RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.MC2の黒阪です.日本選手権が目前に迫り,トラックの春シーズンも終盤になってきました.これから夏にかけては,秋シーズンに向けてまたハードな練習を積んでいく方も多いかと思いますが,今後さらに飛躍するためには,やはり怪我なく良い練習を継続することが重要であると思います.そこで今回のコラムでは,陸上選手に発生しやすいスポーツ障害の中でも,特に多くの選手が経験すると思われる,シンスプリントについて書きたいと思います.
シンスプリントは,すね(脛骨)の内側の中央1/3から遠位(足首に近い側)1/3あたり(前々回の私のコラムの図1参照)が痛くなるのが主な症状です.発生状況を見てみると,実業団と大学生,高校生の陸上競技選手155名を対象とした報告では,対象者全体の68%にあたる105名にシンスプリントの経験があり,その105名のうち77名は2回以上シンスプリントを経験していると報告されており(目黒・川口,2007),非常にメジャーなスポーツ障害であると言えます.シンスプリントは重症でなければ走れることが多いため,医療機関を受診しないままにしたり,少々の痛みは無視して練習を継続したりしてしまうことが少なくないと思われます.しかし,適切な治療をしなかったり,無理をして練習したりすると,痛みが長引いて満足いく練習ができなくなったり,走れないまでに症状が悪化したりすることも考えられます.そのため,痛みを感じたら第一に医療機関を受診して正しい判断を仰ぐとともに,痛みがなくてもシンスプリントについて正しい知識を得ることによって,予防的な手段を取ることが重要であると考えられます.そのために,今回のコラムでは,まずシンスプリントの発生要因のうち特に内的要因について紹介し,続いて治療・対処法の実例を紹介し,セルフケアのヒントにしていただければと思います.
シンスプリントの発生要因は,他の多くのスポーツ障害同様,外的要因と内的要因に分けられます.外的要因には,走行距離や強度等のトレーニング要因,路面等の環境要因,シューズ等の用具の要因,ランニングフォームにあたる技術要因が考えられます.内的要因には,筋力不足や筋力のアンバランス,柔軟性不足やそのアンバランス,アライメント異常,不安定性,過度の関節弛緩性,基礎体力不足などが挙げられます.今回は,これらの中でも多くの研究が行われているアライメント,柔軟性について紹介します.
アライメントについて,陸上短距離選手のシンスプリント経験者7名と未経験者8名の足部アライメントを検討した研究(片平,2001)では,シンスプリント経験者は未経験者に比べて足部回内の角度が有意に大きく,立位時には足部アーチが著しく沈み込む(扁平足の状態になる)傾向が見られたと報告しています(図1).また,走行時の足部アライメントを検討した研究(Vtasalo and Kvist,1983)では,シンスプリント経験者は未経験者に比べて,走行時における足部の最大回内角度が有意に大きく(図1),接地直後〜最大回内の間における回内の角度変化も大きかったと報告されています.さらに,青木ほか(2006)は,陸上長距離選手の下肢アライメントを評価した結果,アライメント異常の数とシンスプリント経験回数に正の相関関係が見られたことから,複数のアライメント異常が組合わさることによってシンスプリントのリスクが高まると推察しています.
柔軟性について,下腿三頭筋(ふくらはぎ)の柔軟性をシンスプリント経験者と未経験者とで比較すると,膝関節伸展位において経験者は未経験者より両脚とも柔軟性が有意に低く,膝関節屈曲位でも経験者の左脚の柔軟性が有意に低かったと報告されています(片平,2001).これらの結果から,シンスプリントの経験者は腓腹筋,ヒラメ筋ともに柔軟性が低下していると考えられます(片平,2001).さらに,サッカー選手を対象に反復ジャンプ運動後の腓腹筋の筋硬度を検討した研究(伊藤ほか,2005)では,シンスプリントを発症した疼痛群は,発症していない対照群よりも,腓腹筋内側頭の筋硬度が有意に高かったと報告されています.筋硬度は運動時の過緊張を示し,特に内側頭で有意に高かったことは,下腿の内側と外側とで活動性に不均衡があることを示していると考察されています(伊藤ほか,2005).
シンスプリントには,脛骨に付着する下腿後面のヒラメ筋,後脛骨筋,長趾屈筋などの筋群が関係すると考えられています(片平,2001).また,ヒラメ筋は腓腹筋内側頭とともに浅層の筋膜を介して脛骨内側に付着しており(目黒・川口,2007),これもシンスプリントに関係すると考えられます.ここに足部の過度の回内が起こることで,前述の下腿後面の筋群への伸張性ストレスが増大し,筋の柔軟性が低下したり,骨膜に微細な損傷が起きたりしてシンスプリントが発生すると考えられます(片平,2001).
ここからは,シンスプリントの実際の症例に対して行われた治療・リハビリを紹介します.目黒・川口(2007)は,シンスプリント患者に対する後脛骨筋とヒラメ筋を中心としたマッサージが有効であったと報告しています.同報告によると,シンスプリント患者に対して下腿内側筋群への肘によるマッサージと,後脛骨筋およびヒラメ筋の浅層と深層への指圧マッサージの組み合わせを施したところ,通常よりかなり早く効果が現れ,早期に競技練習に復帰させるなど,多くの症例を回復してきたとしています.シンスプリントには後脛骨筋やヒラメ筋が関与していることや,シンスプリント患者の特徴として腓腹筋の固さが報告されていることから,これら下腿内側の筋群に対して適切なマッサージを行うことは,シンスプリントからの回復や予防に効果的であるのではないかと考えられます.
シンスプリントに対する理学療法として,股関節と体幹機能に着目して成果を上げた報告もされています(丹保ほか,2011).同報告の対象患者は2名で,リハビリ前には大腿筋膜張筋の硬さ,患側(受傷している側)の腸腰筋と中殿筋後部線維(図2)の筋力低下が見られ,フロントランジをすると,患側下肢の膝が内側に入りつま先が外側を向くknee in-toe out(ニーイン・トーアウト)と,患側への骨盤回旋が認められたとしています.これに対して硬くなっていた筋のストレッチ,中殿筋後部線維の筋力増強運動,股関節・体幹筋協調運動(コアエクササイズ)を行った結果,2名とも大腿筋膜張筋の硬さは緩和され,患側腸腰筋と中殿筋後部線維の筋力は強化されたと報告されています.また,フロントランジでは1名にわずかなknee in-toe outが残ったものの,骨盤回旋は両者とも消失したと報告されています.特に体幹や股関節のように身体の中心に近い部位の機能が不十分であると,それによって生じる不適切な動作を末端(下腿や足部)で代償して好ましくない動作となってしまい,障害のリスクを高めると考えられます.そのため,下腿や足部といった局所やその付近のみならず,他の部位にも着目し,問題があればそれを改善することで,身体にとって望ましい動きをできるようになり,障害のリスクを軽減できる可能性があると考えられます.
シンスプリントは複数の外的要因と内的要因が合わさることで受傷しやすくなってしまうと考えられます.そのため,日頃からフォームやトレーニングの量・強度,筋力や柔軟性,アライメント等を周囲の人に確認してもらったり,セルフチェックをしたりして,練習の一部として問題点(障害の要因)を克服するメニューを取り入れてみてはいかがでしょうか.