RIKUPEDIAをご覧の皆さん,はじめまして.MC1の小木曽です.今回私のコラムでは,「スポーツ活動を支援する社会制度」をテーマとして取り上げました.なぜなら,少子高齢化や働き方改革などの社会情勢の変化によって,子どもたちが将来,身近にスポーツが出来ない世の中になるのではないかと思ったからです.私が小学生の頃,近所の公園で遊んでいた日常が今では過去の話となってしまいました.公園でのボール遊び禁止やテレビゲームの普及なども子どもたちのスポーツ離れに拍車をかけています.子供たちのスポーツ離れを裏付けるように,年々子どもたちの体力レベルは低下の一途をたどっているという報告もあります (スポーツ庁,2019).これらのことを踏まえて,本コラムでは,① スポーツのメリット・デメリットとは何かを紹介した後,② 本邦におけるスポーツ教育システムである運動部活動についての現状と,今後の在り方について考察したいと思います.どうぞ,お付き合いください.
①体育スポーツのメリット・デメリット
スポーツで学べることは机上で学べないことばかりです.例えば,身体を動かすことの楽しさを実感することや,礼儀作法(挨拶,敬語など),他者との関わり合い方など,人生において大切なことばかりです.加えて,スポーツが習慣化されることによって,個人の健康増進,生活習慣病の予防・改善,介護予防につながり,健康寿命の延伸に貢献します (スポーツ庁,2017).スポーツによるこれらの恩恵は個人のみならず,社会全体が受けることになります.スポーツによる健康寿命の延伸は国民医療費の削減につながります. 他方,スポーツにもデメリットがあります.その一部として,「運動部活動における体罰」や「部活動による教職員の過労」が挙げられます.体罰問題は2013年桜宮バスケットボール部の体罰問題が,新聞やニュースで取り上げられてから,体罰が社会問題として取り上げられるようになりました.また,教職員の過労に関して,日本の教員は「世界一過酷な教員」と呼ばれています.月に約80時間の残業が課され,教師の6割以上が過労死ラインを超えています.そして,その残業時間の多くを「部活動」が占めていることが報告されています (国立教育政策研究所編,2018).これら諸問題の解消が学校スポーツにおいて,急務となっています.
②学校スポーツの“いま”と”未来”運動部活動は学校教育の一環として行われ,日本のスポーツ振興を支えてきた重要なシステムだと言えます. 運動部活動の意義は,次のように定義されています.「体力や技能の向上を図る目的以外にも、異年齢との交流の中で、生徒同士や生徒と教師等との好ましい人間関係の構築を図ったり、学習意欲の向上や自己肯定感、責任感、連帯感の涵養に資するなど、生徒の多様な学びの場として、教育的意義が大きい」(スポーツ庁,2018).しかし,部活動は教育課程外の活動として位置づけられており,活動はあくまでも生徒・教員の自主的,自発的な活動とされています.このことは,活動における責任の所在を曖昧にし,行政や学校組織によるガバナンスが効きにくい状況を作り出していると考えられます.
未来の運動部活動では,学校単位から地域単位で実施するものへと移行し,社会教育,社会福祉の一環として行うことで,教職員の負担軽減や責任の所在の明確化が求められています.令和2年9月に策定された「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」では,その取り組みに対する具体的な方針を次のように示しめしています.「休日の部活動における生徒の指導や大会の引率については,学校の職務として教師が担うのではなく地域の活動として地域人材が担うこととし,地域部活動を推進するための実践研究を実施する.その成果を基に,令和5年以降,休日の部活動の段階的な地域移行を図るとともに,休日の部活動の指導を望まない教師が休日の部活動に従事しないこととする」(スポーツ庁,2019).実際に,学校単位から地域単位へと移行したことで成功した事例が報告されています.愛知県半田市にある総合型地域スポーツクラブ「ソシオ成岩スポーツクラブ」は,その成功事例の一つです.同クラブは,スポーツを通して,地域の子供たちを地域ぐるみで育てることを目的として,これまで学校が担ってきた部活動の実施主体を担い,地域・学校・行政が連携し,多世代にわたる住民スポーツサービスを図ることを目指した取り組みをしています.クラブの会員数は年々増加しており,学校の部活にない種目に取り組む子もいれば,元トップアスリートのもとに専門的な指導を受けに行く子もいます.「部活にない種目をしたい」「もっとうまくなりたい」「自分のペースでスポーツをやりたい」といった,子供たちの多様なニーズに応えるソシオ成岩クラブのような総合型地域スポーツクラブが,全国各地に広がることが期待されています.しかし一方で,地域スポーツクラブを活用している中高生は,約5~6%に留まっているという調査報告もあり,部活動は教育という見地から学校でやるべきだという意見も多数あります(田邉,2021).
では我々は,なにを目的として部活動を変えていけばいいのでしょうか?経済協力開発機構(OECD)は,より予測困難で不確実な2030年の世界に向けて,生徒が準備していくためのコンピテンシーを,よりよく理解するための枠組み「Future of Education and Skills 2030プロジェクト」を発表しています(雨宮,2021).このプロジェクトの目的は,個人及び社会全体のウェルビーイング(心身ともに健康で良好的な状態)を実現することです.加えて,ウェルビーイングは生徒・教員・地域住民を含めた地域全体のPERMA(① ポジティブ感情 ② エンゲージメント ③ 関係性 ④ 意味・意義 ⑤ 達成・成長)を高めることで実現できるとされています(Seligman,2011).つまり,学校スポーツの未来に対する取り組みは,ウェルビーイングの実現を目指して,地域全体のPERMAを高める取り組みが必要になります.ただ,「PERMAのどの要素を重視するかは,1人ひとり異なる」という点を考慮する必要があります.例えば,① ポジティブ感情,③ 関係性を重視する生徒に対しては,「軽運動部」で週1〜2回の簡単なエクササイズや運動を行う活動,④ 意味・意義,⑤ 達成・成長を重視している生徒に対しては,競技力向上を目指した活動が,各生徒のウェルビーイングの実現につながると考えられます.このように,個人のニーズに合わせた多様な選択肢を用意することが求められています.
本コラムでは,スポーツのメリット(人間力の向上,健康増進,社会問題の解決など)とデメリット(体罰,教員の過労など)を紹介した上で,本邦におけるスポーツ教育システムである,運動部活動に焦点を絞り,その現状と今後のあるべき姿について考察しました.部活動の未来に対する取り組みは,PERMAの実現を目指した取り組みが必要だと上述しました.しかし,これを実現させるためには財源・ヒト(指導者・マネージャー)・モノ(施設・用具)が圧倒的に足らない現状にあります.今後は,どのように財源・ヒト・モノを確保していくのかを,様々な分野の人々(学校,企業,行政等)と一緒に創り上げなければなりません.