月経は運動パフォーマンスにどのような影響を及ぼすのか?

MC2 佐藤文音

RIKUPEDIAをご覧の皆さま,はじめまして.MC2の佐藤です.

 女性アスリートの皆さん,月経によって本来のパフォーマンスを発揮できないということはないでしょうか? 女性アスリートと接するなかで「月経前や月経中は体が重く,思うようなパフォーマンスができない」といった声を聞くことが多くあります.女性アスリートは,エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンの変動が起こる月経周期と付き合いながら,日々のトレーニングを行なっています.そこで今回は,月経が運動に及ぼす影響について,スプリントとジャンプの2種類の運動に着目して紹介していきます.

月経周期について
 月経周期とは,月経開始日から次の月経の前日までの日数ことをいいます.月経周期の平均的な長さは通常28日間とされています.月経周期は,複数のホルモンの相互作用によって調節されており,月経期,卵胞期,排卵期,黄体期に分けられます(表1).月経については,土江さんが紹介しているのでこちらも参考にしてください
 http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2017/92.html

 
表1.月経周期の期分け(中村ら,2012を元に著者作成)
 

① 月経がスプリント能力に及ぼす影響について
 体育・スポーツを専攻している女子学生14名を対象として,30秒間の最大スプリントを月経期・卵胞期中期・黄体期中期に測定した研究では,最大速度や平均速度に月経周期の変動による影響はないことが示されています(Tsampoukos,2010).一方で,この研究の対象となった被験者は,被験者が月経前症候群(Premenstrual Syndrome:以下,PMS)ではなかったことから,これらの症状がスプリント能力に影響を及ぼしているのではないかということを仮説立てています.PMSとは,月経の周期に伴って月経前3~10日の間続く身体的あるいは精神的症状で,月経発来とともに減退ないし消失するもの(日本産婦人科学会用語解説集,1999)です.具体的には,腹痛,乳房緊満感,腰痛,頭痛・頭重感などが挙げられます(玉田,2005).
 また,橋本ら(2001)は,ハンドボール部に所属する12名の女子学生を対象に月経期・卵胞期・黄体期の各期において25m方向変換走テストを行い,月経期に測定したタイムが最も悪かったことが報告されています.このことから,月経痛などの身体症状がスプリント能力に影響する可能性が示されています.これらのことから,PMSの症状を抱えている人は,月経によってスプリント能力が低下する可能性があります.

② 月経がジャンプ能力に及ぼす影響
体育・スポーツを専攻している女子学生17名に対して,マルチジャンプテスト(立位姿勢から連続で行う鉛直跳躍運動であるリバウンドジャプ)とスクワットジャンプテストを月経期・卵胞期・黄体期の各期に実施した研究では,PMSの症状があるもののみ,跳躍高が低下することが示されています(Giacomoni,2000).このメカニズムとして,Halbreichら(1986)は,PMSを抱える女性は,血中のエストラジオール(女性ホルモンの一種)濃度の低下が大きいことを示しており,エストラジオール血中濃度が減少することで腱や靭帯の剛性を低下させ,下肢の伸張-短縮サイクル(Stretch shortening cycle:以下,SSC)能力に機能に影響を及ぼすことを示唆しています.下肢のSSC運動とは,着地直後から下肢の筋腱複合体が強制的に伸張されエキセントリックな筋収縮を行うことで身体重量を受け止めて,その後,短縮しながらコンセントリックな筋収縮を行うことによって,元の状態に跳ね返す運動です(Asmussen and Bonde Petersen,1974).この運動は,休息状態やアイソメトリックな収縮状態からの短縮と比較して大きな筋発揮を行うことができ,この理由としては,筋の伸張中に貯えられた弾性エネルギーが短縮中に再利用され,伸張反射により筋の興奮水準が高められることが挙げられます(Komi and Buskirk,1972;Komi and Bosco,1978).これらの神経および筋・腱の機能が月経による女性ホルモンの変化によって影響を受けることで跳躍高が低下したことが考えられます.

まとめ
 今回のコラムでは,月経周期と運動パフォーマンスについてスプリント能力とジャンプ能力に着目して研究報告を紹介しました.これらの報告から,月経が運動パフォーマンスに与える影響は以下の通りです.

 
表2.月経が運動パフォーマンスに与える影響
 
 

これらのことから,PMSの症状の有無によって,運動パフォーマンスへの影響が変化することが考えられます.
 また,PMSによる症状への対策として,能瀬(2015)は,基礎体温および症状を少なくとも2~3ヶ月記録し,月経周期と症状との関連性およびコンディションを選手自身が把握することを推奨しています.このように日頃からコンディション管理を行うことで,月経周期に伴うコンディションの変動を縦断的に認識することができます.具体的な方法としては,体重,体温,脈拍,主観的体調などの項目を測定・記録することです.これらの指標を用いることで月経に伴う症状を把握でき,「身体の変化を理解した上で行動する」ことに繋がるのではないでしょうか.




参考文献
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Giacomoni, M., T. Bernard, O. Gavarry, S. Altare, and G. (2000) Influence of the menstrual cycle phase and menstrual symptoms on maximal anaerobic performance. Med. Sci. Sports Exerc., Vol. 32, No. 2, pp. 486–-92.
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社団法人日本産科婦人科学会.産科婦人科用語解説集 第2版.(1999)東京:金原出版;34
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2018年2月8日掲載

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