競歩の記録について考えてみよう

MC2 奥野哲弥

RIKUPEDIAをご覧のみなさま,お久しぶりですMC2の奥野哲弥です.今回は私の専門種目でもある競歩について述べさせていただきます。ちなみに、RIKUPEDIAではこれまで佐藤さんが競歩について幾度かコラムを掲載してきました.(第80回「競歩競技者における怪我の概要」, 第89回「競歩競技者における怪我の発生要因」, 第107回「競歩中の下肢の筋活動はどうなっているのか?」).ぜひご一読ください.

競技力を向上させるためには適切な目標設定及びアセスメントが重要になります(図子,2014).競歩において様々な種類の目標設定(「全国大会にでる」や「腰を乗せられるようになる」など)があると思いますが,その中でも「記録」を用いた目標設定は最も簡便で使いやすい基準の1つであると思います.そこで,今回はこれまでの競歩のコラムとは少し趣向を変えて,競歩の「記録」について考えていきます.現在,競歩を行なっている競技者の多くが高校生もしくは大学生であると思います.したがって本コラムでは高校時の記録と大学時の記録との関係,さらに大学時での10000mWと20kmWの記録の関係について統計的に見ていきます.なお,本コラムでは大学を2000〜2014年度に卒業した,大学時の10000mWBestが45分以内の371名を対象に,陸上競技ランキングを用いて各年代および種目のデータを収集・解析しました.

① 高校5000mWBestと大学10000mWBest
 まずは高校時にどれくらいの記録を持っていた人が大学時にはどれくらいの記録を残しているかを見ていきましょう.
 競歩に限らずですが,高校時代は全国大会に出場すらできていなかった選手が大学時代に急成長し,全日本インカレに出場・入賞した話をよく聞きます.一方で,高校時代は輝かしい成績を残していても,大学時代には記録を伸ばせなかったという話もしばしば聞きます.では実際に高校時代の記録と大学時代の記録にはどのような関係があるのでしょうか?なお,分析対象は371名のうち,高校5000mWの記録が判明している331名となりました.
 図1に高校時代の5000mWと大学時代の10000mWのベスト記録の関係を示しました.また表1には大学時代の10000mWのベスト記録が41分以内,41分台,42分台,43分台,44分台に分け,それぞれの高校5000mW平均値および最低記録,さらに21分以内、21分台、22分台、23分台、24分台の人数を示しました。人数に関しては、図2に棒グラフでも示しましたのでご参照ください.

図1 高校5000mWBestと大学10000mWBestの関係


表1 大学10000mW Bestの各タイムにおける平均高校5000mW Best と最低記録および人数



図2 大学10000mWタイムごとの高校5000mWタイムの各人数


 図1に示した通り,高校5000mWBestと大学10000mWBestとの間に弱い相関関係 (r=0.371) が認められました.これは高校時の記録が大学時の記録に影響を与えてはいるが,大きな影響ではないということと考えられます.また,表1から大学10000mWBestが速いグループほど高校5000mWの平均記録が速いことが分かります.これらのことから,やはり,高校時に良いパフォーマンスを発揮しているほど,大学においても良いパフォーマンスを発揮している傾向があると考えられます.しかし最低記録を見てみると高校時代は5000mWが23分56秒であった選手が大学時には10000mWを40分台で歩けるようになっていたり,高校時代に25分をギリギリ切れていた選手が42分台で歩けるようになった選手がいたりしたことが分かります.高校時代は良い成績を残せなくても,大学でパフォーマンスを伸ばし,全国大会で活躍するということは夢物語ではないことがこのデータからも言えるのではないでしょうか.

 

② 大学10000mW Bestと20kmW Best
  次は大学時の10000mWと20kmWの関係について見ていきましょう.大学生の多くはトラックシーズンには10000mWを,ロードシーズンには20kmWを中心にレースに出場し,そして,「10000mWが〇〇分なら20kmWなら△△分で行けるだろう」などの目安も持っていると思います.しかし,それらのほとんどは経験から来ているものではないでしょうか.そこで今回は実際に過去のデータから10000mWの自己記録から20kmWの予測値を推定していきます.なお,分析対象は371名のうち,大学20kmWの記録が判明している352名となります.
 図3には大学時の10000mWと20kmWの記録の関係を示しました.


図3 大学10000mW Best と大学20kmW Bestの関係

 10000mWの記録と20kmWの記録の間には強い相関関係 (r=0.775) が認められました.また決定係数は0.6であり,このモデルの精度はやや良いと判断できます.このモデルから以下の回帰式が得られました.

20kmWの予測タイム(秒)=2.4058×10000mWのベスト記録(秒) ― 831(秒)


 ここでは10000mW並びに20kmWの記録を秒換算しています.一例をあげると,もし10000mWのベスト記録が40分00秒の場合は

2.4058×2400 (秒) ― 831 (秒) = 4942 (秒) = 1時間22分22秒


という計算結果になり,もし20kmWの記録が1時間22分22秒よりも速く歩けたのなら,20kmWの方が10000mWよりも得意もしくは10000mWの自己ベストを樹立した時よりもパフォーマンスレベルが向上していると考えられるのではないでしょうか?
 また,20kmWに向けてのトレーニング計画を建てる際にもこの予測値を活用できると考えられます.予測値よりも20kmWのタイムが速い場合は,20kmW用のトレーニングよりも10000mW用のスピード寄りの練習を行うと,20kmWのパフォーマンス向上には有効かもしれません.一方で,予測値よりも20kmWのタイムが遅い場合は,10000mWでのスピードが20kmWで十分に活かしてきれていないことが考えられます.皆さんもぜひ一度この予測式を使ってみてください.

 

まとめ
 本コラムでは今までとは少し趣向を変えて,競歩の記録について見ました.中には「記録だけで語られても」や「体力や動作を考えないと意味がないでしょ」と思う人も多くいらっしゃると思います.しかし,記録はトレーニングや試合を評価するには最も扱いやすく,身近なデータの1つです.適切な目標設定及びアセスメントのために、ぜひ今回算出した予測値などを参考にしていただけると幸いです.

 
参考文献
陸上競技マガジン記録部. 陸上競技ランキング,https://rikumaga.com(参照日2019年8月16日)
図子浩二(2014)コーチングモデルと体育系大学で行うべき一般コーチング学の内容.コーチング学研究,27 (2):149-161.
2019年10月1日掲載

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