RIKUPEDAをご覧の皆様.今回のコラムを担当しますMC2年の杉浦澄美です.
秋のシーズンもそろそろ終わりに近づき,今シーズンの振り返りや来シーズンに向けてのトレーニング計画を始める頃かと思います.これから訪れる冬期練習の期間は,多くの種目の競技者にとって体力面の底上げはもちろん,試合がない分,技術面の改革にも取り組むことができる期間です.冬期練習が少しでも有意義でワクワクするものになるよう情報をご提供できればと思います.
はじめに
みなさんは,“トレーニング”についてどのようなイメージをお持ちでしょうか?日本では,いわゆる狭義の体力トレーニングのことをトレーニングとして捉えられがちです.しかし,世界的にはトレーニングをより広い意味で捉え,筋力やパワー,持久力などの体力要因の向上を目指した活動に限定せず,「スポーツパフォーマンスの向上を目指して行う思考や行為,作業の総称」であると定義されています(図子,2013).つまり,“トレーニング”は体を動かすことだけではなく,計画を立てることやアセスメントすること,トップ競技者の動きを見て自分の理想の動きについて考えること,スポーツパフォーマンス(以下,パフォーマンス)を構成する要因について勉強することなどの全ての活動を含んでいるのです.そして,トレーニングの対象となるパフォーマンスは体力・技術力・戦術力・外的諸条件・心的能力・基礎的諸条件など様々な要因が複雑に絡み合い,有機的に影響し合って,一つのシステムとして構築されています(日本コーチング学会,2017;図子,2013).このようなパフォーマンスの構造的特徴から,「トレーニングはある現象を深く追求し,正解を見つけ出す探索作業ではなく,錯綜する諸要因をシステムアップしながら目標とするパフォーマンスを構築していく創造作業」(図子,2013)であるとされています.図1はパフォーマンスとトレーニングのイメージ図です.パフォーマンスはそれぞれの要因が1つ1つ独立して構成されているのではなく,複数の要因が互いに複雑に関わり合いながら構成されています.そして,トレーニングは各要因の関係性を考えながら,それらを変化させるために試行錯誤を繰り返し,パフォーマンスを創り上げていくクリエイティヴな活動であり,そこにトレーニングの醍醐味があると言えるでしょう(図1).
さて,このようなパフォーマンスとトレーニングの関係性を踏まえた上で,今回はパフォーマンス獲得に関わる動きの変容を導く方法について,技術トレーニングという視点から事例を交えてご紹介します.
技術トレーニングの目的
動きの変容を導く要因には,大きく技術的要因と体力的要因の2つがあります(図子,2003).それらは互いに影響し合っており明確に分けることはできませんが,トレーニングにおいては,その目的によって“技術トレーニング”と“体力トレーニング”に分けて考えることが多いと思います.技術トレーニングは,実際の試合での運動(以下,試合運動)と類似した運動をトレーニング手段として用いることで,大脳中枢の運動制御機構と運動プログラム注1),神経系の諸要因を改善するとともに,動きの感じやコツを体得することを通じて動きの変容を導くものとされています(日本コーチング学会,2017).つまり,体力トレーニングが筋や腱,心肺機能など身体のハードウェア的な部分の向上を目的とするのに対して,技術トレーニングでは運動の制御や動きの感覚などのソフトウェア的な部分の改善を目的としています.(技術的要因と体力的要因における変化過程の違いについては「第138回二兎を追うものは…水平跳躍種目のトレーニング」も合わせてご覧ください.)
そして技術トレーニングには,①新しい運動を初めて習得する場合と,②すでに習得している運動を修正し改善する場合の二つの課題が存在します(図子,2003).この2つの課題には,それぞれアプローチが異なりますが,今回は日々直面することの多い②についてご紹介します.
(注1:“運動プログラム”とは,どの筋をどのタイミングで動かすのかについて構造化された指令(加藤ほか,2008)を指します.)
運動を修正し改善するということ
まず,運動を修正し改善することについてそのプロセスからご説明します.すでに習得されている運動を変容させるためには,ステレオタイプ化された運動プログラムを適切に壊す,あるいは消失させることが必要となります(図子,2003).すなわち,これまでの運動を構成していた身体感覚や意識,運動に関するイメージを手放すことになり,一時的に大きなパフォーマンスの低下を招く危険性があります.この期間におけるパフォーマンスの低下に耐えられず,目先の結果にとらわれてしまうと,過去の運動プログラムへと無意識のうちに引き戻されてしまい,動きは改善されません.しかし,パフォーマンスの低迷期間において自身の状態を把握し,勇気を持って試行錯誤を続けることで,やがて気づきの状態が出現するようになります.そして,身体感覚や身体意識が突如変化するブレイクスルーが生じ,新しい運動プログラムが再構築されることで,動きが変わり,パフォーマンスが向上するのです(前述のコラム第138回において図を用いて説明されています).また,技術トレーニングにおける動きの変容は,ブレイクスルーをきっかけに突如生じるという特徴を持つ一方で,それまでの混沌とした低迷期間の長短は個人間で異なりますし,目標とする運動や用いる手段・方法によっても異なることが考えられます.
そこで,自動化された運動の修正および改善を行うための2つの方法(図子,2003)について事例を交えてご紹介します.
(1)運動イメージを変化させる
1つ目は,運動イメージ注2)そのものを変化させる方法です.この方法では,一時的な試合運動を用いたトレーニングの停止や,運動イメージの見直しを行い,これまで実施してきた運動の身体意識と身体感覚から離れたのち,目標とする新しい運動イメージを強く思い描くことによって,運動プログラムの再構築を図ります(図子,2003)(図2左).この方法の事例として,小田(2012)で紹介されている“競歩における後ろ回転のイメージ”をご紹介します.
(注2:“運動イメージ”とは,意識経験上の身体像の連続的な変化のイメージを指し,自分がその運動をした時に感じる体性感覚的(一人称的)運動イメージと他者の運動を見ているような視覚的(三人称的)運動イメージがあります(樋口・森岡,2008).ここでは,その両方を含んだ意味で使用しています.)
-事例1:競歩における後ろ回転のイメージ (小田,2012)
運動イメージの変化によって動きの変容を導いた事例として,競歩で世界選手権の日本代表を2度経験した杉本明洋さんの運動イメージの変化についてご紹介します.もともと杉本選手は,競歩における脚の動きについて,前に走る車のタイヤが前に回転するのと同様に,接地中に地面を蹴り,前方に回転させるイメージを持っていました(図3aの上段).しかし,授業で「世界のトップスプリンターは,接地期後半において,脚はまだこれから後方にスイングしていくが,そのタイミングではもうすでに前方にスイングする力がかかっているという物理的現象」を知り,地面を後方に蹴るのではなく「接地中の脚も腰も接地足を支点として逆振り子のように(メトロノームのように)前に行く…後方回転のイメージ」が杉本さんの頭に浮かんだそうです(図3a下段).そして,後方回転のイメージで実際に歩いてみると,ピッチが格段に上がり,からだがどんどん軽く前に進んでいく感覚をつかむことができたそうです.このイメージの変化をきっかけに杉本さんは記録を大幅に更新しましたと考えられます.
また,杉本さんは「愚直に地面を後方に押して脚を前方に回して行くイメージで歩いていた時代は,生真面目だった.真面目に取り組んできて,ある日ふと,生真面目でも不真面目でもない,非真面目の世界に入っていきました.」と語っています.つまり,固定概念に囚われず,運動イメージを柔軟に変化させることで,動きの変容につながったと考えられるでしょう.
(2)動きを無意識のうちに変化させる
2つ目は,動きを無意識的に変化させる方法です.この方法では,目標とする動きを引き出すための数種類の補助運動を適切に配置し,順序よく実施します.そして,各補助運動によって生じた身体感覚や意識が無意識的に試合運動の中に転移することを利用して,運動プログラムの修正を図ります(図子,2003)(図2右).
-事例2:走幅跳における低空飛行跳躍の改善−(佐渡,2013)
補助運動を用いて動きの変容を導いた事例として,走幅跳において低空飛行(適切な鉛直速度を獲得できない状態)によって記録が低迷していた競技者の取り組みについてご紹介します.この事例の競技者はまず,低空飛行跳躍の原因を「踏切時の振込脚の遅れ」にあると仮説を立てました.振込脚の遅れについて踏切準備動作や踏切動作の改善を試みたにもかかわらず改善には至らなかった経験から,「(助走の)加速局面での後方へのキック動作により,踏切準備動作局面の遊脚の遅れが起き,踏切時の振込動作が遅れている」と考えました.そこで,「助走初期から“踏切動作のために”脚を前でさばく」べきであるという着想を得て,「(助走の)出だしから前でさばく走法の習得」をトレーニングの目標としました.
さらに,“前でさばく”走動作について,「引き付けが早い」「膝関節の伸展角度が小さい」「高く大腿を引き上げる」という具体的な動作の目標像を設定し,その習得に向けて,数種のスプリントトレーニングやドリルを段階的に実施しました(図3b).
このように,試合運動における問題点とその原因について考え,解決につながる動作の習得を目指して段階的なドリル運動や要点を強調した手段を組み合わせることで,試合運動における動作の変容につながります.事例におけるトレーニング内容や動作,運動イメージの変化に関する詳細については割愛させていただきますが,この事例の競技者は約3ヶ月間のトレーニングによって,目標とした「前でさばく走法」を習得し,踏切局面の振込動作の遅れを改善したことで2年間低迷していた記録を30cm更新しました.
まとめ
本コラムでは,技術トレーニングによって動作を変容させるための方法についてご紹介しました.ご紹介した2つの事例における動作習得までの過程は異なりますが,両者とも固定概念にとらわれず,それまで持っていた運動イメージや考え方を変えるという点で共通しています.また,ドリル運動や補助運動については,解決すべき課題が同じであっても,用いる手段や方法はアイデア次第でいくらでも考えられるでしょう.つまり,常識に囚われない柔軟な発想が大切ですね.
みなさんの日々のトレーニングが,よりクリエイティヴでワクワクするものになりますように…