走幅跳と三段跳の踏切局面における重心速度の方向変換の違い

MC2 木村 莉子




RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.MC2の木村と申します.専門種目は三段跳です.よろしくお願いいたします.

早速,今回のコラムの内容に入っていきたいと思います.陸上競技の跳躍種目には走幅跳,三段跳,走高跳,棒高跳の4つがありますが,同じ跳躍種目として分類されるものの,それぞれ競技形態や必要となる技術および体力に違いがあることは広く認識されていると思います.しかし,水平系の跳躍種目である走幅跳と三段跳においては,踏切動作が非常に似ており,実際にこの2つの種目に取り組んでいる二刀流競技者も多く存在します.具体的に,この2種目間では何が似ていて,何が異なっているのでしょうか?そこで,今回は走幅跳と三段跳における踏切動作の違いを身体重心速度に着目して考えていきたいと思います.

走幅跳は,助走から片脚で踏み切り,その跳躍距離を競います.跳躍距離を決定するための要因の1つに踏切離地時の水平速度と鉛直速度によって算出される合成速度があります(深代,1990).太田ほか(2010)は,助走によって水平速度を獲得した後,より大きな跳躍距離を獲得するためには,踏切時の鉛直速度を増大させることが重要であることを述べています.この踏切局面における水平速度と鉛直速度との関係について,Bosco and Komi (1986)は,踏切中の鉛直速度は水平速度の減少と高い負の相関関係があるが,水平速度の減少が生じる踏切前半局面において,踏切全体で獲得する鉛直速度の6割以上が獲得されることを報告しています.つまり,走幅跳の踏切においては,最低限の水平速度の減少と最大限の鉛直速度の獲得を両立する必要があることが考えられます.

それに対して,三段跳は助走からホップ,同じ脚でステップ,最後に逆脚でジャンプを行い,3つの跳躍の合計距離を競う種目です.全体の跳躍距離を獲得するためには,3つの踏切段階においてより大きな跳躍距離をバランス良く獲得する必要があります.そのため,踏切において水平速度を維持しつつ,適切な鉛直速度を獲得することが求められます(築野ほか,2011).走幅跳と三段跳の両種目において,オリンピックでメダル獲得の経歴を持つマイク・コンリー選手の両種目の跳躍を比較した研究では,踏切一歩前では三段跳よりも走幅跳の水平速度が大きく,踏切離地の局面では,三段跳よりも走幅跳の水平速度が小さかったというデータが存在します (Miller and Hay,1986).つまり,走幅跳の方が踏切に入る際の水平速度は大きいが,踏切局面での減少も大きく,その分より大きな鉛直速度を獲得しており,三段跳は踏切一歩前から踏切における水平速度の減少は小さいが,鉛直速度の獲得は走幅跳と比較すると少ない跳躍をしているということです.これは,踏切局面において,走幅跳ではより大きな水平速度を鉛直速度に変換し,逆に三段跳では水平速度の維持が優先的に行われていたことを示唆していると考えられます. 

以上のことからも,助走局面において高い水平速度を獲得することが重要であるという共通項を持つ2種目について,踏切局面においては以下のような違いが考えられます.

・走幅跳では踏切中における水平速度の減少を最低限に抑えながら鉛直速度を大きくする踏切技術が求められる

・三段跳では鉛直速度の獲得よりも水平速度の維持を優先して行う踏切技術が求められる  

これらの違いは,踏切局面における身体重心速度の方向変換ということができると考えます.走幅跳ではより鉛直方向に速度が変換され,三段跳は踏切局面における速度変換そのものが小さいといえるのではないでしょうか.  

 また,これらの速度変換の違いは,踏切離地時の跳躍角の違いにも大きく影響します.多くの研究では,男女の違いによる差はあるものの,それぞれの跳躍角について,走幅跳では18~22°,三段跳では12~19°であることから,三段跳が走幅跳と比較して,低い跳躍角であることが明らかになっています(浅見,1988;Antonini,2015).走幅跳の踏切について,飯干ほか(2005)は,跳躍角が大きい競技者ほど踏切離地時の水平速度の減速が大きかったことを報告しており,跳躍角を大きくするためにより大きな水平速度を鉛直速度に変換したと考えると,このことは踏切中における重心の鉛直速度は水平速度の減速と高い負の相関関係があるというBosco and Komi (1986)の主張を支持するものであると考えることができます.よって,これらの跳躍角の差は,踏切中の水平速度が,どの程度鉛直速度に変換されたのかの違いによって表れるものであり,水平速度の維持が鉛直速度の獲得よりも優先されると考えられる三段跳では,結果として跳躍角が小さくなったと考えることができます.実際の指導現場において,三段跳の「助走の延長で踏み切れ」「走り抜けるように踏切に入れ」という現場での声掛けは,水平速度の維持を鉛直速度の獲得より優先して行うことによって跳躍角を低くすることを目的としたものだと言えるのではないでしょうか.

では,実際にどう身体を振舞えば「踏切中の水平速度の維持」が可能になるのでしょうか.築野ほか(2011)は,三段跳における世界一流の競技者は,踏切時の水平速度の減速が小さかったことについて,踏切接地において体幹を前傾し,踏切脚をより身体重心の近くに接地していることにより,水平速度の減速が発生する踏切前半時間を短くしていたことを報告しています.つまり,踏切前半時間を短くし,加速を得られる踏切後半時間を長くしようと振舞うことが水平速度の維持に繋がると考えられます.しかし,単に踏切後半時間を長くしようと振舞うことは,必要以上に長い接地時間を獲得してしまい,結果として水平速度の減速に繋がる危険性があります.そのため,三段跳の踏切では,踏切後半時間を長くしようと振舞うことよりも,踏切脚の膝関節が最大屈曲するまでの時間,すなわち踏切前半時間の短縮を意識する必要があるのかもしれません.踏切前半時間の短縮を実現する手立てとして,踏切足を身体重心と近い位置に接地することにより,踏切前半に身体重心が移動する距離自体を短縮するよう振舞うことや,接地直前から踏切脚大腿の角速度を大きくすることによるスイング速度の増加などが有効ではないかと考えます.また,「積極的なシザース動作により,身体重心の水平速度の減少を抑えていた」という先行研究の報告(築野ほか,2012)から,振込脚のスイング速度も接地前半時間の短縮による身体重心の水平速度の維持に影響を及ぼしているのではないかと考えます.このような踏切前半時間を短縮する身体の振る舞いに関して,明確な示唆はなされていません.  

以上のことから,走幅跳と三段跳における踏切の違いは,踏切接地中における,水平速度から鉛直速度への速度変換による部分が大きいのではないかと考えられます.しかし,この違いから,それぞれどのように身体を振舞うことが,高いパフォーマンス発揮のために有効であるのか,またどのようなトレーニング手段をとるべきなのかを示した研究はほとんどありません.しかし,この2種目の踏切動作の違いについてより詳しく検討し,それぞれのパフォーマンス向上のためのトレーニング提案をすることは,走幅跳と三段跳の両方を行っている競技者にとって有益な情報となり得るのではないでしょうか.私自身,一人の三段跳競技者としてパフォーマンスを向上させる踏切動作について,他種目との比較という視点を持って競技に取り組むことに加え,指導の現場により良いフィードバックを提供していきたいです.

参考文献
浅見美弥子(1988) 走幅跳,三段跳における助走速度が跳躍距離に及ぼす影響について. 東京女子体育大学紀要,3:69-75.
Antonini,S.(2015)Biomechanics of the triple jump:technical,coordinative and muscular aspects.Journal of Biomechanics,46:979-983.
Bosco,C.,Luhtanen,P.,and Komi,P.V.(1986)Kinetics and Kinematics of the take-off in the long jump.In Komi,P.V.(ed,).Biomechanics V-B.Baltimore,MD:University park press:174-180.
Miller,J.A.,and Hay,J.G.(1986)Kinematics of a World Record and Other World-Class Performances in the Triple Jump.INTERNATIONAL JOURNAL OF SPORT BIOMECHANICS,2:272-288
飯干明・大村一光・小山宏之・村木有也・阿江通良(2005)日本一流走幅跳選手の踏切準備と踏切動作のバイオメカニクス的分析.陸上競技研究紀要,1:137-141.
築野愛・阿江通良・小山宏之(2011)世界一流女子三段跳選手の踏切動作に関するバイオメカニクス的研究-同程度の競技記録を持つ男子選手との比較.陸上競技研究,1:23-31.
2025年8月3日掲載

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