「はだし」が児童の疾走運動に及ぼす影響

DC3 水島淳



 RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは。DC3の水島淳です。今回は,『「はだし」が児童の疾走運動に及ぼす影響』というテーマで,私が筑波大学陸上競技研究室で行った研究の一部を紹介したいと思います。本年度で博士課程を修了するため,今回で私の担当するコラムは最後となります。少々お付き合い頂けましたらありがたいです。

 振り返ると2014年から筑波大学陸上競技研究室に所属して初めて書いたコラムは,「運動会における”裸足ランナー”たち」でした。そして,あれから7年近くの時が経ちました。その間,2017年日曜劇場「陸王」,2019年「いだてん〜東京オリムピック噺〜」といったテレビドラマにおいて,「はだし」や「足袋」に纏わるエピソードが登場したことも記憶に新しいでしょうか。一方で,各スポーツメーカによる“厚底シューズ”に代表される高機能なランニングシューズや陸上競技用スパイクの開発競争も激化してきています。そういったなかで,本コラムが読者の皆さまにとって「シューズの影響を排除した人間の基本的な運動としての走運動への理解を深める機会」となれば幸いです。

 私が本コラムで立てる問いは,以下の2つです。
 1.児童がはだしで走ることで,走り方は即時的に変化するのか
 2.普段からはだしで走っている児童は,どんな特徴を有しているか

 まず1つ目の問いについて,2014年に実施した実験結果から見ていきたいと思います(水島,2016;Mizushima et al.,2018)。実験は,はだしで走った経験のない小学校1年生から6年生94名(男子51名、女子43名)を対象として,普段から着用しているシューズ,はだしの2条件の下,スタンディング姿勢からの30m疾走を実施しました。そして,疾走速度,ピッチ,ストライド,接地時間,滞空時間,さらに接地様式に着目して両条件間で比較を行いました。

 その結果,全体の傾向として,はだし条件はシューズ条件と比較して,疾走速度が有意に低く,ピッチが有意に高く,ストライドが有意に小さく,接地時間が有意に短いことが明らかとなりました(表1)。また,接地様式をみてみると,シューズ条件では全体(94名)の82%の児童(77名)が踵接地であったのに対して,はだし条件では踵接地の児童(27名)は全体の29%に留まりました(図1)。これらのことより,児童がはだしで走ることで,接地様式が踵接地から前足部あるいは中足部接地へと変化し,接地時間が短くなり,ピッチが高まった一方で,ストライドが小さくなり,結果として疾走速度が低下したことが明らかとなりました。
 

表1 疾走能力・動作に関する項目





図1 接地様式

 人間が走る際,足部が唯一地面と接する身体の部位となります。濡れた氷の上で走ることが困難であるように,足部と地面との接点の状態は,走運動全体に影響を与えます。ここで,なぜ児童がはだしで走ることによって,接地様式が踵接地から前足部あるいは中足部接地へと変化したのかについて考えたいと思います。

 足底は,感覚受容器の分布が豊富な部位であり,足底からのフィードバックは,角のたった岩などのような危険な存在や,凸凹,粗さ,硬さなど地面の性質を感知するために進化したとされています(Jenkins and Cauthon,2011)。このことから,前提として児童は,はだしになることで,地面の性質をより感知しやすい状態にあると考えられます。また疾走中の接地様式をみてみると,踵接地の場合,着地衝撃は踵部の皮下脂肪層,関節部構成組織または骨格自体で吸収することになります。一方の前足部あるいは中足部接地の場合,踵部への局所的な衝撃を避けることができ,さらに足部のアーチを含む多くの下肢関節で着地衝撃を吸収することができます(図2)。すなわち,児童はシューズを脱ぎ,はだしで走ることで,踵接地による踵部への局所的な衝撃を避けるようにして,接地様式を前足部あるいは中足部接地へと変化させていたと考えられます。
 

図2 支持期における足部のフリーボディダイアグラム
(Lieberman et al., 2010をもとに作成)

 この接地様式の変化は,児童の走り方にとって“良い”変化といえるのでしょうか。前足部あるいは中足部接地では,下腿三頭筋筋腱複合体を主とする足関節底屈筋群を伸張性収縮させながら着地衝撃を吸収します。その際,筋や腱に弾性エネルギーが蓄えられ,続く短縮性収縮時に蓄積弾性エネルギーが放出・利用される伸張−短縮サイクル(Strech-Shortening Cycle: SSC)運動によって,パワーや機械的効率を高めるとされています。この実験結果によると,はだし条件はシューズ条件と比較して,接地時間に対する滞空時間の比率である接地対空比が有意に増加していました(表1)。つまり,短い接地時間でシューズ着用時と同程度の長さの滞空時間を獲得できるだけの力を地面に伝達していたと考えられます。これらのことから,児童がシューズを脱ぎ,はだしで走ることで,接地様式が踵接地から前足部あるいは中足部接地へと変化したことは,足関節底屈筋群の機能を効果的に発揮するという点で合理的であったと考えられます。

 さらに視点を変え、今度はシューズの重量が児童の走り方に及ぼす影響に着目してみたいと思います。児童の足部自体の重量は,横井ほか(1983)の身体部分係数をもとに推定すると,約470gであるのに対して,一般的な児童向けランニングシューズの重量は150から250gです。すなわち,児童がはだしで走る際,シューズの重量分,地面と接していない側の脚(以下,遊脚)への物理的な負荷が減少すると考えられます。実際,遊脚の大腿のスウィング速度を算出してみると,はだし走では,シューズ着用時と比較してその速度が高まっていました(表1)。このことから,児童ははだしで走ることで,軽くなった遊脚を後方から前方へと素早くスウィングすることが可能になったといえます。

 ここまで,児童がはだしになることによる即時的な走り方の変化についてみてきました。では,普段からはだしで走っている児童は,どんな特徴を有しているのでしょうか。

 2つ目の問いについて,2018年に行った実験結果を基に話を進めます(Mizushima et al.,2021)。本実験では,同一国,地域内におけるはだし教育校の児童101名(男子54名、女子47名)と対照校93名(男子48名、女子45名)を対象としました。前提条件として,このはだし教育校の児童ははだしで,対照校の児童はシューズを着用して毎朝登校後10分間のランニングを4年間以上継続していました。

 そして,普段から着用しているシューズ,はだしの2条件の下,スタンディング姿勢からの50m疾走を実施しました。そして,両学校の児童の条件間における疾走速度,ピッチ,ストライド,接地時間,滞空時間,接地様式の変化について検討を行いました。

 その結果,はだし教育校の児童は対照校の児童と比較して,接地時間が短く,滞空時間が長く,前足部あるいは中足部接地の割合が高いという疾走動作の特徴を有していたことが明らかとなりました。さらに,はだし教育校の児童は,シューズを脱ぎはだしで走ることで,ストライドを維持しながら,ピッチを高め,結果として疾走速度が高まったことが分かりました(表2,3)。
 
表2 疾走能力に関する項目




表3 接地様式



 ちなみにこの実験では,50m疾走のほかにも,跳躍運動として反動付き垂直跳び(以下、Counter Movement Jump:CMJ)および連続5回リバウンドジャンプ(以下、Five-repeated Rebound Jumping:RJ)を実施していました。そして,SSC運動の遂行能力を測定するために,CMJの跳躍高、RJの接地時間、RJの跳躍高およびRJ-index(RJの跳躍高を踏み切り時間で除した値)を算出しました。

 その結果,はだし教育校の児童は対照校の児童と比較して,RJ跳躍高は有意に高く,接地時間は有意に短く,そしてRJ-indexは有意に高いにも関わらず,CMJ跳躍高には有意な差が認められませんでした(表4)。これまでにCMJと比較してRJは主働筋に対する伸張性の負荷が大きいこと(Nagahara et al.,2014)や,前足部あるいは中足部接地の多いはだしでのランニングは,足関節底屈筋群に対して短い接地時間で大きな伸張性の負荷がかかることが報告されています(Lieberman,2012)。これらのことを踏まえると,はだし教育校の児童が日々行っていたはだしでのランニングは短時間・高負荷型のSSC運動の遂行能力の向上に貢献している可能性が示唆されました。
 
表4 SSC運動の遂行能力に関する項目


 さて,長々と2つの問いについて考えてきましたが,「シューズの影響を排除した人間の基本的な運動としての走運動への理解を深める機会」となったでしょうか。児童は限りない可能性を秘めています。本コラムが児童の潜在的可能性を解発できるような疾走指導を考える上で,なにか少しでも参考になれば嬉しいです。

 最後になりましたがRIKUPEDIAをご覧の皆さまには,日頃からご支援を頂きまして,心から感謝しております。今後とも宜しくお願い致します。

 
d50h60@gmail.com
水島 淳
 
参考文献
A., Collins, D., & Martindale, R. (2006). The coaching schematic: Validation through expert coach consensus. Journal of Sports Sciences, 24(6): 549-564
Jenkins,D.W.and Cauthon,D.J.(2011)Barefoot running claims and controversies:a review of the literature.Journal of the Amrican Podiatric Medical Association,101(3):231–246.
Lieberman,D.E.(2012)What we can learn about running from barefoot running:an evolutionary medical perspective.Exercise Sport Sciences Reviews,40(2):63–72.
Mizushima,J.,Keogh,J.W.L.,Maeda,K.,Shibata,A.,Kaneko,J.,Ohyama-Byun,K.and Ogata,M.(2021)Long-term effects of school barefoot running program on sprinting biomechanics in children:A case-control study.Gait & Posture,83:9–14.
水島淳・小山宏之・大山卞圭悟(2016)「はだし」が児童の疾走動作に及ぼす影響:接地様式に着目して.発育発達研究,73:13–19.
Mizushima,J.,Seki,K.,Keogh,J.W.L.,Maeda,K.,Shibata,A.,Koyama,H.and Ohyama-Byun,K.(2018)Kinematic characteristics of barefoot sprinting in habitually shod children.PeerJ,6:e5188.
Nagahara,R.,Nato,H.,Miyashiro,K.,Morin,J.B.and Zushi,K.(2014)Traditional and ankle-specific vertical jump as strength-power indicators for maximal sprint acceleration.Journal of Sports Medicine and Physical Fitness,54:691–699.
横井孝志・渋川侃二・阿江通良(1986)日本人幼少年の身体部分係数.体育学研究,31(1):53–66.
2021年2月4日掲載

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