RIKUPEDIAをご覧のみなさま,明けましておめでとうございます.
本年も日本・世界における陸上競技研究の拠点を目指し,陸上競技研究室一同,競技および研究へ精進する所存でございます.
なにとぞ,本年もよろしくご愛顧ほどひとえにお願い申し上げます.
さて,堅苦しい挨拶はここまでにして,みなさんが新年を迎えてすることは何でしょうか?お雑煮を食べる,初詣に行く,お年玉をもらう(もしくは渡す)などなど….お正月といえばやることがいっぱいですね.
しかし,まずすることは,今年一年の目標を定めることではないでしょうか.心機一転して新たな目標を立てる,冬季練習の始めに立てた目標を確認する.明確な目標(ビジョン)をもっていなければ,その場しのぎの選択に悩まされ,いつの間にか横道に逸れて目的地にたどり着けないことだって往々にしてあります.目標が高すぎては,モチベーションが上がらず,逆に低すぎては面白味がない.目標は背伸びでは届かないが,全力でジャンプすれば届くような適切な目標決めが大切になってきます.
目標(ゴール)が決まれば,そこへたどり着くための手段・方法(ルート)を決めなければなりません.どれだけ走るのか,ウエイトトレーニングをするのか,どのような動きづくりをするのか.人それぞれ,その人に合ったルートを選択していく必要があります.
そこで,今回のコラムでは前回のコラム「十種競技のパフォーマンス向上に向けて」で挙げた強化すべき種目,「円盤投・棒高跳」の強化ポイントについて触れていきます.
前回のコラム「十種競技のパフォーマンス向上に向けて」でもご紹介しましたが,円盤投・棒高跳は比較的高度な技術が要求されること(吉武,1989),技術の独立性が高いこと(1992,水内)が知られています.
技術の独立性が高いゆえ,その種目特有のトレーニングが必要になってきます.しかし,試技数やトレーニングの関係より関岡・尾縣(1989)は,多種目にわたり技術を完全にマスターすることは至難の技であり,混成競技者は「自分に適した成功率の高い技術」をマスターする必要がある,と述べています.つまり,混成競技者は混成競技用のトレーニングをしていく必要があるのです.
図1は試技における身体重心速度と円盤+投てき者角運動量(身体重心を通る鉛直軸周りの角運動量)を時系列で示したものです(松尾・湯浅(2005)を基に作成).松尾・湯浅(2005)は,円盤投げ動作中における身体重心周りの正の円盤+投てき者角運動量はDS1からSS1中盤(ファーストターン中)において一気に増大し,円盤投げ動作中における円盤+投てき者角運動量の大部分を発生させる傾向が見られた,と述べています.円盤投のパフォーマンス(初速度)に大きな影響を与えるのは角運動量である(宮西,1998)と報告されていることから,円盤投の記録を高めるためにはファーストターンで大きな角運動量を獲得する必要があります.
角運動量についての説明は,以前の前田さんのコラム「ターンが速ければ円盤の投てき距離は伸びる?」および「円盤投動作中の角運動量の獲得について」でなされていますのでそちらもご覧ください.角運動量を大きくするためには,角速度ω(回転の速さ)と回転半径r(円盤‐投てき者系の回転半径)を大きくする必要があります(図2).
十種競技者の体重は円盤投げ競技者と比べて軽く,十種競技者にとって使用する円盤の重さは相対的に重くなるため,スピード(角速度)を高めることには限界があります.また,関岡・尾縣(1989)はターンの前半(ファーストターン)はスピードを強調しすぎる結果,小さくなりがちであるから,スピードよりもリラックスした大きな動作を心がける,と述べています. 先述のように角運動量を大きくするためには,角速度と回転半径を大きくすることが必要です.図2をご覧頂くと,角運動量は角速度の1乗(1次関数)であるのに対し,回転半径の2乗(2次関数)であることが分かります.さらに,これらを角速度と回転半径の関数としてそれぞれ微分すると,ΔωおよびΔrにおける角運動量の増加量ΔLが得られます.ここで,松尾・湯浅(2005)を基に,被験者の平均身長を指極(両腕を水平に開いた時の左手の指先から右手の指先までの直線距離)として,指極の半分-0.15mを円盤の回転半径(少し腕が曲がった状態)と仮定し,ファーストターン中で迎える1度目の円盤速度の平均ピーク値から角速度を求めました(表1).表1の赤い部分をご覧いただくと,回転半径が一定で円盤速度を+1(m/s)させた時のΔLと,円盤速度が一定で回転半径を0.05m大きくした時のΔLが一緒になるのが分かります.回転半径を変えずに円盤を1(m/s)=1.4(rad/s)速く回すか,それとも同じ角速度で回しながらも0.05m回転半径を大きくする(腕を少し伸ばす)か.角運動量を増やしたい時に,どちらが容易にできるでしょうか.
したがって,大きく動き,回転半径を大きくすることが高い角運動量の獲得に有効です.(大きく動くこと≠ゆっくり動くこと).回転半径を大きくするために,前後左右に身体の軸を傾けて動くことは効果的です.しかし,関岡・尾縣(1989)は極端に上体を前や後ろに傾けることは回転の軸を不安定にし,失敗を招く,と述べていることから,軸を傾けるのではなく,手足を大きく開くことで大きな回転半径を獲得できるようなトレーニングや動きづくりも織り交ぜていきましょう.
棒高跳は助走で獲得した運動エネルギー(水平速度)を位置エネルギー(高さ)に変換する競技である(高松,2003)といえ,棒高跳の記録を伸ばすためには,助走速度を高めることが必要です.実際,助走速度と記録との間には相関関係があること(Adamczewski and Perlt,1997),踏切足離地時における水平重心速度と記録との間に有意な正の相関関係(r=0.91,p<0.001)があることが示されています(武田ほか,2005).
では,なぜ高い助走速度が必要なのでしょうか.木越ほか(2007)は跳躍高に影響を及ぼす最大の要因はグリップ高であると述べているほか,ポールを大きく曲げることがグリップ高を高くするために重大な影響を及ぼしていると述べています.ポールを大きく曲げることにより,ポールの下端周りの慣性モーメントが小さくなります(図3).そのため,ポールが回転しやすく(起きやすく)なり,相対的に高いグリップを扱えるわけです.
運動エネルギーを位置エネルギーへ変換する過程で,一旦ポールにエネルギーを蓄えます(弾性エネルギー).この弾性エネルギーが高くなれば大きく曲がるのであり(ポールの硬さや長さにもよりますが…),弾性エネルギーを高くするためには,高い運動エネルギー(≒助走速度)が必要になるわけです.ポールを大きく曲げる技術として,下グリップ側の肘を伸ばすこと,スウィングなどが重要な技術として挙げられますが,ここでは長くなるので割愛します.また次の機会にします.
したがって,棒高跳の記録向上を狙う際,シンプルに助走速度を高め,高いグリップを握ることが一番の近道といえます.しかしながら,高い助走速度から踏み切ることは肩や腰のケガに繋がり兼ねず,踏切に失敗すれば落下などによる大けがにもなる可能性があります.そのため,高いグリップを握ることを念頭に置きながら,正確な踏切をいつでもできるようなトレーニングをしていくことも大切でしょう.
少し話が長くなりましたが,再度まとめると
円盤投の強化ポイント
・大きく動くことを意識したトレーニング・動きづくり
棒高跳の強化ポイント
・高い助走速度で高いグリップを握ることを目指す
・踏切が安定するようなトレーニングも忘れずに行う
ということになります.
十種目すべてをマスターするという心意気は素晴らしいですが,時間は限られたものであり共通の資源です.限られた資源をどう配分するか,どう効率的に使うか.そのような考え方も時には必要になってきます(私自身はトレーニングに打ち込める時間が無尽蔵にあるならば,がむしゃらに打ち込めば良いと思いますが…).そのような際に,物事をシンプルに考えて必要な要素だけを抽出し,重点的にその要素だけを磨くことも大切でしょう.