スプリント走におけるピッチとストライドに関係する要因

DC1 山元 康平

筑波大学陸上競技研究室院生コラム『RIKUPEDIA』をご覧の皆様,あけましておめでとうございます.DC1の山元です.
昨年から始まったこの『RIKUPEDIA』ですが,ご愛読頂き,誠にありがとうございます.
筑波大学陸上競技研究室は,2014年も陸上競技の発展に資するべく,研究・実践ともにより一層精進してゆく所存です.
本年も変わらぬご愛顧のほど,何卒よろしくお願い申し上げます.

ところで,前回の私の担当から少しインターバルが短いようですが,実は昨年のクリスマスの頃
「山さん,コラムの原稿が足りません」「ほう」「修士は皆忙しいので,(どうせ暇な)ドクターが書いてくれませんか?」「いや俺も投稿論文の執筆とか修論の添削とか」「1月6日までにお願いします」「はい」
的な会話があり,幸運にも2014年初回は私が担当させて頂くこととなりました(概ねフィクションです).

さて,過去2回は,400m走の歴史やペース配分について紹介してきました. 本来今回は,ペース配分についてより詳細な話題を紹介する予定でしたが,新年初回ということもあるので(?),少し趣向を変え,スプリント種目において最も基本的なパラメータのひとつであるピッチとストライドについて考えてみたいと思います.

ご存じのとおり,ピッチは一定時間内の歩数,ストライドは1歩の歩幅を表すものであり,両者の積が走スピードとなります. そのため,ピッチとストライドはスプリント走に留まらず,多くのロコモーション(移動運動)の評価に用いられており,指導現場においても極めて日常的に使用されていると思います. なお,国内ではピッチとストライドという用語が一般的ですが,「ストライド stride」という用語は,本来は単に歩行・走行における「2歩(ある足の接地からもう一度同じ足が接地するまで)」を表すものです. したがって厳密には,「ピッチ」は「1ステップ(ある足の接地から逆側の足の接地まで)の頻度」である「ステップ頻度(step frequency)」,「ストライド」は「1ステップの長さ」である「ステップ長(step length)」と表すのがより正確です. しかし今回のコラムでは,より一般的な用語であるピッチとストライドという表現を用いて説明したいと思います.

速く走るために,ピッチとストライドのいずれが重要なのか.
このことについては,100m走を対象とした研究においても,ピッチが重要であるとするもの(Mann and Herman, 1985),ストライドが重要とするもの (Gajer et al., 1999) のいずれもあり,統一した見解は得られていないのが現状です. しかし,ピッチとストライドは,スピードが一定の場合,一方を高めれば他方が低下する関係にあるため (Hunter et al., 2004) ,いずれか一方の重要性を論じることはナンセンスな議論であるといえます. また,スピードが高まることは,接地時間の減少や滞空距離の増大を介して,必ずピッチおよびストライドの増大を引き起こす可能性を有するものであると考えられます (Hunter et al., 2004) . そのため,両者を同時に高めること,あるいは,一方の過度な減少を招かない範囲において他方を高めることが重要であると考えられます. 事実,世界一流競技者の中にも,ピッチが高い競技者もいれば,ストライドが大きい競技者もおり(阿江ほか,1994;宮下ほか,1986),また,選手個人の中でも,パフォーマンスがピッチに依存する者もいればストライドに依存する者もいること(Salo et al., 2011), さらには,ピッチ型とストライド型の競技者で,最高走スピードに至る加速局面の疾走動態が異なることなども報告されています(内藤ほか,2013). これらのことから,トレーニングにおいては,ピッチおよびストライドに影響を及ぼす要因について理解した上で,競技者の特性に応じてトレーニングを創造・選択していくことが現実的であると考えられます.

では,ピッチおよびストライドに影響を及ぼす要因とは何なのか.
Hunter et al. (2004) は,多数の競技者のピッチおよびストライドと,それを構成する下位の因子(接地時間,滞空時間,支持距離,滞空距離など)との関係について詳細な検討を行いました. その結果,両者に大きく影響を及ぼすのは滞空時間であること,すなわち,滞空時間が短いとピッチが高くなり,反対に滞空時間が長いと滞空距離が大きくなることでストライドが大きくなる傾向にあることを明らかにしました. この傾向は,他のいくつかの研究においても報告されています(松林,2012;宮下ほか,1986). さらに Hunter et al. (2004) は,滞空時間には,離地時の身体重心の鉛直速度の影響が大きく,身体重心の鉛直速度は,地面反力の鉛直力積と関係していることを示唆しています. 類似した報告として,松林 (2012) は,ストライド型の競技者は,ピッチ型の競技者と比較して,地面反力の鉛直成分のピーク値が大きい傾向にあったとしています.
これらのことから,大きなストライドを獲得するためには,接地中に地面により大きな力を加えることで,滞空時間を長くすることが重要になると考えられます. そのためには,接地前から支持期にかけて,下肢の各関節が大きな力やパワーを発揮することが重要であると考えられますが,特に支持期の足関節底屈筋群が発揮するトルクやパワーが重要である可能性が示唆されています(阿江ほか,1986;Dorn et al., 2012;渡邊ほか,2003).
一方で,高いピッチを獲得するためには,滞空時間を短くすることが重要になるわけですが,そのためには,相対的に短い滞空時間の中で,素早く脚を回復し,次の接地を行わなければなりません. この素早い脚の回復を実現するために,脚の動作範囲を小さくすることや(阿江,2001;松林,2012;宮下ほか,1986),脚を素早く動かすために,下肢を振り回す原動力となる股関節の屈伸に関与する筋群(大殿筋,ハムストリングス,内転筋,大腰筋など)が,大きなトルクやパワーを発揮することが重要になると考えられます(阿江ほか,1986;Dorn et al., 2012;中田ほか,2003;渡邊ほか,2003).

今回は,スプリント走の非常に基本的な評価指標であるピッチとストライドについて,両者に影響を及ぼす動作や力について紹介しました. 注意して頂きたいのは,これらは主に最高走スピード局面での議論であり,加速局面や減速局面においては,これらの関係性や重要度が異なる可能性があります(Debaere et al., 2013;遠藤ほか,2008;永原・図子,2013;内藤ほか,2013). また,繰り返しになりますが,ピッチおよびストライドのいずれが重要であるかを論じることはあまり意味がなく,両者の向上,あるいは一方の著しい低下を伴わない他方の増加によって,走スピードは向上するものと考えられ,トレーニングにおいては,今回紹介したようなピッチおよびストライドに影響する要因について理解した上で,トレーニング手段・方法を創造,選択していくことが求められると言えます. また,長い期間をかけて大幅にスプリント走能力を向上させるためには,体力的な向上も伴ったストライドの増加が必要になり,比較的短期間での疾走速度の変化には,ピッチの変化が大きく影響する可能性も指摘されています (Hunter et al.2004) . そして当然ながら,トレーニングにおいては,ピッチやストライドに特に注意を向けることはせず,合理的とされる疾走動作の獲得を目指すことや,重要とされる体力要素を高めることなども,スプリント走パフォーマンスを高めるには有効であり,いずれを選択するかは,コーチ・競技者の戦略に委ねられているものであると思います. しかしながら,簡便で競技者や学習者が理解しやすいピッチおよびストライドを,パフォーマンス評価やトレーニング手段創造の手掛かりとすることは,スプリント走パフォーマンスの向上に向けた合理的な方略のひとつになることが期待できます.
なお表は,100m走の最高走スピード局面(30-60m)における記録と身長に応じたピッチおよびストライドの目安を示したものです (宮代ほか,2013) .これらの値は,パフォーマンスの評価や競技者の特徴の把握,トレーニングの目標設定を行う上で参考になるかもしれません.

Give me a place to stand on, and I will move the Earth. −Archimedes.

参考文献:
阿江通良・鈴木美佐緒・宮西智久・岡田英孝・平野敬靖 (1994) 世界一流スプリンターの100mレースパターンの分析‐男子を中心に‐.世界一流競技者の技術.第3回世界陸上選手権大会バイオメカニクス班報告書.日本陸上競技連盟強化本部バイオメカニクス班編.ベースボールマガジン社:東京.pp.14-28.
阿江通良(2001)スプリントに関するバイオメカニクス的研究から得られるいくつかの示唆.スプリント研究,11 : 15-26.
阿江通良・宮下 憲・横井孝志・大木昭一郎・渋川侃二(1986)機械的パワーからみた疾走における下肢筋群の機能および貢献度.筑波大学体育科学系紀要,9:229-239.
Debaere, S., Jonkers, I., and Delecluse, C. (2013) The contribution of step characteristics to sprint running performance in high-level male and female athletes. Journal of Strength and Conditioning Research, 27 (1) : 116−124.
Dorn, T. W., Schache, A. G., and Pandy, M.G. (2012) Muscular strategy shift in human running: dependence of running speed on hip and ankle muscle performace. The Journal of Experimental Biology, 215: 1944-1956.
遠藤俊典・宮下 憲・尾縣 貢(2008)100m走後半の速度低下に対する下肢関節のキネティクス的要因の影響.体育学研究,53:477-490.
Gajer, B., Thepaut-Mathieu, C., and Lehenaff, D. (1999) Evolution of stride and amplitude during course of the 100m event in athletics. New Studies in Athletics, 14(1): 43-50.
Hunter, J. P., R. N. Marshall, P. J. Mcnair. (2004) Interaction of step length and step rate during sprint running. Med. Sci. Sports Exerc., 36 (2) : 261-271.
Mann, R. Herman, J. (1985) Kinematic analysis of olympic sprint performance : Men's 200 meters. Int. J. Sport Biomech., 1 : 151 - 162.
松林武生(2012)陸上競技のサイエンス スプリント動作のメカニズム 〜速く走る動作の特徴〜.月刊陸上競技,46 (3):216-218.
宮代賢治・山元康平・内藤 景・谷川 聡・西嶋尚彦 (2013) 男子100m走における身長別モデルステップ変数.スプリント研究,22:57-76.
宮下 憲・阿江通良・横井孝志・橋原孝博・大木昭一郎(1986)世界一流スプリンターの疾走フォームの分析.Jpn. J. Sports Sci. 5 : 892 -898.
永原 隆・図子浩二 (2013) 女子短距離選手を対象としたステップ変数による加速能力の評価.陸上競技研究,94:38−47.
内藤 景・苅山 靖・宮代賢治・山元康平・尾縣 貢・谷川 聡 (2013) 短距離走競技者のステップタイプに応じた100mレース中の加速局面の疾走動態.体育学研究,58 : 523 ? 538.
Salo, A. I. T., Bezodis, I. N., Batterham, A. M., and Kerwin D. G. (2011) Elite Sprinting: are athletes individually step-frequency or step-length reliant?. Med. Sci. Sports Exerc., 43(6): 1055-1062.
渡邉信晃・榎本靖士・大山卞圭悟・宮下 憲・尾縣 貢・勝田 茂(2003)スプリント走時の疾走動作および関節トルクと等速性最大筋力との関係.体育学研究,48:405-419.
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