現在,陸上競技コーチング論研究室に所属する大学生および大学院生の協力のもと,つくばツインピークスという任意団体による小学生を対象とした陸上教室を実施しています(つくばツインピークスの詳細については,次のURLをご参照ください.http://tsukuba-tp.jp/index.php).我々は,この教室を通じて小学生およびその保護者の方々の興味関心の方向を把握するように努めていますが,やはり「速く走れるようにしてほしい」という思いが非常に強いように感じます.短距離走といえば,陸上競技の花形種目であり,運動会での注目度も高く,さらには陸上競技以外の種目で活躍するためにも速く走れるに越したことはありません.それでは,どうしたら速く走ることができるのでしょうか?速く走れるようになるための「魔法の杖」はあるのでしょうか?
短距離走において目指すべき疾走動作を示した読み物(研究論文,指導書,個人のウェブサイトなど)はまさに星の数ほどあるといえます.そんな中において,陸上競技の指導は効果がなかなか上がらず,興味を持たせるためにゲーム化や得点化に特化してしまうため,技能を習得させる教材として扱いにくいという意見(宮口,1979)があります.また,陸上競技は,外見では同じように見える動きでも,イメージの持ち方によって指導側の意図する動作とは異なることがあり,指導の仕方や子供たちの動作によってはマイナス面が大きくなることすらあるとも言われています(三條,2001).これらのことから,短距離走という教材は「楽しい」し,動きの修正や習得を目指したドリル運動も多く存在しますが,このことによって疾走技能が適切に向上しているか否かについては疑問が残るといわざるを得ません.
これに対して,上記の「読み物」のうち,研究論文のみに目を向けてみます.さらに,研究論文の中でも,疾走速度と疾走動作との関係を検討した研究論文に目を向けてみます.これらにのみ目を向ける理由は,研究論文は,著者の思いとは別にある程度客観的なデータを基に論が展開されているためです(このことが本コラムの目指すところで,これについては次のURLをご参照ください.http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2015/46.html).さらに,疾走速度と疾走動作との関係を検討した研究論文によって,速く走ることのできる児童に特徴的な疾走動作を知ることができるためです.
そうしてみてみると,疾走速度と疾走動作との関係を検討した研究論文は,小学生を対象としたものから,世界トップスプリンターを対象としたものまで,非常に多く行われています.このなかで,小学生を対象とした研究を見てみると,速く走ることのできる児童に共通する動作の特徴があきらかになっています.それは,地面に接地していない方の脚の膝関節が閉じていること,および同側の腿が高く上がっていることです(木越ほか,2012).この知見は,他の研究(加藤ほか,2001;末松ほか)でも同じように報告されていることから,ある程度確かな事実であるといえると思います.
したがって,研究論文で明らかにされている速く走ることができる児童に共通する動作は,「腿を高く上げていること」および「膝関節を閉じて走っていること」の二点のみです.もう一度言います.「腿を高く上げていること」および「膝関節を閉じて走っていること」の二点のみです.
さらに,地面から離れた脚(以下の絵の実線で描かれた方の脚)を積極的に前に振り戻すことができれば,結果として膝関節が閉じて,腿が高く上がるようです(関ほか,2016).下に示した絵のように,地面から離れた脚(以下の絵の実線で描かれた方の脚)を積極的に前に振り戻すことにつられて,下腿(脛)は反時計回りに動かされ,結果として膝関節が閉じるというメカニズムです.
したがって,目指すべき理想像は,地面から離れた脚(以下の絵の実線で描かれた方の脚)を積極的に前に振り戻すことです.つまり,これ以外の動作は,速く走ることができる児童に共通する動作ではありません.もちろん,これらの点のみを修正または修得すれば,全員が速く走れるようになるわけではないと思います.例えば,同世代の平均身長と比べて背が低いとか,筋力が弱いとか,色々なことが影響していることは否定しません.しかし,これらの点のみを修正または修得すれば,相当数の児童が速く走れるようになるはずです.
ここまでで,目指すべき理想像を把握することはできました.次の問題は,どのようにしたらこの理想像に近づけることができるか?ということです.つまり,これが明らかにされていないから,陸上競技の指導は効果が上がらない(宮口,1979)と感じるわけです.そして,理想像に近づけるためには,50m競走時に動きを強制的に変える必要があります.これによって,積極的に脚を前に振り戻す運動感覚,腿が高く上がっている運動感覚,および膝関節が閉じている運動感覚を知ることができます.言い方を変えれば,これまでの方法(ドリル運動など)では,これができないと言えます.本人は,思い切って動作を変えたつもりでいるのに,ビデオで確認するとまったく変わっていなかったという経験はありませんか?
そこで,我々は以下の写真にある補助ツールを開発しました(木越,2011).これは,エアコンの配線を守るカバーを真っ二つにして,それをゴムバンドと面ファスナーで下腿に装着できるようにしたものです(図3).
これを膝関節の真下からふくらはぎの筋肉の最も太い部分までの間で,しかもカバー部分が内側に来るように装着します.そして,地面に接地している方のカバー部分を,地面から離れた脚を振り戻してキックさせることによって,積極的に前に振り戻す動作を強制的に表出させることを可能にしました.その結果,この補助ツールを用いたグループのみで,疾走速度が高まっていました(統計的にみて).さらに,動作をみると,この補助ツールを用いたグループのみで,地面から離れた脚が積極的に前に振り戻され,膝関節が閉じていました(統計的にみて).これらのことから,仮説通り,50m競走時に動きを強制的に変えさせて,このときの運動感覚を知ることで,動きが修正および習得される可能性があることが示されました.
「速く走れるようになるための魔法の杖はある存在するのか?」という問いに対して,「ある!!」と胸を張って言いきることにはかなり勇気が必要です.しかし,これまで研究論文によって報告されてきた客観的な事実を基にすれば,当たりの良い理想像を描くことは可能です.しかも客観的に効果を検証することも可能です.今後とも,「できるようになる」ための知見を得るべく,陸上競技の実践に,研究に励んでいきたいと考えております.
なお,この補助ツールの開発にあたっては,公益財団法人ミズノスポーツ振興財団のスポーツ学等研究助成金によって実施されたことを申し添えます.