.Ebben(2008)の結果から,傾度5.8 %の下り坂走は,高い疾走速度が引き出され,最も負荷の高いトレーニングになると推察されますが,慣れや遊脚のスイングが間に合うような技術・筋力が備わっている場合には,傾度5.8 %を超えた傾度での下り坂走も可能となり,より高負荷のトレーニングを行うことができるでしょう.



〇上り坂・下り坂を組み合わせたトレーニング

Paradisis et al.(2013)は,図4のような上り坂,平地,下り坂を連続的に走ることのできる走路を用いて,週に3回の頻度で80m×6のトレーニングを8週間行わせました.トレーニングの結果,平地走において,疾走フォームとストライドは変化しなかったものの,接地時間の短縮によってピッチが向上したことを報告しています.このことから,傾度が連続的に変化する走路での走トレーニングによって,短い時間での筋発揮能力が高まることが示唆されました.



図4.上り坂と下り坂を組み合わせた走路
(Paradisis et al.,2013をもとに筆者作成)


まとめ

上り坂走のようなレジステッドトレーニング,下り坂走のようなアシステッドトレーニングをスプリントトレーニングに組み込むことによって,異なる接地・スイングの意識・感覚,筋出力の仕方を養うことができるでしょう.平地でのスプリントトレーニングのみでは,同じようなトレーニング刺激しか入らないため,能力の向上が停滞する可能性が考えられます.上り坂走や下り坂走のような特異的な刺激を入れることで,それを打開できるかもしれません.

最後に,どのトレーニング手法にどのような効果が見込まれるのか,また,留意点を以下にまとめさせていただきます.

・上り坂走は,加速局面における推進力向上のためのトレーニングとして有用である.ただし,接地時間が増大するような蹴り出しとなること,短距離走パフォーマンスに悪影響を及ぼす足関節の底屈動作が起こるような蹴り出しとなることを考慮しておく必要がある.

・下り坂走は,超最大疾走速度下での筋力発揮・疾走技術構築が可能となるトレーニングである.また,遊脚のスイング速度を高めるトレーニングとしても有効である.しかし,急勾配な下り坂走では遊脚の遅れによって生じる転倒を防ぐため,ブレーキをかけながら走ることとなり,それによって疾走速度に悪影響が生じる場合がある.下り坂走をする際は,適切な傾度の坂(Ebben(2008)の結果から言うと傾度5.8 %)を選択するべきである.

・坂上り・下り坂走を組み合わせたトレーニングをすることで,短い時間での筋発揮能力が高まる可能性がある.

坂道の傾度の話がありましたが,道路勾配は以下のように算出できます.実際に測定することは手間がかかり,困難な場合もあります.その際には,スマートフォンのアプリケーションに勾配計がありますので,それを参考にするとよいでしょう.

道路勾配[%]=100×垂直距離[m]/水平距離[m]



 
参考文献
安栽漢・桜井伸二・金興烈 (2007)さまざまな傾斜の路面を走るときの下肢筋活動の差異. 体力科学, 56(1):167-178.
荒川勝彦 (1988)ダウンヒル・ランニングの走速度特性に関する研究. 幾徳工業大学研究報告. A, 人文社会科学編, (12).
ディンティマン:織田幹雄・窪田登訳(1972)疾走スピード.講談社, pp.235-237.
Ebben, W. P. (2008)The optimal downhill slope for acute overspeed running. International journal of sports physiology and performance, 3(1):88-93.
Mero, A., Komi,PV., and Gregor, RI. (1992)Biomechanics of sprint running. A review. Sports Med,13:376-92.
村木征人・宮川千秋(1973)短距離疾走の加速過程における運動の変化―歩幅,サイクル数,上体の前傾,および下肢関節群を中心として.東海大学紀要体育学部,3:55-72.
Paradisis, G. P., and Cooke, C. B. (2001)Kinematic and postural characteristics of sprint running on sloping surfaces. Journal of Sports Sciences, 19(2):149-159.
Paradisis, G. P., Bissas, A., and Cooke, C. B.(2013)Changes in leg strength and kinematics with uphill—downhill sprint training. International Journal of Sports Science & Coaching, 8(3):543-556.
杉本祐太・前田正登(2014)上り坂疾走における傾度の違いが疾走動作に及ぼす影響. コーチング学研究, 27(2):203-213.
Slawinski, J., Dorel, S., Hug, F., Couturier, A., Fournel, V., Morin J.B., and Hanon C. (2008) Elite long sprint running:A Comparison between Incline and Level Training Sessions.Medicine and Science in Sports and Exercise,40(6) : 1155-1162
ザツィオスキー:渡辺謙訳(1975)スポーツマンと体力.ベースボールマガジン社,pp.119-121.
2021年1月10日掲載

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