ピッチタイプ・ストライドタイプは存在するのか

MC1 奥平柾道


 RIKUPEDIAをご覧の皆さん,初めまして.MC1の奥平です.出身は岩手県の盛岡第一高等学校,そして筑波大学体育専門学群を経て,筑波大学大学院体育学専攻に入学し,今年度から陸上競技研究室にお世話になることになりました.どうぞよろしくお願いします.専門は短距離の400mです.

ピッチタイプ・ストライドタイプは存在するのか
 さて,今回私が担当するコラムではスプリント走におけるピッチ・ストライドのタイプ分けについて概説していきたいと思います.御存知の通り疾走速度は1秒間あたりの歩数を示すピッチと,1歩あたりの移動距離を示すストライドの積で表すことができます.このピッチ・ストライドに関しては過去のコラムでもまとめられています[1].みなさんも実際に走っている選手を見た時に「あの選手はピッチが高いな」や「あの選手はストライドが大きいな」などと印象を持つことも少なくないのではないでしょうか.
 このピッチ・ストライドについて宮下ほか (1986) は,カールルイス選手(USA) など世界一流スプリンターの最高疾走局面 (54-62m区間) における疾走動作を分析しています.その結果,疾走速度が近い選手で比較した際にもストライドが大きいストライド型とピッチが大きいピッチ型が存在し,大きな疾走速度を獲得するためにはピッチとストライドがともに大きいか,もしくは両者の至適な組み合わせが必要であるとされています(宮下ほか,1986).
 また内藤ほか (2013) は,公認競技会に出場した日本人男子大学選手59名を対象に,加速局面 (0-30m区間),最大スピード局面 (30 - 60m区間)のピッチ・ストライドをハイスピードカメラによる映像から分析しています.最高スピード局面における選手のピッチまたはストライドへの優位性を表したピッチ・ストライド比(30 – 60m区間の平均ピッチを平均ストライドで除した値)と疾走速度との関係を見たところ,これらの間には有意な関係は認められませんでした (内藤ほか,2013).
 ピッチとストライドにはトレードオフの関係があるという報告 (Hunter et al., 2004) や,走速度を獲得するためには個人でそれらの最適な組み合わせが存在するという報告 (Kunz and Kaufmann, 1981 ; Schiffer, 2009) からも,スプリント走は「ピッチ型の人が速い」や「ストライド型の人が速い」という単純な構造になっておらず,タイプ分けを行うことができると考えられます.

 

タイプ別レベル別の疾走動態
 タイプ分けについて内藤ほか (2013) はピッチ・ストライド比から選手をピッチ優位型(以下ピッチ型),ストライド優位型(以下ストライド型),中間型の3つのタイプに分類して分析しています.その結果,タイプごとに最高疾走速度に差は見られなかったものの,ピッチ型はストライド型に比較して高いピッチ,短い接地時間,短い滞空時間で疾走していること,そして対照的にストライド型はピッチ型に比較して大きなストライド,長い接地時間,長い滞空時間で疾走していることを報告されています(内藤ほか,2013).先行研究(Hunter et al., 2004) においても同様の報告がなされており,それぞれのタイプに応じた疾走動態があることがわかります.さらに内藤ほか (2013) は,タイプ内で疾走速度の平均値から上位群と下位群に分けて疾走動作の分析を行いました.これはつまり「○○タイプの中で足が速い人と遅い人は何が違っているのか」ということです.その結果,ピッチ型の上位群は下位群と比較して最大スピード局面のピッチが高いこと,加速局面の1歩ごとに分析によれば7歩目以降でピッチが有意に高く,8歩目以降で接地時間が有意に短いことが報告されています (内藤ほか,2013).またストライド型の上位群は下位群と比較して最大スピード局面のストライドが大きいこと,加速局面における1歩ごとの分析ではストライドは8歩目以降で有意に大きいことが報告されています (内藤ほか,2013).

 これらのことからパフォーマンスの優れた選手はそれぞれのタイプに合わせた疾走動作の特徴を最高スピード局面だけでなく加速局面から示していることが分かります.またパフォーマンスレベルで比較するとピッチタイプでピッチがより高い,ストライドタイプでストライドがより大きいなど,いわゆる個性を伸ばすような形で高いパフォーマンスを達成しているといえるでしょう.


ピッチ・ストライドタイプの変化
 内藤ほか (2015) は,シーズン中のパフォーマンスとピッチ・ストライド比との関係を個人内で検討し,それらの間に関係が認められないこと,ピッチ・ストライド比は試合期の間に変動を繰り返し,ピッチタイプから中間タイプ,ストライドタイプから中間タイプへの変動はあるものの,大きな変化は生じないことを報告しています.ピッチ・ストライドを決定する要因はHay (1994) やHunterほか (2004) によって示されています(図1,2).図のように決定要因は様々示されていますが,内藤 (2016) はタイプ間で下肢の筋力・パワーなどのフィールドテストの値に差が認められず,身長や脚長比などの形態的な特性に差が認められていることを報告しています.

 大学生期以降では身長や脚長比などの形態的特性は変化しにくいため,ピッチ・ストライド比には大きな変化が起きにくく (内藤ほか,2013),それゆえ個人の特性に合ったタイプが生まれることが考えられます.しかしながら中学生期や高校生期などは形態的特徴や筋力などの体力的特徴が大きく変化する時期であるため,ピッチ・ストライド比は大きく変化することが考えられるでしょう.これまでパフォーマンスの推移とピッチ・ストライドとの関係についての報告はあまり行われておらず (土江,2009;谷川・内藤,2014),これについては注意深く解釈する必要がありそうです.


まとめ
 以上のことをまとめますと,スプリンターにはピッチ・ストライドのタイプが存在し,それぞれ異なる疾走動作を示すこと,またタイプは変化しにくく,タイプ内ではその特徴を伸ばすような形で高いパフォーマンスを発揮していることが明らかとなっています.参考までに内藤ほか (2013) による男子大学生59名のピッチ,ストライド,ピッチ・ストライド比の分布を示した図を紹介します(図3).ピッチ・ストライド比をもとにしたクラスター分析によってタイプ分けされているので,タイプの分類は母集団に依存することに注意してご解釈していただければと思います.これらのことを参考に,指導の際にはその選手のピッチ・ストライドタイプを考慮したトレーニング手段を検討してみるのはいかがでしょうか.










 






参考文献:
Hay, J.G. (1993) The biomechanics of sports techniques (4th Edition). Prentice Hall, New Jergey, pp. 396-412.
Hunter, J.P., Marshall, R.N. and McNair, P.J. (2004) Interaction of step length and step rate during sprint running. Medicine and Science in Sports Exercise, 36(2): 261-271.
Kunz, H. and Kaufmann, D.A. (1981) Biomechanical analysis of sprinting: decathletes versus champions. Brit. Journal of Sports Medicine, 15(3): 177-181.
宮下憲・阿江通良・横井孝志・橋原孝博・大木昭一郎 (1986) 世界一流スプリンターの疾走フォームの分析.Japanese Journal of Sports Science, 5: 892-898
内藤景・苅山靖・宮代賢治・山元康平・尾縣貢・谷川聡 (2013) 短距離走競技者のステップタイプに応じた100mレース中の加速局面の疾走動態.体育学研究,58(2): 523-538.
内藤景 (2016) 日本人スプリンターにおけるピッチ・ストライド特性を踏まえた100m走パフォーマンスの評価.陸上競技研究, 104(1) : 2-13
Schiffer, J. (2009) The Sprints, New Studies in Athletics, 24(1): 7-17.
谷川聡・内藤景 (2014) スプリント・ハードルトレーニングのためのバイオメカニクス知見の活かし方.バイオメカニクス研究,18(3) : 157-168.
土江寛裕(2009)日本代表スプリンターにおけるレース中のピッチ変化が記録工場に及ぼす影響.スポーツパフォーマンス研究,1:169-176.


Link [1]http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2014/14.html

2016年8月29日掲載

戻る