RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今回のコラムを担当します博士前期課程2年の福地と申します.出身は沖縄県の石垣島です.高校卒業までの18年間,島での生活を堪能し,大学は沖縄本島の琉球大学へ進学しました.生粋の島の人間です.今後も様々な情報を発信していけるよう頑張ります.どうぞ,よろしくお願いいたします.
1.はじめに
早速ですが,本コラムではタイトルの通り,ジュニア競技者の将来を見据えた陸上競技の指導について書かせていただきます.本コラム内でのジュニア競技者とは,後述する日本陸上競技連盟が掲げている競技者育成指針に基づくと,ステージ2からステージ3すなわち,小学校期から中学校期に相当する年代と定義します.
現在,日本各地には,多くの陸上クラブが存在しているかと思います.その指導者の多くは,ジュニア競技者に対して,どのような指導を行うことが適切なのか?早いうちから専門的なトレーニングを積んだ方がオリンピック選手に育つのではないか?などと一度は考えたことがあるはずです.近年では,オリンピックや世界陸上競技選手権大会などで,日本代表の陸上競技者が目覚ましい活躍を見せています.そんな中,今年の夏に開催される東京オリンピック&パラリンピックにおいては,より一層,陸上競技者への注目が集まることでしょう.そして,ポストオリンピック&パラリンピックにおいて,これからの陸上界を盛り上げていくであろう,ジュニア競技者をどのように育成・指導していくかが,未来の陸上界の更なる発展において重要な鍵となりそうです.そこで今回は,陸上競技におけるジュニア競技者の将来を見据えた指導について考えてみたいと思います.
具体的な内容については,ジュニア期の競技者において問題とされている早期専門化について2つのモデルをあげて説明します.そして,世界と日本の育成モデルの現状について,日本での取り組みを日本陸上競技連盟が掲げる「競技者育成指針」,さらには,全国小学校陸上競技大会の種目変更を例に見ていくこととします.
2.ジュニア競技者おける陸上競技の早期専門化問題
図1は,2004年のアテネオリンピックの代表選手について,その競技を専門にした年齢を示したものです.世界規模の調査をした結果,陸上競技選手は,中学校期(13–14歳)において専門化することが,最も多いことが明らかとなりました(Vaeyens et al., 2009).ここで用いた図の横軸は年齢,縦軸は専門的トレーニングを開始した者の割合となっています.水泳や野球などでは早い時期から専門化している選手が多い一方で,陸上競技で活躍する選手は必ずしも早い時期に専門化したわけではないことが分かります.ただし,図1は,オリンピックに出場した選手がその競技を専門化した年齢についての内容であり,全ての競技者に通ずる内容ではではないことに注意が必要です.さらに,渡邊ほか(2013,2014)は,日本のオリンピック・世界選手権代表104名を対象にアンケート調査した結果,陸上競技を専門的に開始した時期は,中学校期(男子70%,女子60%)が半分以上を占めていたことを報告しています.この報告においては,実に半分以上が,中学校期以降に専門化していたことが分かります.その理由については,小学校期に陸上クラブが少ないこと(日本体育協会HP)や,多くの地域において小学校高学年で市町村レベルの陸上競技大会が実施されているため,そこで好成績を収めた生徒が中学校期に陸上競技に取り組むきっかけとなっている可能性などが指摘されています(渡邊ほか,2014).
以上のような結果を踏まえると,陸上競技は他のスポーツと比較して,結果として専門化が遅い競技と言えそうです.さらに,Moesch et al. (2011)は,特に陸上競技は,早い段階からの専門化には適していないと報告しています.
では,そもそも,なぜ,早期専門化が問題とされているのでしょうか?
以下に,2つのモデルを提示して,見ていくこととします.
まず,早期専門化とは,発育期の早い段階で子どものスポーツ適性を見出し,1つの種目に絞り専門的に育成することと考えられています.このことについて,アメリカの心理学者であるアンダーズ・エリクソンは,早期専門化モデルの科学的根拠を示し影響を与えた1人です.このエリクソンは,10年1万時間の法則を提唱しました(Ericsson et al., 1993).有名な話として,名高いバイオリン奏者は,最上級レベルの演奏技巧を習得するまでに10年以上,延べ約1万時間かかっていたというものがあります.このことから,エリクソンは,「スポーツに限らず,科学,芸術,ビジネスなど幅広い分野にわたって,世界一流に到達した人たちの経歴を調べた結果,世界一流に達するには10年あるいは1万時間以上の練習継続が必要である」と論じています(Ericsson et al., 1993).このモデルが意味することは,早い段階からタレントを発掘し,1つの事に限定して長期間取り組むことがより効果的である,という事です.言い換えれば,一刻も早くタレントとなる逸材を発掘し,一刻も早く,そして長く,その道のトレーニングをすべし!ということになります.以上のことから,エリクソンの10年1万時間モデルは単一種目の早期専門化モデルとして確立していきました.
その一方で,Vaeyens et al.(2009)の研究では,発掘されたジュニア競技者は,シニアに至るまでにかなりの数が脱落し,国際級レベルに到達できた競技者は,ごく一部にすぎなかったとされています.さらに,早期専門化による弊害も多数指摘されており,Malina(2010)は,早期専門化のリスクを下記のように挙げています.
・社会的孤立
・過度の依存
・バーンアウト(燃え尽き症候群)
・マニピュレーション(操作)
・オーバーユース傷害
・発育障害
このように,21世紀になると10年1万時間のモデルに対して,早期専門化の弊害という立場から批判的な議論が盛んに行われるようになってきました.
これを陸上競技に置き換えてみると,ジュニア期から,1つの競技種目に絞り,10年または1万時間もトレーニングすることは,上記の弊害が伴うことが予想され,ジュニア期の競技者を早期に専門化することに対しては,プラスの効果が少ないと考えられます.ただし,この10年1万時間モデルが指導の現場や考え方の面で絶対的にマイナスに作用するかと言われるとそうではありません.10年1万時間モデルには,上述のような弊害がつきまとうとされていますが,それでも学術面のみならずスポーツ現場や一般社会にまで多大な影響を及ぼし,共感を得ていることも事実です.本コラムでは,陸上競技におけるジュニア競技者の将来を見据えた視点からの内容であり,上記のモデルを否定するものではないということをご理解いただければと思います.
では,話を戻しまして,上述したエリクソンの10年1万時間モデルに代わるモデルはないのでしょうか?
(2)ジャン・コテの意図的遊びモデル
カナダのジャン・コテは,エリクソンの提示した10年1万時間モデルに対比させ,意図的遊び(Deliberate play)という概念を提示しました(Cote et al., 2007).上述したエリクソンの10年1万時間モデルは,意図的練習(Deliberate practice)と称されることがあります.コテは,この意図的遊びに関して,「実際の子どものスポーツ活動においては,一定のルールのもとでの組織化された意図的な練習のみならず,より楽しさを基調にした遊びの要素が強い身体活動やスポーツ活動も多いはずである」と述べ,このような活動を意図的遊びと定義しています.以下に,意図的練習と意図的遊びの違いを示します(表1).
また,コテはジュニア期のスポーツ参加について次のように強調しています.
“スポーツというものを初めて体験することになるジュニア期においては意図的遊び,すなわち楽しみのためのスポーツ参加の場を多く設け,また複数のスポーツ種目を体験することが重要である.”
以上のことから,コテの示す意図的遊びモデルでは,ジュニア期にスポーツをする楽しみを体いっぱいに感じながら,遊びの要素を多く取り入れた運動を行うことが,結果としてジュニア期の競技者の早期専門化を防ぐ上で重要になると考えられます.
3.早期専門化に対する世界と日本の取り組み
(1)世界各国における取り組み
早期専門化を防ぐための取り組みとして,世界各国で様々な取り組みがなされています(表2).
表2の通り,近年では海外においても,ジュニア期に専門化を図る取り組みから一転し,様々なスポーツを経験することで,スポーツの楽しさを身につけながら,どのスポーツにおいても共通な技術の基礎を身につけさせる取り組みが伺えます.また,ジュニア期において身体リテラシーを高めることの重要性を指摘しているモデルが多数存在していることがわかります.ここで用いた「身体リテラシー」は,様々な身体活動やスポーツ活動などを,自信を持って行うことができる基礎的なスポーツスキルを指します(日本陸上競技連盟,2018).
(2)日本陸上競技連盟における取り組み
2018年,日本陸上競技連盟(以下,日本陸連)は,日本における陸上競技者育成の方向性を具体的に示した「競技者育成指針」を掲げています(図2).また,この指針の基になったものは,表2のADMやLTADであるとされています.競技者育成指針の内容について,本コラムで対象としているジュニア競技者(ステージ2〜3に該当)においては,他者との比較に偏ることなく,自己の記録に挑戦する楽しさを通して運動有能感や自己効力感,さらには身体リテラシーを養うことなどが明記されています.このことから,やはり,ジュニア競技者においては,目先の結果に捉われることなく,将来を見据えた取り組みを行うことが重要であると考えられます.
近年,我が国においては,多くの陸上クラブが存在し,今や小学生を対象とした陸上競技大会も盛んに行われています.しかし,このことは,しばしば早期専門化,過熱化の弊害に繋がることもあります.これらを踏まえ,日本陸連は2019年より,全国小学生陸上競技交流大会の実施種目に様々な種目を含んだコンバインド種目を取り入れました.そのような改定が行われた理由は,まさしく小学生というジュニアの年代から1つの種目に限定することなく,多様な基礎的運動能力および運動スキルを培うためだと考えられます.例を挙げると,コンバインドA種目は80mハードル+走高跳,コンバインドB種目は走幅跳+ジャベリックボール投げ,というように複数種目で構成されています.したがって,多様な運動能力やスキルが求められているといえそうです.このことから,走・跳・投という多様な運動特質で構成されている陸上競技の特徴を活かし,発育期の子どもに多様な競技体験の可能性を拡大する狙いが見て取れます.村木(1994)は,異なる多種目の混成競技タイプでは,1つの種目の専門的訓練は他の種目に対する一般的訓練として位置付けられることを示していることから,陸上競技で複数種目を行うことの利点が活かされ,同時に早期専門化のリスクを回避できると考えられます.
4.おわりに
本コラムでは,陸上競技におけるジュニア競技者の指導について考えてきました.現在では,これまでの競技者育成システムから一変し,世界各国でジュニア競技者に対する取り組みが盛んに行われています.日本においても,2018年に日本陸連が競技者育成指針を作成し,育成の方向性を明確にしています.それによると,ジュニア競技者に対しては,様々な運動を通して身体リテラシーを高めることが推奨されています.また,指導者に至っては,目先の勝利および結果に捉われることなく,将来を見越した指導を取り入れることなどが重要視されています.
本コラムを通して指導者や保護者の方が,今一度,ジュニア競技者の育成や指導に関して考えるきっかけとなり,さらに,生涯にわたり陸上競技を「心から楽しい!」と思える競技者が1人でも増えることに繋がれば幸いです.