試合の無い冬場はコツコツと鍛える~短距離走選手のコントロールテスト~

MC2 鈴木俊洋

1. はじめに
 RIKUPEDIAをご覧の皆様,ご無沙汰しております.今回のコラムを担当しますMC2年の鈴木です.12月を迎え,寒さが身に染みる季節となりましたが,日に日に肥えている私にとっては寒さもまた丁度良い頃合になってきました.
 さて,ついに日本人が9秒台で走る時代になりました.元々,100m走を専門とし,人類最速を目指していた私にとっても嬉しい限りでした(私は10秒台を維持することに苦労していましたが・・・).それではこの勢いに乗って,僕も私も自己ベストを狙いに試合に出よう!・・・と思いきや,肝心の試合がありません.駅伝等を専門とする長距離ランナーや室内競技が専門の方々はこれからかもしれませんが,多くの陸上競技選手は春先の試合に向けて,運動の基礎となる能力を高めている時期でしょう.今回はそんな冬季中の試合とも言えるコントロールテスト(CT)を,短距離走選手に着目して紹介したいと思います.

2. CTとは
 グロッサーとノイマイヤー(1995)は,スポーツパフォーマンスは技術・体力・戦術・心的能力・内外の条件といった様々な要因によって構成されていると述べており,中でも陸上競技では種目によって,スピード,パワー,最大筋力,筋持久力および全身持久力といった求められる体力的な要因が異なり,体力的な要因を特に度外視することのできない競技であると考えられます.CTとは,体力レベルを測定するテストのことを指し,種目の多くが陸上競技場のフィールドにおいて行われるため,Field testと呼ばれることがありますが,日本においては,様々な書籍において,CTという言葉が採用されています(尾縣,2009 村木,1994).この体力テストは定期的に行うことで,トレーニング期間中の体力についての評価ができるとされています.例えば,立ち幅跳びを行うことで,瞬発力を,クリーンやスクワットといったウエイトトレーニングを行うことで,最大筋力や筋持久力を評価することができます.一般的には記録がわかるような身体づくりのトレーニング(土江,2011)がCTとして用いられ,尾縣(2009)は,指導書の中で,30m加速走や立ち5段跳び,砲丸フロント投といったCTに用いられる項目の例を挙げています.

3. 短距離走選手に必要なCT
 では,私のような短距離走選手に必要なCTとはどのようなものがあるでしょうか? 深代ほか(1993)は重回帰分析により,一流の短距離走選手の体力要素を検討した結果,無酸素性パワーおよび跳躍能力が必要であると報告しており,また,100m走の疾走には下肢のstretch-shortening cycle(SSC)を利用した爆発的な力発揮能力を高めることも重要であると考えられています(図子ほか,2007).また,尾縣(2009)の指導書では,体力要因としてスピード,パワー,最大筋力,筋持久力,全身持久力を挙げており,前述した100m走の特徴を考慮すると,100m走に必要な体力的要因としては,上記の中のスピード,パワー,最大筋力といった能力が挙げられます.以下にこうした体力的な要因と疾走能力との関連性を検討した文献を紹介していきます.
 まずスピードについて触れると,スピードは指導現場において,速疾走能力や最高疾走速度の向上を目的とした30m走や60m走,加速付きスタートでの30m走といった方法によって評価され,短距離走の性質上,必要不可欠な能力であると考えられるので省略します.
 続いてパワーの評価としてCTでは主にジャンプテストが用いられており,大きく分けると,鉛直方向と水平方向のものがありますが,必要機材も少なく,簡単に実施できる水平方向のジャンプ種目,特に立ち5段跳びついて紹介します.Misjuk et al.(2007)は男女の被験者を対象として立ち5段跳びと30m走を行い,その関係性を検討した結果,立ち5段跳びの跳躍距離が長いほど,10mの通過タイムおよび30m走のタイムが良いと報告しています.また,宮代(2009)は一流の男子スプリンター(一流群)と競技レベルの低いスプリンター(一般群)における60m全力疾走中の最高疾走速度と立ち5段跳びとの関係性を検討したところ,最大疾走速度およびジャンプ能力において,一流群は一般群よりも優位に高い値を示したと報告しています.また,宮代(2009)は最大疾走速度とジャンプ能力との関係について,一般群内では競技パフォーマンスの優れた競技者ほど高いジャンプ能力を示したのに対し,一流群内ではそのような関係性は認められなかったことを報告しています.この結果から,一定レベルまでの記録を有する(100m走タイムが11秒台)スプリンターにおいて,水平方向のジャンプ能力は競技パフォーマンスを決定する重要な要素であり,トレーニングによって水平方向へのジャンプ能力を高めることでより高い競技パフォーマンスを獲得できると考えられます.
 最後に最大筋力の評価方法について,クリーンやスクワットによる測定が頻繁に取り入れられています. ザチオルスキーほか(2009)は,最大筋力は高い運動能力を獲得するための前提条件であるが,筋力を速度やパワーへ転移するためには,最大筋力だけでなく,力の立ち上がり速度,動的筋力,SSC運動による筋力が必要になると述べています.狩野ほか(1997)は男性スプリンターについて,ハムストリングスの上位部位における横断面積が広いスプリントのパフォーマンスが高いと報告しており,また,衣笠ほか(2001)は大腰筋の横断面積が広いほど走速度が高いと報告しています.一般的に筋の横断面積が広いほど筋力が高いことが報告されているため(福永,1978),ハムストリングスや大腰筋といったスプリントに関連する筋力発揮能力を高めることでスプリントパフォーマンスが向上すると考えられます.しかし,短距離走の運動特性として,自身の体重を短い時間で遠くに移動させることが求められるため,単に大きな力を発揮すればいいというわけではなく,時間を考慮した力の発揮能力が必要となります.そのため,最大筋力を高めることは速く走るために必要なことではありますが,パフォーマンスの向上に必ずしも結びつくということではないと考えられます.

4. まとめ
 冬季トレーニング中は目標となる試合がなく,本当にトレーニングがうまくできているか不安になります.そのため,定期的にパフォーマンスと関連のあるCTを行い,トレーニングの経過を確認し,その後のトレーニング手段を検討する機会を設けましょう.また,試合がないとモチベーションが低くなってしまう可能性があるので,CTを一つの試合と位置づけて,仮の目標として捉えてみてもいいのではないでしょうか?さらに,自分の種目と関連性の高い動きや能力を考えることで,自分の種目を学び,よく知るといった学習の機会にもなり,自分のパフォーマンスに関して新たな課題が見つかるかも知れません.
 ここまでCTについて述べてきましたが,ここで紹介してきた種目がすべてではありません.RIKUPEDIAでは過去にメディシンボール投げについて紹介したものがありhttp://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2016/75.html,CTで行う種目は多種多様です.また,前述したように,スポーツパフォーマンスは技術・体力・戦術・心的能力・内外の条件といった様々な要因によって構成されており,「これだけを高めることができれば速くなる!」といった魔法のトレーニングはありません.体力を高める一方で,技術を確認したり,精神状態を確認したりと様々な要因と照らし合わせて自分のパフォーマンスを見直してみてください.一つだけ注意して欲しいこととして,記録が目視できるCTは「この種目の記録を高めたい!」という目標となってしまう可能性があります.しかし,CTはあくまで手段の一つであり,最終的な目標は「速く走りたい!」といった陸上競技に精通するものであることを見失わないように注意してください.
 さぁ,これからが冬季トレーニングの本番です.朝早く起きるのがきついかもしれませんが,春先に成長した自分を見ることができるように,体力を高めて頑張りましょう!






参考文献および書籍
ブランディミール・ザチオルスキー,ウイリアム・クレーマー(2009)筋力トレーニングの理論と実践.大修館書店,pp.174
深代千之・若山章信・岡谷暁(1993)重回帰分析による短距離一流選手の体力要素の検討.体力科學, 42(6);604.
福永哲夫(1978)ヒトの絶対筋力-超音波による体肢組成・筋力の分析-.東京:杏林書院,pp75-105.
グロッサー,ノイマイヤー:朝岡正雄ほか訳(1995)スポーツ技術のトレーニング.大修館書店:東京.
衣笠竜太・加藤謙一・麻場一徳・久野譜也(2001)日本トップスプリンターの大腰筋横断面積と疾走速度との関係.日本体育学会大会号,52:261.
狩野豊・高橋英幸・森丘保典・秋間広・宮下憲・久野譜也・勝田茂(1997)スプリンターにおける内転筋群の形態的特性とスプリント能力との関係.体育学研究,41:352-359.
Misjuk, M. and Viru, M.(2007)The relationships between jumping tests and speed abilities among Estonian sprinters. Acta academiae Olympiquae Estonia,15:9-16.
村木征人(1994)スポーツトレーニング理論.ブックハウス・エイチディ,pp191-193.
宮代賢治(2012)スプリント&ハードル 宮下 憲 編集.陸上競技社,pp71-73.
尾縣 貢(2009)陸上競技クリニック.コントロールテスト完全マニュアル.ベースボール・マガジン社,pp8-20.
土江寛裕(2011)陸上競技入門ブック 短距離・リレー.ベースボール・マガジン社,pp112-134.
図子浩二(2007)スプリントパフォーマンスの向上に対するプライオメトリックの可能性.スプリント研究,17:21-31.

2017年12月19日掲載

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