RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.中西です.前回のコラムはいかがだったでしょうか.200mを愛し,200mに取り組む選手の皆様へ,少しでも参考になれば幸いです.さて,私は,修士論文を書き終えたところですが,その際,曲走路疾走に関して,様々な文献を読みました.陸上競技の短距離走は,100m走を除いて,必ず曲走路上を疾走する競技です.加えて,陸上競技トラックは,直走路部分よりも曲走路部分の方が長い設計であることから,曲走路疾走パフォーマンスは,短距離走の競技成績を左右する重要な要因だといえます.曲走路半径やその影響については,澤田さんが書かれているところですが,本コラムでは,詳細な技術や力発揮に関してご紹介したいと思います.200m走,400m走競技者のみならず,4×100mRの第一走者,第三走者を担うようになった方にも,「カーブをうまく走るコツ」を考えるきっかけとなることを願います.
短距離走曲走路疾走については,最大疾走速度が出現した局面について着目した研究が多く発表されています.しかし,200m走,400m走競技者のみならず,4×100mRの第一走者,第三走者に関しても,曲走路で加速疾走をし,最大疾走速度を迎えることになります.また,加速局面と最大疾走速度局面では疾走の形態が異なりますので,最大疾走速度局面に加えて加速局面についても検討する必要があるでしょう.そこで,以降では,曲走路疾走について各局面の特徴に着目し,解説していきます.
1. 曲走路における加速局面の特徴
加速局面における疾走では,疾走速度の低い状態から,疾走速度を生成していく必要があります.加速局面の際,競技者は体幹を前傾させた姿勢をとります.そのことにより,身体重心は支持基底面(体重や重力により圧を感じることができる身体表面とその間にできる底面(宮崎,2010))より前方に存在し,地面反力ベクトルに近いところに位置取ることになります(図1).このことが,短距離走における加速を促進させることになります(Debaere et al., 2013).また,疾走速度の向上は,主に下肢三関節を力強く伸展させ,水平速度の低下を最小限に抑えながら,立脚部の上に身体を引き寄せることに依存します (Debaere et al., 2013;Johnson and Buckley, 2001).Schache et al.(2019)は,最大努力での加速疾走における下肢三関節の力学的機能を検討し,立脚期では,股関節および足関節が主要な仕事を果たしていることを明らかにしました.これらから,加速局面における効率よく加速するためのメカニズムとして,水平速度の低下をおさえながら,下肢三関節,とりわけ股関節・足関節を伸展させることで,推進力が制動力を大きく上回り,疾走速度生成に貢献することが言えます.
直走路における加速のメカニズムについて押さえたところで,曲走路加速疾走の特徴についてみてみたいと思います.直走路および曲走路加速疾走における3次元キネマティクス・キネティクスデータの比較による検討をした研究(Judson et al.,2019,2020 b)では,左下肢の足関節外転角度のピーク値が高まったこと,内外方向への地面反力の比率が増加し,前後方向への地面反力の比率が低下したことが明らかになっています.これについて,Judson et al.(2020 a)は,直走路疾走に比べて曲走路疾走の加速局面では,左足の踏み出し角度が大きくなり,足関節がより回内することで,足部が不利な位置に置かれ,推進力を生み出す能力が損なわれている可能性を報告しています.これは,中足部と足関節での前後方向以外で生じた関節運動によるエネルギーの吸収に関わる動作であることを示唆しています.このことから,直走路加速疾走時に比べ,曲走路加速疾走時では,推進方向への力を効率的に発揮できないことが考えられます.
最大疾走速度局面では,加速局面と異なり,股関節屈曲によって脚を積極的に回復することが求められるため,推進力が制動力を大きく上回るよう下肢三関節を伸展させることはできません.これが,疾走速度をさらに高めることへ制限をかける要因となっています(van Ingen Schenau et al., 1994).さらに,最大疾走速度局面における疾走では,競技者は直立した姿勢をとっています.加速局面とは異なり,疾走速度が高まっていく過程で,推進力・推進力積は低下,制動力・制動力積が増加し,総合的に前後方向の力積は減少していきます(Morin et al.,2015;Plamondon et al., 1984;Rabita et al., 2015).この局面では,獲得した最大疾走速度を可能な限り維持することも求められます.そのため,疾走技術と生成した力は,あまり変動せず,一貫したままです(Mero et al., 1992).
曲走路での疾走時,短距離走競技者は一歩一歩進行方向を変化させて疾走しなければなりません.曲走路疾走と直走路疾走の最大疾走速度局面を比較した研究(Churchill etal.,2011)では,直走路疾走時と比較して,曲走路疾走時の疾走速度は有意に低下したことが明らかとなりました.これは,左足接地距離および接地時間が有意に増加しステップ頻度が有意に減少したこと,右ステップ長が有意に減少したためだと考えられています(Churchill et al.,2011).
方向転換走の要素を含む曲走路での疾走動作は,直走路での疾走動作とは特徴が異なること,その曲走路疾走の中でも左右下肢それぞれに役割があり,各ステップに非対称性があることが明らかになっています(Churchill et al.,2015a,2015b).Churchill et al.(2015b)は,曲走路疾走中における左下肢と右下肢の各ステップパラメータを比較し,左足接地時間が増大,左ステップ頻度が減少したことを示しています.また,Tobias et al.(2015)は,曲走路疾走および直走路疾走中の左右下肢におけるキネマティクスパラメータを比較し,左足関節回外角度,左股関節内転角度,左股関節外旋角度のピーク値が,直走路疾走および曲走路疾走における右ステップのものと比較して有意に高いことを示しました.こうした上下左右方向の動作を安定させることは,下肢の伸展力を制限するメカニズムであると考えられており(Chang and kram,2007),下肢の伸展が重要となる加速局面における曲走路疾走速度生成や,最大疾走速度局面における曲走路速度維持の妨げになるものであると推察されています.
キネティクス的分析(Chang and kram,2007)は,直走路疾走時に比べて,曲走路疾走時の鉛直方向の地面反力は小さくなり,さらに曲走路半径が小さくなるほど,鉛直方向の地面反力は小さくなることを示しています.鉛直方向の地面反力は,滞空時間を獲得するという面において,疾走速度に大きく関わります.このことが,曲走路疾走速度が直走路疾走速度よりも低値であることの原因であると考えられます(Chang and kram,2007).直走路疾走と比較して鉛直方向の地面反力を獲得しにくい理由について,Chang andKram(2007)は,曲走路疾走では前額面および水平面の動作を安定させなければならず, それが脚伸展力を制限する可能性があるためであるということを述べています.さらに,Churchill et al.(2015b)は,曲走路疾走における左ステップの鉛直力ピーク値の平均値は,直走路疾走のものと比較して,有意に低下していたことを示しています.一方で,右ステップのものについては同様の低下は示されませんでした.また,右足接地時よりも左足接地時の方が,内向きの力積が大きいものでした.このことからも,直走路疾走と比較して,曲走路疾走では,高速度で疾走するということに関して,クリアすべき課題が多いと言えるでしょう.ステップパラメータのみならずキネマティクス的,キネティクス的な特徴も直走路疾走とは異なる上に,曲走路疾走中における両脚ステップパラメータの非対称性も確認できることから,曲走路疾走中の左右脚それぞれについても異なる疾走動態となっています.
3. 疾走するレーン半径の違いが曲走路疾走の動態に及ぼす影響競技者が疾走する曲走路は,レーンによって曲率が異なるのが特徴です.直走路80m,レーン半径37.898m,レーン幅1.22mのトラックの場合,競技会で使われる最も内側のレーンである1または2レーンの半径と外側のレーンである8または9レーンの半径とでは,8.540m異なっており,大きな曲率の違いがみられます.この違いによって疾走動作に差が生じ,短距離走パフォーマンスに有利不利を生じさせる可能性が出てきます.疾走レーンの曲率が違うという条件の異なる曲走路疾走を比較することで,疾走レーンによる技術的要求や曲率が変化することで生じる走パフォーマンス差といった,曲走路で疾走する特有の差異について考えることができ,より詳細な曲走路加速疾走の特異性を示すことができます.以下,そのことについて解説します.
曲率がレーンによって異なる,すなわち,それぞれのレーンによって方向転換角度が異なることから,疾走するレーンによって曲走路疾走の疾走動態が異なることが考えられます.このことについて,Churchill et al.(2019)は,レーン条件間での疾走動態の違いをステップ長,ステップ頻度,接地時間,平均疾走速度によって検討しています.その結果,曲率が大きくなるにつれて,左足接地時間が増加,左ステップ頻度が減少し,平均疾走速度が低下することを示しました.一方で,各レーン条件における平均疾走速度の標準偏差は,曲率が大きくなるにつれて大きな値を示したことから,一部の選手が他の選手よりも曲率の大きい曲走路での疾走にうまく対応している可能性も指摘しています(Churchill et al.,2019).こうした曲率の違いに対応できている選手は,身体や下肢の内傾角度が変化しようとも,その前額面動作がばらつかずに,個人内におけるある一定のレベルで維持できている可能性があります.
疾走レーンが曲走路疾走動作に及ぼす影響について,Gary and Andrew(2003)は,2次元パンニング撮影で,インドアトラックの1レーン,4レーン,アウトドアトラックの1レーンと8レーンにおける疾走を比較し,検証しました.その結果から,アウトドアトラックの8レーンと比較してインドアトラックの1レーンでは,接地期の左膝関節屈曲角度が大きくなることを示しました.インドアトラック特有のバンクの影響も考慮する必要はありますが,曲率の大きい内側レーンでの方向転換に対応するため,こうした疾走動作の違いが生じ,それが疾走レーンの違いによるパフォーマンス差に表れている可能性があります.ま た,Chang and kram(2007)は,疾走速度増加に比例して,矢状面の下肢伸展力および前額面動作に関わる関節をぶれさせず安定させる力は,ある一つ以上の筋群で生理的限界まで増加するとしています.直走路疾走時は,方向転換をする必要性がないため,矢状面の下肢伸展力と前額面動作に関わる関節の安定力の比率は,矢状面の下肢伸展筋群の生理的限界によってのみ制限されることになります.一方,曲走路疾走時,曲走路半径が小さくなるほど,この比率は減少するものと考えられ,下肢伸展筋群は最大筋発揮能力の範囲内にとどまるが,曲走路半径が小さくなることと比例して,疾走速度が低い状態でも前額面動作に関わる関節の安定力は生理的限界を迎えやすくなります(Chang and kram,2007).このことから,曲走路の曲がり具合や疾走するレーンによって競技者がいかに前額面動作を安定的におこなうことができるかによって,曲走路疾走パフォーマンスを潜在的に決定づけられることが考えられます.
これらのことから,「カーブをうまく走るコツ」を考える上で,疾走するそれぞれのレーンにおいて曲走路疾走パフォーマンスを最大化しなければならない可能性がある,という観点を併せ持つ必要があるといえるでしょう.例えば,Churchill et al.(2019)やGary and Andrew(2003)の結果も踏まえると,内側レーンにおける平均疾走速度は,外側レーンにおける平均疾走速度は有意に低値であり,そのような違いが生じた要因として,左足接地時間増大,左ステップ頻度減少,左膝関節屈曲角度の増大といったステップ・キネマティクス変数の違いが可能性として考えられます.これらから,内側のレーンで走る際,接地期において左下肢を固め膝関節がつぶれないようにし,接地時間を減らすような意識で疾走する,といったトレーニングは内(左)脚の接地時間が増大しステップ頻度が減少するといった課題に対して一つ有効であり,ステップ頻度を確保することで曲率の大きい曲走路での疾走にうまく対応できるかもしれません.また,疾走レーンによって異なる接地時間やステップ頻度,力の出し方を経験し,それぞれのレーンにおいて疾走動態を最適化するためにも様々なレーンで走ることは,一つ重要な練習だと考えられます.
最後に,本コラムの要点を以下にまとめます.
・加速局面においては,前傾姿勢で疾走速度が低い状態での疾走となるため,水平速度の低下をおさえながら,下肢三関節,とりわけ股関節・足関節を伸展させることで,推進力が制動力を大きく上回り,疾走速度生成に貢献する.これに加え,横方向への動作も安定させることが曲走路での加速に求められる.
・直走路と比べ曲走路では,足部が不利な位置に置かれていること,中足部や足関節での前後方向以外で生じた関節運動によるエネルギーの吸収に関わる動作が生じることによって非効率的な加速疾走をしている.
・最大疾走速度局面においては,直立姿勢で速度が高い状態の疾走となる.できるだけ疾走速度を維持することが求められるため,疾走動作や力生成の変動を抑えることが重要で
ある.しかし,曲走路疾走においては,前額面および水平面動作を安定させなければならず,これが疾走速度維持の妨げとなっている.
・疾走するレーンによって曲走路疾走の動態は異なる.異なる曲率に対応できるよう様々なレーンで曲走路疾走するといったトレーニングを行うことは欠かせない.
曲走路疾走では,一歩一歩方向を転換させていくことが必ず求められるため,直走路疾走時のように,全てを推進に尽くすことはできません.曲走路疾走は,直走路疾走とは異なるものであり,曲走路疾走の技術・力生成に関して理解をする.そこからカーブ走のコツを見出し,曲走路内での走パフォーマンスを最大化できるような疾走ができるようになることを願います.