二兎を追う者は… -水平跳躍種目のトレーニング-

MC1 犬井亮介

RIKPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今回のコラムを担当致しますMC1年の犬井亮介と申します.専門種目は三段跳で,現在も自身でトレーニングを組み立て,競技を行っております.
 さて,多くの方は,良い記録を出して試合で勝ちたいという一心でトレーニングを実施していると思います.そして,パフォーマンスの向上を目的としたとき,能力や技術の面ではいくつもの改善点が見つかることがあります.このように,トレーニングにおいて複数の課題を設定しなければならない場面では,「あれもこれもやらなければならない」と考えがちですが,「二兎を追う者は一兎をも得ず」という諺が示すように,闇雲に何もかも良くしようとすることで,かえってすべてが中途半端に終わる可能性もあります.
 そこで,今回のコラムでは,私の専門種目である水平跳躍種目を例に挙げて,競技パフォーマンスをより効率的に向上させるための適切な課題設定とトレーニング手段の選択について考えていきます.日々,トレーニングに励む皆様の一助となれば幸いです.

はじめに

走幅跳は,助走,踏切,空中および着地の4つの局面で構成されます(深代,1990).加えて,三段跳は,助走から着地までの間にホップ・ステップ・ジャンプの3つの連続した跳躍運動を行い,総跳躍距離を競う種目です(村木,1971).これらの各局面について,さらに詳細に分類した報告もありますが(Hayら,1986),大まかにはこれらが,走幅跳・三段跳というものの運動の局面構造であると言えます.
 深代(1992)は,跳躍種目における競技力の構成要素は,走能力(助走速度),踏切での跳躍力(筋力・パワー),踏切技術(踏切・空中・着地)の3つからなり,特に走幅跳と三段跳は,これらの全てが重要であることを報告しています.加えて三段跳では,3つのジャンプの跳躍比1)も関係するために,全く同じであるとは言い難いですが,決定要因は共通していると考えられます.三段跳における跳躍比とは,ホップ・ステップ・ジャンプの3つの総跳躍距離を100%としたときの各跳躍距離の割合です.詳しくは過去のコラムを参考にしてください.それでは,これらのパフォーマンスに関係のある能力,また,その向上を目的としたトレーニングはどのように実施すべきでしょうか?
 1)RIKUPEDIA 第57回にて掲載「三段跳の跳躍比ついて」
(URL:http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2015/57.html

パフォーマンスに影響を及ぼす能力

まず,水平跳躍種目におけるパフォーマンスに影響を及ぼす能力に関して述べていきます.競技者は,パフォーマンス構成要素である走能力と踏切での跳躍力を向上させるためにトレーニングを実施します.このことについて,稲岡ほか(1993)の報告に,様々な能力を測定するコントロール・テストと跳躍種目における記録の関係を一覧で示したものがあります(表1).コントロール・テストの種目は,スプリント系運動群,ジャンプ系運動群,リフティング系運動群の3種類に分類されています.


スプリント系運動群に着目すると,その各種能力と走幅跳の記録との間には有意な相関関係が認められています.また,Hay(1993)は,走幅跳における助走の最高速度と記録との間に有意な相関関係(r=0.95)があることを報告しています.同様に,三段跳においても,助走によって得られた水平速度の大きさが,総跳躍距離の獲得に大きく影響するという報告があります(深代,1990;小山ほか,2005,2007,2010).これらのことから,水平跳躍種目におけるパフォーマンスは,助走速度に依存することが示唆されています.また,スタート直後の急激なピッチの増加により素早く速度を高める(100mのような)短距離種目とは異なり,水平跳躍種目では,踏切時により高い速度を維持しておくことが求められます.そのため,走幅跳や三段跳における助走は,主に加速局面,スピード維持局面,踏切準備局面に分類されます(深代,1990).つまり,加速局面において高い水平速度を得るだけでなく,それを維持し,減速を抑えて踏切へと繋げることが重要となります.これらのことから,助走では,より高い水平速度を生み出すためにスプリント能力(主に加速に必要な能力)の向上を目的としたトレーニングが不可欠であること,さらに,その速度を維持して踏み切るための技術的なトレーニングの実施も必要であることが考えられます.

次にジャンプ系運動群に着目すると,走幅跳では,両手砲丸投げや立五段跳といった種目との相関係数が大きいことが分かります.このことは,助走によって得られた水平方向の速度を踏切時に効率よく変換するためのパワー発揮能力が必要であることを示唆しています.さらに,三段跳では,左右のホッピング能力との間に有意な相関関係が認められており,片脚での連続跳躍をどちらの脚でもバランス良く遂行する能力が求められることが推察されます.このように,同じ水平跳躍種目においても踏切に必要な能力は異なります.また,リフティング系運動群については,パフォーマンスとの有意な相関関係が認められず,その直接的な関係はないことが示唆されました.しかしながら,各群間の相関係数の比較(表2)によってリフティング系運動群は,パフォーマンスへの貢献度が高いジャンプ系運動群に影響を及ぼしていることも報告されています(r = 0.10-0.64).


 このことについて,図子(2008)は,(上記のリフティング系運動群のような)一般的体力の一部が,より専門性の高い運動の遂行能力に転移し,さらに複雑なスプリントやジャンプを遂行する能力へと向かい,最終的にはすべての能力が融合されて跳躍パフォーマンスが向上すると報告しています.つまり,トレーニングによって改善される能力には,パフォーマンスに直接的に貢献する専門的体力と,その能力と深い関係にあり,間接的に影響を及ぼす一般的体力とが存在し,それらを実際の跳躍動作へと転移させる必要があると考えられます(図1).


向上した能力をパフォーマンスへと結びつける

ここまで述べてきたように,助走・踏切に関係する各種能力を改善することで,水平跳躍種目のパフォーマンスが向上する可能性があると言えます.しかし,実際のトレーニング現場においてパフォーマンスの向上という問題はもう少し複雑になってきます.
 多くの水平跳躍競技者が抱える悩みとして,各種能力の向上がパフォーマンスに結びつかないということが挙げられます.これは,実際の跳躍と各種運動の間に存在する,力発揮特性や運動遂行時間の相違が要因であると考えられます.走幅跳や三段跳の踏切動作は,極めて短時間のバリスティックな伸張−短縮サイクル(Stretch Shortening Cycle;SSC)運動によって遂行されています(図子・高松,1995).一方で,上述したような各種能力として評価される運動の多くは,このSSC運動とは異なる力発揮特性や運動遂行時間で行われます.例えば,リフティング系運動の代表とされるスクワットは,主にアイソメトリックまたはコンセントリックな筋収縮による力発揮特性を持ちます.また,踏切動作と同じくSSC運動によって遂行され,競技パフォーマンスとの間に相関関係が認められている立五段跳を例に挙げても,実際の跳躍よりも比較的長い踏切時間で運動が遂行されています.このように,パフォーマンスの向上には,一般的体力・専門的体力を改善させた上で,実際の踏切動作へと擦り合わせていくことが重要となります.したがって,水平跳躍種目のトレーニングでは,最終的に遂行する動作から逆算し,段階的に能力を向上させていく必要があります.
 それでは,トレーニングの段階的な実施方法について少し考えてみましょう.まず,最も実際の跳躍に近い動作として重要となる点は,短時間のバリスティックなSSC運動であるということです.一般的に,SSC運動における能力の測定評価法として用いられているリバウンドジャンプテストやリバウンドドロップジャンプテスト(遠藤ほか,2007;木越ほか;2004,図子・高松,1995)で行われる動作と同様に,水平方向の跳躍動作についても遂行時間に着目すべきであると考えられます.藤林ほか(2013,2014a,,2014b,2015)が考案したリバウンドロングジャンプ(以下,RLJ)では,跳躍距離だけでなく遂行時間を含めた評価項目を用いています.その他にも,助走を用いたスピードバウンディングにおける歩数と遂行時間を測定評価項目とした研究では,その値と競技パフォーマンスとの間に有意な負の相関関係が認められたことが報告されています(熊野・植田,2017).これらのことから,高い速度の中で短時間のSSC運動を遂行する動作をトレーニングに取り入れることは,競技パフォーマンスの向上に効果的であることが推察されます.
 また,基礎とされるトレーニングにおいても,工夫によって専門性を高めることが可能となります.例えば,より特異的な体力の改善を目的としたウェイトトレーニングとして,林(2018)が開発したドロップクリーンや,片脚スクワット・骨盤スクワット2)が挙げられます(苅山ほか,2018;吉田ほか,2003).このように,単純な手段から複雑な手段へと段階的に移行させることで,トレーニングにおける特異性の原理,漸進性の原則を満たし,パフォーマンスの向上に繋がることが考えられます(苅山・図子,2014).

2)RIKUPEDIA 第132回にて掲載「目的に応じたスクワットを選択しよう」 (URL:http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2018/132.html)

  技術的要因と体力的要因 

ここまでは,助走や踏切に影響を及ぼす各種運動能力,すなわちパフォーマンスを決定づける体力的要因について述べてきました.パフォーマンスの向上には,体力的要因の増大が必要不可欠でしたが,もう一つ,技術という忘れてはならない要素があります.最後に,この技術的要因と体力的要因との関係について紹介していきます.
 図2には,体力・技術要因のそれぞれが向上する過程の相違を示しました.上述していたような体力トレーニングは,過負荷の原則に基づいて実施され,その効果は,遅延現象を伴って超過回復として出現します.一方で,技術的要因の改善を目的としたトレーニングは,専門性の原則や特異性の原則に基づいて実施され,動きの感じやコツを体得した時には即時的にその効果が得られることがあります(図子,2003).
 このことを理解することで,両者のアプローチ(考え方)に対して,違いを認め,研究内でお互いの関係を整理することで,役割分担が可能になり,両者を組み合わせて研究することが出来ます.



これらのことから,技術トレーニングが,試合期により積極的に取り組むべきであることに対して,体力的要因については,目標とする試合のタイミングにおける効果の獲得が可能となるように,逆算してトレーニングを行う必要があります.つまり,試合のない鍛練期に集中して基礎的なトレーニングを実施しておくことが,効率的なパフォーマンス向上に繋がることが考えられます.また,体力的要因と技術的要因は,相互に影響し合いながらパフォーマンスを形成していることから(グロッサー・ノイマイヤー,1995),体力的要因の不足が技術を改善する上での制限因子となる可能性があります.したがって,技術トレーニングを集中的に行う試合期および試合準備期においても,その習熟状況に鑑みつつ,体力トレーニングは継続して実施すべきであることが考えられます.
 以上のことから,技術的要因と体力的要因は効果の獲得までの過程が異なるため,時期や目的に考慮し,適切な課題設定およびトレーニング手段の選択を心がけるべきであると言えます.このことについて理解し,時期に合わせたトレーニングを重点的に実施することができれば,パフォーマンスが大幅に向上する可能性もあると考えられます.

おわりに

今回のコラムでは,水平跳躍種目のトレーニングについて紹介しました.パフォーマンスを決定する2つの要因は,効果が現れるタイミングが異なること,さらに,体力的要因については,改善する能力の特性を理解し,実際の跳躍動作へと段階的に高めていく必要がありました.
 本コラムの頭に述べた「二兎を追う者は一兎をも得ず」には,実は「三兎を追う者は猪を得る」という続きがあります.トレーニングにおいても,狙っていなかった効果が偶然得られるということはあると思います.しかしながら,その効果を得ることができた過程が分かっていなければ,次も同様に上手くいくとは限りません.兎を如何にして捕まえるかも理解せずに,ひたすら落とし穴を深く掘るような無意味な行動を取れば,諺が示すように何も得られずに終わってしまう可能性もあります.パフォーマンス向上までを逆算し,時期や目的に応じた内容を段階的に実施すれば,少なからず複数の課題に取り組むことは可能です.多角的かつ計画的に目標を見据え,展望が明らかな状態で「二兎を追うことで初めて二兎をも得る」のではないでしょうか.皆様のトレーニングが,より良いものになることを願っております.



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2019年6月24日掲載

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