長距離選手に多い怪我の概要

MC1 黒阪翔

陸上競技研究室のコラムをご覧の皆さま、はじめまして。

今回、コラムを担当いたします博士前期課程1年の黒阪翔です。私は今年3月に早稲田大学スポーツ科学部を卒業し、4月から筑波大学の陸上競技研究室で勉強・研究しております。競技では、長距離走を専門としています。研究でも長距離走が対象ですが、自分自身がこれまで数多くの怪我を経験してきたことから、特に「長距離選手の怪我」について研究を進めています。

最初から堅苦しくなりますが、用語の確認をしたいと思います。「怪我」と聞くと骨折や足関節(足首)の捻挫などを思い浮かべる方が多いかもしれません。骨折や捻挫のように、1回の大きな外力が組織(筋や骨、靱帯、腱など)に加わることで起こる怪我は「外傷」と呼ばれます。一方、疲労骨折や腰痛のように、組織に微小な外力が繰り返し加わることで起こる怪我は「障害」と呼ばれます。外傷と障害を合わせて「傷害」と呼ばれ、スポーツにおいて起こるものは特に「スポーツ傷害」と呼ばれます。今後は、説明しやすいようにこの傷害、外傷、障害という用語で書いていきたいと思います。

まず、長距離選手に多い傷害の内訳ついて見ていきたいと思います。白木ほか(1983)は、男子中・長距離選手27名を対象に傷害に関するアンケートを行い、計46例の傷害について分析しました。その結果、腱鞘炎や腱炎、骨膜炎といった炎症が37%、疲労骨折が14%と、半数以上が使いすぎによる障害であったとしています。長距離走が他のスポーツ種目に比べ、急加速・急停止や他の選手との接触といった1回で大きな外力が加わる状況が少なく、比較的小さな外力が繰り返し加わりやすいことからも、長距離選手において外傷より障害の方が起こりやすいことが想像できるかと思います。しかし、他のスポーツ種目と比べて身体が1回で受ける外力が小さいと言っても、ランニングに際して毎回の着地で下肢に体重の3~8倍の力が加わる(Miller, 1990)と言われており、それが長時間続けば衝撃が積み重なり、障害につながると考えられます。

部位別に障害の発生頻度をみると、樽本ほか(2000)は、もっとも多い部位が膝関節で、次いで足部(前足部、踵部、足底部、親指の付け根)、腰部、下腿部(ふくらはぎ)、大腿部(ふともも)の順で多かったと報告しています。研究によって多少差があるものの、長距離選手における障害のうち膝関節の障害がもっとも多いという報告が多く見られました(横江,1988;山下・山際,1990;村上ほか,1997)。

個別の障害では、膝蓋大腿骨痛症が最も多く、次いで脛骨過労性骨膜炎(シンスプリント)、アキレス腱周囲炎、疲労骨折(特に脛骨と中足骨)、足底筋膜炎(腱膜炎)、腸脛靱帯炎、膝蓋腱(靱帯)炎などが多い障害であると報告されています(Willem, 1992; Balla et al., 1997)。また、梨状筋症候群や下腿コンパートメント症候群、大腿骨・腓骨・舟状骨等の疲労骨折、有痛性外脛骨、外反母趾なども比較的多い障害です。主な障害の症状が現れる場所については、図1および図2をご参照ください。これまで紹介した障害以外にも長距離選手に起こりうる障害は少なからずありますが、発生頻度は決して高くなく、全部挙げるときりがないため割愛させていただきます。

これまで紹介してきたような障害が発生するには何らかの原因(要因)があり、障害を引き起こしやすくする兆候や危険因子について多くの研究がなされてきています(James and Jones, 1990; Stephen et al., 1989; Michael, 1996; Willen, 1992)。傷害の発生要因は、大きく内的要因と外的要因に分けられます。内的要因とは主に自身の身体に関する要因のことで、筋力不足・筋力のアンバランスやアライメント(骨の配列)異常、柔軟性不足、関節の不安定性、過度の関節弛緩性、基礎体力不足、障害歴などが挙げられます(James and Jones, 1990; Stephen et al., 1989)。このうち、アライメント異常には内反膝(O脚)、外反膝(X脚)、高Q-angle、偏平足、ハイアーチ(土踏まずが高いこと)などが挙げられます。

一方で外的要因には、不適切な環境や用具、誤ったトレーニング、技術などが考えられます。トレーニング要因としては、まずトレーニング距離が挙げられ、1週あたり30.6kmで危険性が増加し始めるとされています(Stephen et al., 1989)。また、ペースが速すぎること、強度が高すぎることも危険因子となります(Willen, 1992)。環境要因としては、アスファルトやトラックなどの硬い路面でのトレーニング頻度が高いことが考えられます。用具については、長距離走ではシューズが重要な要素であり、ソールがすり減っているシューズや衝撃緩和機能が不十分なシューズでのトレーニングが障害の誘因になると考えられます。また、経験の浅いランナー(3年以内)は障害の危険がより大きいことも指摘されています(Willen, 1992)。

長距離選手における障害の諸要因のうち、1週間あたりのトレーニング距離が多すぎることと、過去に障害歴があることが特に重要な因子であるとされています(Michael, 1996;Stephen et al.,1989)。これらの要因のうち、一つの要因だけで障害を引き起こすのではなく、様々な要因が重なり、それが障害という形になってあらわれると考えられます。

以上のように、今回は長距離選手に多い障害についての概要を述べてきましたが、障害時に競技成績の向上は見られず(菊地ほか,1984)、むしろ低下する傾向にあり、受傷前の競技レベルに戻すのに多くの時間を要する(菊地ほか,1984)と言えます。もちろん怪我をしたことでそれまで見えていなかった課題が明らかになったり、自身の競技や身体と向き合うきっかけになったりするかもしれません。しかし、やはり怪我をしないように予防し、トレーニングを継続することが速くなるための近道であると考えられます。今回のコラムの内容では、障害別の具体的な危険因子やそれらの発見・評価方法、改善方法については述べていません。危険因子のうち、特に筋力や柔軟性、アライメントは専門的な技術を持った人でないと正確な判断は難しいと考えられ、実際に私も怪我をしてから医師や理学療法士、トレーナーの方々に指摘されるまで気付かないことがほとんどです。しかし、障害について多くのことは様々な論文やインターネットコンテンツで見られるため、自ら調べて自分でできる範囲で危険因子について評価することで、トレーニングを見直し、記録の向上や障害の予防につながるかもしれません。このコラムをきっかけに、パフォーマンスの向上だけでなく、障害の予防についても深く追求するようになっていただければ、と思います。


図1.長距離選手に多い障害とその発症箇所①

図2.長距離選手に多い障害とその発症箇所②
参考文献:
Ballas, M. T. , Tytko, J. , and Cookson, D.(1997)Common overuse running injuries: Diagnosis and management. American Family Physician, 55(7): pp. 2473-2484.
James, S. L. and Jones, D. L. (1990)Biomechanic aspects of distance running injuries. In: Cavanaugh, P. R.(Ed.), Biomechanics of Distance Running. Human Kinetics Books: Champaign, IL, pp. 203-224.
菊地邦雄・磨井祥夫・笹原英夫・三浦朗(1984)陸上競技・長距離選手の障害と等速性筋力.体力科學,33(6):520.
Michael, F. (1996)Common injuries in runners. Diagnosis, rehabilitation and prevention, Sports Medicine, 21: pp. 49-72.
Miller, D. (1990)Ground reaction forces in distance running. In: Cavanaugh, P. R.(Ed.), Biomechanics of Distance Running. Human Kinetics Books: Champaign, IL, pp. 203-224.
村上秀孝・野口蒸冶・宮本義明(1997)一般市民ランナーにおける下肢のランニング障害―佐伯番匠健康マラソン大会におけるアンケート調査より―.整形外科と災害外科,46(4):pp.1214-1216.
日本臨床スポーツ医学会学術委員会編(2003)ランニング障害.文光堂:東京.
オコナー・ワイルダー編:福林徹・渡邊好博監訳(2013):ランニング医学大事典 評価・診断・治療・予防・リハビリテーション.西村書店:東京.
白木仁・田淵健一・児玉啓路・宮川俊平・上牧裕・天貝均(1983):陸上競技におけるスポーツ障害の特徴(陸上競技種目別にみたスポーツ障害).体力科學,32(6),502.
Stephen, D. W. , L. E. Hart. , John, M. M. and John, R. S. (1989)The Ontario cohort study of running-related injuries. Arch Intern Med. , 149(11): pp. 2561-2564.
樽本つぐみ・梶原洋子・木村一彦・小野伸一郎(2000)一般市民男子ランナーにおける障害の実態~第10回加古川ハーフマラソン大会の実態調査から~.真理と科学,7:pp.273-283.
Willen, V. M. (1992)Running injuries, A review of the epidemiological literature. Sports Medicine, 14(5): pp. 320-335.
山下文治・山際哲夫(1990)衝撃と下肢関節の障害.バイオメカニズム学会誌,14(2):pp.100-106.
横江清司(1988)ランニング障害の臨床的研究.体力科學,37(6):736.
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