何故,スプリンターがメディシンボールを投げるのか.

MC2 齋藤仁志


 Rikupediaをご覧の皆様,こんにちは.修士課程2年,齋藤です.
 先日の日本選手権では,日本陸連科学委員会のサポートとして会場入りし,短距離種目を中心に撮影をしました.福島千里選手の日本新記録をはじめ,雨中にも関わらず好記録が続出する等,リオ・オリンピックを直前に控えた日本陸上界が非常に盛り上がっています.熱い夏が始まりました.
  さて,今回のコラムのテーマは「何故,スプリンターがメディシンボールを投げるのか」にしました.メディシンボール投げに関わらず,皆さんは,常日頃行なっているトレーニングを,どのような意図で行っているのか,把握できていますか.「コーチに言われたから,一応行なっている」ことと,「トレーニングの意図を理解した上で行なっている」とでは,同じトレーニング内容でも練習効率は大きく変わります.今回のコラムでは,どのチームでも行なっているであろう「メディシンボール投げ」について,詳しく説明していこうと思います.
  陸上競技における短距離走において,最大疾走速度を高めることがパフォーマンスを決定する大きな要因となります(阿江ほか,1994).そして,そのためには下肢のstretch-shortening cycle(SSC)を利用した爆発的な力発揮能力を高めることも求められます(図子,2000).SSCは,弾性エネルギーを利用して,発揮パワーや機械的効率を増加させることが知られており,短距離走においても重要な筋活動様式であると考えられています.指導書(Dintiman et al.,1997)によると,この下肢の力発揮能力を高めるトレーニングの1つとして,メディシンボール投げが紹介されています.メディシンボールとは,体幹トレーニングや筋力トレーニングなどによく用いられる用具です.メディシンボール投げはこのボールを投げるトレーニングですが,投げ方にも様々なレパートリーが存在します.最もオーソドックスな投法は,前方へのアンダースローとなります.足を肩幅より少し広く構えた上で,メディシンボールを振り子のように前後に振り勢いをつけることでタイミングを取り,一気に下から前方へ放り投げます.イメージしにくい方も多いと思いますので,私が実践したものを掲載しますので,一度ご覧いただければと思います(https://www.youtube.com/watch?v=0jg-aXdosvs)


  酒井ほか(2013)は,前方方向へのメディシンボール投げと50m走における疾走能力(疾走速度,ピッチ,ストライド)の関係性を検討しました(図).その結果,0-50m区間の平均疾走速度とメディシンボール投げの投てき距離との間には有意な相関関係が認められました(酒井ほか,2013).これは疾走能力が高い競技者ほど,メディシンボールを遠方へ投てきする能力に長けているということになります.また,50m区間を細かく分け,区間疾走速度と投てき距離を比較した場合,加速局面,最大速度局面のどちらにおいても疾走能力との間に高い関係性が認められ,とりわけ加速局面において顕著に高い関係性が認められました(酒井ほか,2013).メディシンボール投げは,体幹および下肢を屈曲させ,前傾姿勢を取り,その後,前方向に重心を移動させながら体幹および下肢の伸展を行なうことで前方向に投てきします.このような身体の力発揮動作が,加速局面における前傾フォームと似ており,このことが5-10m区間の平均疾走速度とメディシンボール投げの投てき距離との間に高い相関係数が認められた理由の1つであると考えられます(酒井ほか,2013).また,疾走速度はピッチ(1秒あたりの歩数)とストライド(一歩あたりの距離)の積で求めることができます.そこで,疾走速度の構成要因とメディシンボール投てき距離の関係を検討した結果,メディシンボール投げにおける爆発的なパワー発揮能力は,ピッチよりもストライドと深い関係と考えることができます(酒井ほか,2013).また,メディシンボールを重さ別にみた場合,重いボールほど疾走能力とより高い相関関係にあると言えます(酒井ほか,2013).しかしながら,酒井ほか(2013)の報告では,使用したメディシンボールは1,2,3kgの3種であり,4kg以上のメディシンボールと疾走能力を検討したものではありません.大学生以上の競技者において,トレーニングで4kg以上のメディシンボールを用いるケースは少なくなく,今後,より重いメディシンボールと疾走能力の関係を検討する必要があるでしょう.
 短距離走の疾走能力を高めるためには,ただ短い距離のダッシュを繰り返し行なえばよいかといえば,決してそういうことはありません.メディシンボール投げ等の短距離疾走能力と関係性が高いと考えられる種目を,積極的にトレーニングに組み込むことが求められます.投げるだけでなく,振り回したり,自重の筋力トレーニング種目に負荷をプラスしたりと,メディシンボールの可能性は無限大です.球技のような感覚で楽しくトレーニングができるアイテムですので,是非ご購入を検討してみてください.一家に1つ,マイメディシンボールを!!










参考文献:
阿江通良・鈴木美佐緒・宮西智久・岡田英孝・平野敬晴(1994)世界一流スプリンターの100mレースパターンの分析—男子を中心に—.初版,佐々木秀幸・小林寛道・阿江通良監修,世界一流競技者の技術.ベースボール・マガジン社,東京,pp.14-28.
図子浩二(2005)スポーツアスリートにおけるばねに関する理論とその可能性.陸上競技研究,60(1):2-17.
Dintiman G・Tellez T・Ward DW(1997)Sports speed:#1 Program for Athletes.Human Kinetics Publishers,pp.111-112.
酒井一樹・吉本隆哉・山本正嘉(2013)陸上競技短距離選手における疾走速度,ストライドおよびピッチとメディシンボール投げ能力との関係.スポーツパフォーマンス研究,5:226-236.
2016年7月19日掲載

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