RIKUPEDIAをご覧の皆さん,こんにちは.MC2年の佐藤高嶺です.今回のコラムでは,Hanley and Bissas(2013)の論文を中心に,歩行中の競歩選手の下肢の筋がどのように働き,身体の動きをコントロールしているのか,また,それがパフォーマンスにどのような影響を与えているのかについて紹介します.
各筋の働き
Hanley and Bissas(2013)は一流競歩競技者を対象に研究を行い,歩行中の下肢の関節モーメント,パワー,筋電位の様式を示しました.なお,この研究の被検筋は,大殿筋,大腿二頭筋,大腿直筋,外側広筋,腓腹筋(外側頭),ヒラメ筋,前脛骨筋となっています.
まずは各被検筋の作用について,キングストン(2008)及びモバイル・アプリのヒューマン・アナトミー・アトラス2018エディション(ビジブル・ボディ社)を参考にまとめます.(図1)
大殿筋は殿部を形成する臀筋群のうち最も大きく,最も浅層に位置する筋肉であり,主に股関節の外転,伸展動作に作用します.次に,大腿二頭筋はハムストリングの一つで,主に膝関節の屈曲や,股関節の伸展に作用する筋肉です.一方,大腿直筋はハムストリングに対して拮抗する働きを有する大腿四頭筋の一つで,この筋肉は主に膝関節の伸展と股関節の屈曲に作用します.また,外側広筋は大腿直筋と同じ大腿四頭筋の一つで,主に膝関節の伸展に作用します.続いて,腓腹筋はふくらはぎに位置する下腿三頭筋の一つで,足関節の底屈や,膝関節屈曲の補助に作用する筋肉です.また,ヒラメ筋は腓腹筋と同じ下腿三頭筋の一つで,主に足関節の底屈に作用します.最後に,前脛骨筋は脛部に位置する筋肉で,主に足関節の背屈に作用します.その長さは意外にも長く,膝の下から足部の内側まで伸びています.
歩行中の各筋の作用とパフォーマンスとの関係
上記の筋肉はいずれも歩行中に重要な役割を果たしています.ここからは,各被験筋が歩行中のどの局面で,どのような働きによって速く歩くことに貢献しているのか,紹介いたします.なお,歩行中の各期分けについては図2に示した通りとなります.
1) 離地期~スイング期前期
離地期からスイング期前期では,大腿直筋の短縮性収縮によって股関節が伸展位から屈曲位へと変位していきます.一方,この時に膝関節は膝伸展筋である大腿直筋の伸張性収縮を伴いながら屈曲していきます.
2) スイング期中期〜スイング期後期
スイング期中期の股関節周りの筋群では,まず,大殿筋が股関節の屈曲を止めるために働き,それに加えて,スイング期後期にかけては大腿二頭筋も収縮することによって股関節が伸展します.また,この時に下腿部が振り出されることで膝関節も伸展し,この動作によってハムストリングが強く引き伸ばされます.この動作は競歩選手たちに頻発するハムストリングの怪我の一因であることが報告されており(Francis et al.,1998),競歩では素早い振り出し動作が怪我のリスクを有していることを認識し,より良い振り出し脚の技術を獲得することによって,怪我を予防できると考えられます.一方,足関節周りの筋群では,スイング期中期から後期にかけて,前脛骨筋の活動が大きくなっていました.この局面における足関節の角度変位はあまり大きくはないものの,踵から足部を接地する動作に向けて,足関節の背屈を維持するために前脛骨筋が働いていることが伺えます.
3) 接地期〜支持期前期
股関節周りの筋群では,接地期から支持期前期においてもスイング期後期からの大殿筋と大腿二頭筋の収縮による股関節の伸展が継続されました.特に,接地直後には股関節の伸展力が非常に大きくなったことが認められました.また,膝関節は接地後に多くの競技者で過伸展され,ここでもハムストリングは引き伸ばされながら筋力を発揮していると考えられます.さらに,支持期に入ると外側広筋の筋活動が増加しており,これによって支持期前後における膝関節の伸展動作を行ったり,伸展状態を維持したりしていることが考えられます.また,支持期には大腿四頭筋がよく活動しており,競歩では適切にトレーニングされた大腿部前面の筋肉が必要とされることが示唆されました.さらに,この局面における足関節周辺の動きに着目すると,踵から接地した時には背屈していた足関節が,支持期前期にはフラットポジション(足裏が全てつくところ)になるまで急速に底屈していきます.この時,前脛骨筋は伸張性収縮を起こしながら,足部の動きをコントロールしていると考えられます.この伸張性収縮は前脛骨筋に大きな負荷を与えるため,脛の筋肉の怪我を引き起こす可能性が指摘されています(コラム第89回:http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2017/89.html).
4) 支持期中期〜支持期後期
股関節周りの筋群では,支持期中期に入ると大腿二頭筋と大殿筋の筋活動は低下し,反対に,大腿直筋の筋活動が上昇することで,股関節の過伸展を抑制します.一方で,膝関節周りの筋群では,支持期後期からの膝関節の屈曲に伴って,大腿直筋が伸張性収縮をします.この動作は接地時間の延長に貢献し,また,振り出し脚を振り出すための時間を獲得することに寄与します.さらに,上記のことは結果として,ストライドの延長に貢献すると考えられており,この局面における大腿直筋の働きは歩速度の獲得に非常に重要なものであると言えます.また,足関節周りの筋群に着目すると,支持期後期にはヒラメ筋と腓腹筋が働くことによって足関節は底屈します.この時の力発揮は身体を推進させる際の大きな力学的エネルギーの源とされています(Hoga et al,2006;White and Winter,1985).ヒラメ筋と腓腹筋は支持期中期に働き,足関節の底屈力を発揮しますが,この時,足関節は実際には背屈しており,ヒラメ筋と腓腹筋は引き伸ばされています.これによって,腓腹筋とヒラメ筋には弾性エネルギーが貯蔵され,この弾性エネルギーは支持期後期の底屈動作に貢献していることが示唆されています(Zajac et al.,2003).また,この局面をランニングと比較した際に,下腿での弾性エネルギーの貯蔵に対する腓腹筋の役割がランニングに比べると小さいことから,競歩ではランニングと同じ移動速度を出す際に,ランニングよりもエネルギーコストを必要とする要因の一つとして考えられています(Cronin et al.,2016).
今回紹介した研究では,競歩選手は支持期に膝を過伸展させることによって伸ばされた脚を長く,固いレバーのようにして用いていました.この動作によってスイング期後期と支持期前期での股関節の伸展筋と支持期後期での足関節の底屈筋が共役するようになることが考えられます.つまり,膝を完全伸展することで,股関節の伸展がその後の足関節の底屈につながり,下腿三頭筋の働きの手助けをしていると推察できます.
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回のように歩行中の筋の活動や関節に作用している力などを知ることは,トレーニングを行う際やパフォーマンスを向上させる際のヒントになると思われます.そして,競歩の独特な動きによるケガのリスクを知ることにも繋がり,怪我の予防のヒントにもなりえます.以前にもコラムで述べましたが,怪我をせずに継続してトレーニングを行うことはパフォーマンスを高める上でとても大切なことであると考えています.