PAPで即時的に力・パワー発揮能力を向上

MC2 福地 修也




はじめに

RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.今回のコラムを担当しますMC2の福地です. よろしくお願いします.今回のコラムではタイトルの通り,あの一世を風靡した, “ペン・パイナッポー・アッ○ー・ペン”について…ではなく,“ポストアクティベーションポテンシエーション(Post-activation potentiation)”,日本語訳で“活動後増強”について触れたいと思います.聞き慣れない単語で,なんのことかさっぱり分からないという読者も多いかと思いますが,ここで活動後増強というものについて夢のある話をしたいと思います.

皆さんは,これまでに「一瞬でもいいから,今よりも大きな力を発揮したいな〜」,「急激にパワーアップしたいな〜」と考えたことはありませんか?

今回紹介する活動後増強という現象は,そんな夢のような話を実際に生じさせることができる,とても優れたものです.「え?そんなこと,あり得るの?」とお思いの方も多いと思いますが,本コラムを読んでいただけると,活動後増強という現象についてご理解いただけるかと思います.ただ,一つ断りを入れておかなければいけないことは,ポパイのように,急激な筋肥大が起きて,筋力がアップするというお話ではないということをご了承ください(これに関しては,夢を与えてすみません).この活動後増強は,急激な筋肥大による力・パワー発揮能力の向上ではなく,以下に述べるその他の要因によって,一時的に力・パワー発揮能力を向上させるものとなります.それでは,早速みていきたいと思います. 具体的な内容としては,活動後増強という現象について説明し,これまでに行われてきた研究を概観して,最後に,陸上競技の指導現場で有益となるであろう活動後増強を利用した走幅跳の知見について紹介したいと思います.



1. 活動後増強(PAP)とは?

筋の力・パワー発揮能力は,事前に強い筋収縮を行った後に一時的に増強するとされ,この現象は活動後増強(Post-activation potentiation:以下「PAP」と略す)として知られています.一時的に力・パワー発揮能力が増強するメカニズムの一つとして,レジスタンストレーニングなどの刺激が筋に加わることにより,ミオシン制御軽鎖のリン酸化反応が生じ,筋小胞体から放出されるカルシウムイオン(Ca²⁺)濃度の増加に伴い,アクチン-ミオシンの感受性が亢進されると考えられています(Neal A.T.and David.B.,2009).つまり,何かパフォーマンスを行う直前にレジスタンストレーニングなどの大きな力・パワー発揮を行っておくことで,その後のパフォーマンス時の力・パワー発揮能力が高まるということになります.また,PAPを活用して,トレーニングを行う直前に高負荷の刺激を入れることで,より高いトレーニング効果を得ることができると考えられます. 先行研究を見てみると,島ほか(2007)は,過去にレジスタンストレーニングの経験があり,ハーフ・スクワットの1回最大挙上重量(以下「1RM」と略す)が,体重の1.5倍以上の健康な成人男性を対象に80%1RMおよび40%1RMの負荷を事前運動として実施した結果,両条件ともにその後の負荷ありCMJ(30%1RMの負荷)の跳躍高や跳躍時の鉛直地面反力が有意に向上したことを報告しています.また,砂川・下嶽(2017)は,仕事量を統一した,低・中・高強度のバック・フル・スクワットを用い,CMJの跳躍パフォーマンスの変化を検証した結果,PAPに与える影響として中強度および高強度の負荷を用いることが有用であることを示唆しています.このように,事前に大きな力発揮をすることで,その後のパフォーマンスが改善されたという報告がなされており,これがPAPによる即時的な効果とされています.

ところで,このPAPですが,運動前に闇雲に大きな力を発揮してさえいれば,それで良いかというと,どうやらそうではないようです.実は,このPAPには,上述のように事前に大きな力発揮をすることで,その後のパフォーマンスが向上したという報告がある一方で,その後のパフォーマンスが改善しない,または低下するという報告もされています(Stefan L.S. and David D.,2004;William et al., 2000).このように,一概に大きな力発揮をしてもパフォーマンス時の力・パワー発揮能力が向上する例もあれば,しない例もあるのが現状です.

2.PAPとプレコンディショニング収縮条件後の疲労との仮想的な関係モデル

 さて,では研究による違いは何によって生じるのでしょうか?以下では,事前の運動によってPAPおよび疲労の効果が生じる過程から,その後,パフォーマンスが発揮されるまでの流れについて見ていくこととします.

図1のように,PAPは事前の運動によって高まったポジティブな効果(図の赤線)とその運動をしたことによる疲労の影響によって生じたネガティブな効果(図の青線),さらには,PAPの効果から疲労の影響を排除した正味のパフォーマンス(図の黒線)が複雑に関係し合って生じるものとして知られています(Robbins D.W.,2005).このPAPと疲労の効果との関係としては,ポジティブなPAPの効果は,ネガティブなPAPの効果よりも長く残存することが知られています(Neal A.T. and David B,2009).そのため,事前の運動を行なった後には,一定時間休息を取ることで,疲労による影響を除去することができ,最終的に残存したPAPの効果こそが,パフォーマンス発揮にポジティブな影響を及ぼすと考えられています(図の黄色網掛け部分).ここでの休息時間に関することとして,これまでに様々な研究が行われていますが,事前に用いる運動やその事前の運動の内容によっても大きく異なることが知られていることから,一概に何分間の休息時間が最適という判断は厳密には難しいのが現状です(Wilson J.M. et al., 2013).それらを鑑みると,理想としては,事前の運動によってPAPの効果を高め,且つ疲労による影響を極限まで小さくしつつも,最終的にPAPによる効果が残存している状態を作り出すことと言えるでしょう.つまり,先行研究においてパフォーマンスの改善が認められた上記の研究においては,図1の疲労による効果がPAPによる効果よりも早く消失し,さらに,適切な休息時間を経て運動が行われたことと考えることができます.




では,PAPを誘発させるための要因についてみていきたいと思います.図2は,PAPを誘発する上での相互作用モデルです.このモデルから分かるように,PAPを誘発するためには,PAPと疲労との関係,休息時間,トレーニングレベル,性差,コンディショニング・コントラクション(Conditioning Contraction:以下,CCと略す)の量(セット数,反復回数,多数のセット間の休息間隔など), CCの強度,実行したCCの種類(動的筋収縮または静的筋収縮など),筋線維タイプそして羽状筋の角度などが影響すると報告されています.それらの要因についての詳細は,次回以降にご説明させていただきます.PAPを確実に生じさせるためには,対象者の特性に適したプロトコルを用いることが必要となる可能性が考えられます.このようにPAPを誘発するためには,いくつかの条件が揃わなければならず,この条件が噛み合わない場合には,逆に疲労の影響が大きくなり,結果として,パフォーマンスの変化がない,あるいは低下を招いてしまうことになります.




3.PAPの現場での利用(走幅跳の助走)

走幅跳は,助走を用いた片足踏切によって跳躍距離を競う種目です.走幅跳は,助走,踏切準備,踏切,空中および着地の5つの局面から構成されており,中でも助走速度は跳躍距離との間に強い関係があることが報告されています(小山ほか,2011).したがって,走幅跳において大きな跳躍距離を獲得するためには,高い助走速度を達成することが必要不可欠となります.

熊野ほか(2017)は,男子学生走幅跳選手11名を対象に走幅跳の試技直前に全力疾走を行うことが,助走速度および跳躍距離に与える影響について検討しています.実験のプロトコルとして,11名の対象者をA群とB群に分け,クロスオーバーデザインを採用しました.A群には,全力疾走(60m)を1本,B群には「全力疾走の8〜9割程度の努力で走ること」と指示を与えた最大下疾走(60m)を1本行わせました.その後,7分間の休息を挟み,走幅跳の試技を行いました.この研究における休息時間の設定について,PAPにとって最適な後続運動までの時間間隔(リカバリー時間)は,メタ分析の結果から7〜10分(Wilson J.M. et al., 2013)),先行研究のレビューから8〜12分間(DeRenne C.,2010)という報告が存在することから,7分間確保すれば十分であると判断し設定されました.その結果,跳躍距離は,最大下疾走後試技よりも全力疾走後試技の方が有意に大きな値を示しました.また,踏切地点速度,最高助走速度においても,最大下疾走後試技よりも全力疾走後試技の方が有意に高い値を示しました.このことから,走幅跳における試技前の事前運動として全力疾走を用いたことにより,走幅跳試技時の助走速度および跳躍距離が,事前運動として最大下疾走を用いた群と比較して有意に大きな値を示しています.つまり,この研究においては,前述した走幅跳の跳躍距離に大きく影響するとされている助走速度が即時的に増加したことにより,結果として,跳躍距離も向上したことになります.このように,PAPの効果で助走速度が即時的に向上することは,走幅跳競技者からすると非常に魅力的なことのように思えます.

ただ,ここで注意しなければいけないことは,助走速度の増加に伴いストライドおよびピッチなどの変化による踏切位置の調整がうまくいかなくなる可能性があることです.言い換えると,即時的に助走速度やストライドおよびピッチが変化したことにより,日頃の練習によって培った助走の安定性が損なわれる可能性があるということです.走幅跳は,言わずもがな助走路に設置された踏切板から跳躍者がつけた踏切板に最も近い痕跡までの距離を競う種目です.よって,踏切板という制限の中で競技が行われる以上,本番試技では,いかにファールをせずに跳躍を行うことができるかが勝負をする上での最低条件となります.したがって,PAPの効果を狙い,助走速度が高まることを想定して試技を行う際には,助走の開始位置などを考慮して試技に臨む必要があると考えられます.



4.おわりに

今回のコラムでは,PAPという現象について紹介し,PAPが生じるメカニズムについて触れてきました.PAPを誘発させるためには,CCにおけるセット数や運動様式,さらには,休息時間などが関与していることから,一概にこのプロトコールが適切という判断は難しく,それらの要因を考慮する必要性があることについて触れました.そして,PAPを陸上競技の現場において活用した知見として,走幅跳の助走に焦点を当てた研究を紹介しました.今回は,ざっくりとPAPというものがどのようなものかについて説明しましたが,次回以降のコラムにおいて,個人のレベルに応じたPAPの利用や競技種目に特化したPAPの利用などについても紹介できたらと思っています.    

参考文献
DeRenne C(2010)Effects of postactivation potentiation warm-up in male and female sports performances.A brief review,Journal of strength and conditioning Research,32:58-64.
小山宏之・阿江通良・藤井範久・宮下憲(2011)競技レベル別に見た走幅跳の助走スピードの定量化 -トレーニングで簡便に利用できる指標の提案-.筑波大学体育科学系紀要,(34):169-173.
熊野陽人,・大沼勇人・平野裕一(2017)走幅跳の試技前に行う全力疾走が助走および跳躍距離に与える即時的影響. トレーニング科学, 29(1) : 23-30.
Neal A.T. and David B.(2009)Factors modulating post-activation potentiation and its effect on performance of subsequent explosive activities. Journal of Sports Medicine, 39(2) : 147-166.
Robbins D.W.(2005)Postactivation Potentiation and Its Practical Applicability: A Brief Review.The Journal of Strength and Conditioning Research 19(2):453-8
島典広,・島田明・西薗秀嗣(2007)活動後増強における筋力および筋パワー向上効果. デサントスポーツ科学, 7 : 217-223.
Stefan L.S. and David D.(2004)Acute effects of heavy preloading on vertical and horizontal jump performance. Journal of Strength and Conditioning Re-search, 18(2) : 201-205.
砂川力也,・下嶽進一郎(2017)異なるスクワット条件を用いた等張性筋収縮が活動後増強に与える影響. トレーニング指導, 2 : 18-24.
William P.E, Randall L.J and Douglas O.B(2000)Electromyographic and kinetic analysis of complex training variable. Journal of Strength and Con-ditioning Research, 14(4) : 451-456.
Wilson, Jacob M.,Duncan, Nevine M.,Marin, Pedro J.,Brown, Lee E.,Loenneke, Jeremy P.,Wilson, Stephanie M.C.,Jo, Edward(2013)Meta-Analysis of Postactivation Potentiation and Power:Effects of Conditioning Activity,Volume,Gender, Rest Periods,and Training Status.Journal of Strength and Conditioning Research.27(3): 854-859
2021年6月8日掲載

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