競歩競技者における怪我の発生要因

MC1 佐藤 高嶺

RIKUPEDIAをご覧の皆さん,こんにちは.MC1の佐藤です.前回のコラムでは競歩競技者に多く見られる怪我についてまとめさせていただきました.そこで今回のコラムでは,それらの怪我がなぜ起こるのかについてまとめてみたいと思います.なお,ここでは下肢の怪我の発生要因に焦点を当て,ご紹介していきます.

脛部の怪我
1)接地時の衝撃力による怪我に関して
Chiu and Shiang(1996)は地面に足が接地した際には,地面に踵が着いた後に最も衝撃力が現れると述べており,この強い衝撃力は下肢の振動を引き起こすとしています.そのため,普段は足部に過度の衝撃を感じる場合には強い衝撃を和らげるため,自らの歩きの状態を調整します.通常歩行では過度の衝撃を緩和するために膝を曲げることができます.しかし,競歩のルールでは,「前脚は,接地の瞬間から垂直の位置になるまで,まっすぐに伸びていなければならない」(日本陸上競技連盟,2016)と,されています.そのため,膝関節による衝撃の緩和は制限されます(Song et al.,2013).Song et al.(2013)は,競歩中の足圧,および足圧中心の軌跡を調べています.その結果,競歩中の最高ピーク足圧は踵の真下において見られ,その値は通常歩行よりも著しく高かったとしています.この高いピーク足圧の理由としては接地期初期における伸展状態の膝が原因であるとしています.そして,この踵への高い圧力は,足部の脛側の怪我の要因となりえるとしています.
 これらのことから,脛の怪我の発生要因の一つとして,膝を伸ばした状態で地面をとらえることにより,通常歩行よりも強い衝撃が加わることが考えられます.

2)過度な外返しによる怪我に関して
 Messier and Pittala (1988)とWillems et al.(2004)は,(足裏が外側を向く動作である)外返し(図2)の度合いの増加は下肢の怪我のリスクを増加させるとしています.また,過度の外返しは,(足裏が内側を向く動作である)内返し(図2)の筋系が動きを制御しようとする際の内側の内返しのモーメント(足の親指側側部を引き上げようとする力)の増加に関連するとしており,このことは脛骨の中央部,後部に起始を持つ底屈筋および内返しの筋系に過度なエキセントリック収縮を引きおこすことになりえるとしています.Song et al.(2013)の研究では,競歩中の足圧中心の軌跡は通常歩行よりも外側に移行しており,外返しは通常の歩行中よりも著しく強く,この外返しは怪我の要因となりえるとしています.競歩では,両足が地面から浮くことは禁止されています.そのため,選手は高い水平速度を保つために歩幅を大きくすることを必要とします.足首の外返しは,股関節の(より大きな歩幅を生み出すための一本の直線の上での歩きを可能にする)内転(図2)を代償していると考えられています.そのため間接的ではあるものの,こちらも両足が浮いてはならないという競歩のルールによって外返しが引き起こされていることが考えられます.(Song et al.,2013)






 これらをまとめると,歩幅を大きくするため一本の線の上を歩くようにすると股関節が内転します.その状態で地面をとらえようとするとより外返しの度合いが大きくなり,それを制御する内返し筋群が過度に引き伸ばされながら力を発揮します.それが怪我の発生要因として考えられます.

3)脛の筋肉に関する怪我について
  ここまではおもにシンスプリントに関わるような要因についてご紹介してきました.次に競歩競技の現場でよく聞かれる脛の筋肉の痛みに関することについてご紹介していきたいと思います.
 Sanzen et al.(1986)は,歩行速度が上昇すると前脛骨筋の内圧が上昇することを報告しており,これは歩行中に筋が緩む時間が短縮されることや強収縮が行われることによるとしています.そして,筋が緩む時間が短くなったり,その際の筋内圧が高かったりした場合には虚血性の痛みを引き起こすとしています.これが競歩における脛の痛みの発生要因の一つとして考えられます.
 次に普通歩行の研究ではありますが,Hreljac(2001)は,普通歩行から走りに動作を切り替えた際の筋活動に関する研究を行っています.この研究によると,歩行時に歩行速度を上げていくと前脛骨筋とそのほかの下肢筋群の筋活動が上昇していき,その後,走りに変えた方が良さそうと感じる速さになったところでランニングに動作を切り替えると前脛骨筋以外の下肢筋群は筋活動がさらに上昇したのに対し,前脛骨筋の筋活動は下がっていました.加えて,この時,スイング期後半(足を前に振り出しきる手前から接地直前まで)に前脛骨筋の大きな筋活動が見られたとしています.また,Hreljac(2008)は,背屈筋群(前脛骨筋など)は,ゆっくりとした走りでは最小限の役割しか果たさないが,早い速度での歩行では立脚期初期(踵接地直後)に重要な役割を果たすと述べています.そこではかなり大きな背屈モーメントが見られています.加えて,歩行時の立脚期初期では,足首でわずかながらエネルギーの吸収が行われており,この吸収は背屈筋群のエキセントリック収縮によるものであるとされています.そして,このエキセントリック収縮は比較的早い速度での歩行時には,背屈筋群にさらなるストレスを加えるとしています.
 これらの立脚期初期の背屈モーメントとスイング期後半の背屈筋群の高い筋活動が組み合わさることにより,背屈筋群が疲労状態になるとしています.そして,歩きから走りに動きを変えることでこの疲労とストレスを減らすことができるとしています(Hreljac,2008).しかし,競歩ではルールにより走ることはできないため,疲労やストレスをこのように緩和することはできません.
 これらは普通歩行の研究でしたが,Hanley(2013)は競歩競技者のキネティクスと筋電を調査しており,立脚期初期における踵接地から足裏全面がつくまでの急速な一連の流れはエネルギーを吸収する背屈モーメントによって制御されているとしています.この時に起こる前脛骨筋のエキセントリック収縮が脛の筋痛につながると述べており,Hreljac(2008)の普通歩行の研究内容と一致します.やはり競歩においても前脛骨筋のエキセントリック収縮が脛の疲労や痛みと関わっているようです.

ハムストリングの怪我
 最後にハムストリングの怪我の発生要因についてご紹介していきたいと思います.
 Schiffer(2008)は,競歩競技者の中には支持期での膝関節伸展時に180°以上に膝を伸展させること(過伸展)ができるものがいるとしています.Kummant(1981)は,立脚中期と踵接地時の膝の過伸展はハムストリングの怪我につながるとしており,これが怪我の発生要因の1つとして考えられます.
 競歩競技においては接地前から積極的に股関節の伸展を行い,歩行時のスウィング期後半から接地直前にハムストリングの著しい筋活動が見られ,接地期の前半にも筋活動が見られることが報告されています(楠本ほか,1981 ; 楠本ほか,1983).さらに,Hanley and Bissas(2013)は競歩の歩行時のスイング期後半にハムストリングの大きな筋活動が見られたと報告しており,Hanley(2014)は,このスイング期後半のハムストリングのエキセントリックな収縮がハムストリングの怪我につながっていると推測しています.
 これらのことから競歩競技におけるハムストリングの怪我は,接地前から振り出し脚の股関節,膝関節を伸展させることにより,接地前にハムストリングが引き伸ばされながら力を発揮することが要因として引き起こされているということが考えられます.

最後に
 ここまで競歩競技者における怪我の発生要因についてご紹介してきました。全体的にその要因を見てみると,競歩競技者における怪我は競歩競技におけるルールにより制限を受けた動作によって引き起こされていることが考えられます.
 ルールにより動きが制限される以上,動きを大きく変えることはできません.そのため日頃から負荷がかかっている部分のケアは怠らないようにし,怪我の予防に努めていくことが必要ではないかと思います.




参考文献:
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Hanley,B.(2014)Training and injury profiles of international race walkers.New Studies in Athletics,29(4):17-23.
Hreljac,A.,Arata,A.,Ferber,R.,Mercer,J.A.,and Row,B.S.(2001)An electromyographical analysis of the role of dorsiflexors on the gait transition during human locomotion.Journal of Applied Biomechanics,17:287-296.
Hreljac,A.,Imamura,R.T.,Escamilla,R.F.,Edwards,W.B.,and MacLeod,T.(2008)The relationship between joint kinetic factors and the walk-run gait transition speed during human locomotion.Journal of Applied Biomechanics,24:149-157.
Kummant,I.(1981)Racewalking gains new popularity.Physician Sports medicine,9(1):l9-20. 楠本秀忠・後藤幸弘・本間聖康・松下健二・辻野 昭 (1981)歩行の筋電図的研究−競歩型歩行について−.日本体育学会大会号,32:417.
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SanzenA,L.,Forsberg,A.,and Westlin,N.(1986)Anterior tibial compartment pressure during race walking.American Journal of Sports Medicine,14:136-138.
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Willems,T.M.,Witvrouw,E.,Delbaere,K.,De Cock,A.,and De Clercq,D.(2004)Relationship between gait biomechanics and inversion sprains: a prospective study of risk factors.Gait and Posture,21:379-387.
2017年1月24日掲載

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