ポールの湾曲に影響を及ぼす要因

DC3 景行崇文



はじめに

RIKUPEDIAをご覧の皆さま,ご無沙汰しております.DC3の景行です. 私の研究テーマは,「棒高跳の最大重心高に影響を及ぼす力学的な要因を明らかにすること」です.読んで字の如く,ポールを用いることが棒高跳の最大の特徴であり,今日では大きく変形する弾性ポールが広く用いられています. そこで今回は,弾性ポールを用いた跳躍を力学的に解釈してみます.なお,棒高跳は跳び越えたバーの高さを争う競技であることを踏まえ,本コラムでは「最大重心高」,「跳躍高」「記録」を全て「パフォーマンス」と言い換えます.



ポールの湾曲を定量化する

「跳躍の成功は,助走によって決まるといっても過言ではない」(広田,1989)と表される通り,助走の出来がパフォーマンスに強く関係することは現場で慣例的に認識されており,実際,助走速度が高いほど,そして踏切足離地時の身体重心水平速度が高いほどパフォーマンスが高いことが報告されています(Adamczewski and Perlt, 1997;武田ほか,2007).その一方,踏切後の身体とポールの振る舞いに焦点を当てると,ポールの湾曲が大きく,グリップ高(握る位置)が高いほどパフォーマンスが高いことが報告されています(高松,1998;武田ほか,2007).これらのことから,パフォーマンス向上にはポールの大きな湾曲が鍵を握り,ポールの湾曲の大小には身体重心速度の高低が影響すると考えられます.しかしながら,踏切足離地時の身体重心水平速度とポールの湾曲の大きさとの間に有意な相関関係は認められていません(武田ほか,2007).

ただし,ポールを湾曲させた経験のある方であれば,助走の出来がポールの湾曲の大小に強く関係することは当然だと感じるはずです.では,感覚とデータに齟齬が生じるのはなぜでしょうか?その理由の一つとして,用いるポールの特性が競技者によって異なることが考えられます.先行研究では,「ポール湾曲率」によってポールの湾曲の大きさが定量化されている一方(武田ほか,2005,2006;武田ほか,2007;Schade et al., 2004),当該変数はポール湾曲量をグリップ高(ポール下端と上グリップとの距離)で除した相対量であるため,用いたポールの特性(長さや硬さ)を考慮できません.

したがって,絶対的な湾曲量と硬さを踏まえてポールの湾曲を定量化することができれば,ポールが湾曲するメカニズムを明らかすることができます.そして,メカニズムが明らかになれば,合理的にポールの湾曲を導くことができ,パフォーマンス向上に繋がると考えられます.


競技者とポールの振る舞いをエネルギーとして考える

ポールの湾曲を定量化する代替策の1つとして,ポールに蓄えられる弾性エネルギーがあります.弾性エネルギーは,ポールに作用する力とポールの湾曲量を積分することで算出できる物理量です.特に,ポールに作用する力は“ポールの硬さ”を反映するため,弾性エネルギーはポールの湾曲を適切に定量化できると考えられ,実際,ポール最大湾曲率と比較して,ポール最大湾曲時の弾性エネルギーはパフォーマンスと高い相関係数(ポール最大湾曲率vsパフォーマンス:r=0.87,ポール最大湾曲時の弾性エネルギーvsパフォーマンス:r=0.94)を示すことが報告されています(Kageyuki et al., 2020).

その一方,競技者の振る舞いもエネルギーに置き換えると,棒高跳を競技者とポールとの間で行われるエネルギー交換として解釈することができます.そこで,競技者の身体がもつ力学的エネルギーおよび弾性エネルギーを算出した研究(Aramptazis et al., 2004;Kageyuki et al., 2020;高松.1998)を見ると,ポールが湾曲する間に力学的エネルギーは減少し,弾性エネルギーは増大しました(Fig.1).その一方,ポールが復元する間に弾性エネルギーは減少し,力学的エネルギーは増大しました(Fig.1).つまり,競技者のエネルギーがポールへ伝達されることでポールが湾曲し,ポールのエネルギーが競技者へ再度伝達されることで身体が上昇するメカニズムが分かります.

他方,Schade et al.(2004)は,男女世界一流競技者の試技を分析した結果,踏切足離地時から最大重心高出現時までに増大した力学的エネルギー量に有意な男女差は認められなかったことを報告しています(男性:5.88±1.02 J,女性:5.74±1.63 J).それに対し,過程を細かく検討すると,女性一流競技者と比較して,男性一流競技者はポールが湾曲する間に力学的エネルギーが有意に減少し(男性:22.58±1.73 J,女性:13.10±1.48 J),ポールが復元する間に有意に増大(男性:28.45±1.79 J,女性:18.84±1.48 J)しました(Schade et al., 2004).加えて,淵本(1992)は,ポールには身体を持ち上げる以上のエネルギーが蓄積されており,その過剰なエネルギーを超過弾性エネルギーと定義しています.そして,淵本(1992)は,超過弾性エネルギーが大きいほど抜き(上グリップと最大重心高との鉛直変位差)が高くなり,用いたポールが体重に対して硬いほど超過弾性エネルギーが大きいことを報告しています.

以上のことから,大きな力学的エネルギーをポールへ伝達し,大きな弾性エネルギーを蓄積する,つまり長くて硬いポールを大きく湾曲させることが,パフォーマンス向上に繋がると考えられます.  




Fig.1 競技者とポールとの間で行われるエネルギー交換


パフォーマンス向上に繋がるエネルギー変換とは

人より詳細なエネルギーの変換過程を知るために力学的エネルギーの各要素(位置エネルギー・並進運動エネルギー・回転運動エネルギー)に着目すると,ポールが湾曲する間に並進運動エネルギーは大きく減少しました(Fig.1).ポールを湾曲させるには大きな力をポールに作用させる必要があり,ポールに作用する力はグリップを介して身体にも作用します.そのため,大きな弾性エネルギーの蓄積には身体の大きな減速が伴うと考えられます.実際,ポールが湾曲する間に並進運動エネルギーが減少するほど,ポール最大湾曲時の弾性エネルギーが大きいことが報告されています(Kageyuki et al., 2020).  

並進運動エネルギーに対し,ポールが湾曲する間に位置エネルギーは増大しました(Fig.1.棒高跳は,ポール下端を中心に系全体が回転する倒立振子にモデル化されており(Dyson, 1980;Hay,1993),並進運動エネルギーと位置エネルギーは相補的に変換されるため,位置エネルギーの増大は並進運動エネルギーの減少を招く可能性があります.実際,ポール湾曲局面における位置エネルギーの増大量が少ないほど,ポール最大湾曲時の弾性エネルギーが大きいことが報告されています(Kageyuki et al., 2020).したがって,ポールが湾曲する間に身体の上昇を抑え,身体の勢いを可能な限りポールに伝えることが大きなポールの湾曲を導き,パフォーマンスの向上に繋がると考えられます.  

他方,減少した力学的エネルギー以上に弾性エネルギーは増大しました(Arampatzis et al., 1999;Arampatzis et al., 2004;淵本,1992;Kageyuki et al., 2020).Arampatzis et al.(2004)は,競技者とポールのエネルギーの和を系全体のエネルギーと定義し,系全体のエネルギー増大はポールを曲げたり,身体を振り上げたりするために競技者が行った仕事に起因することを示唆しています.  

系全体のエネルギー増大について,Arampatzis et al.(1999)は世界一流競技者の試技をクラスター分析した結果,ポールが湾曲する間に系全体のエネルギーが増大した群(Group3),ポールが復元する間に系全体のエネルギーが増大した群(Group2),そして両群にも該当しない群(Group1)に分けることができ,Group1および3がGroup2と比較してパフォーマンスが有意に高いことを報告しています.ただし,Group1に該当する試技は全てTarasov選手の試技であったことに加え,跳躍を通して系全体のエネルギーは減少しました(Arampatzis et al., 1999).この系全体のエネルギー減少は,筋腱複合体の伸張やポールとボックスとの摩擦に起因することが示唆されています(Frère et al., 2010).すなわち,Group1は踏切後の動きを度返しにして,最大限に助走を活かした跳び方であると考えられます.その一方,弾性ポールを用いる利点として,Linthorne(2000)は突っ込みおよび踏切時での運動エネルギー消失を抑制できることに加え,Arampatzis et al.(1999)はポールが曲がる間に競技者が仕事をできることを挙げています.したがって,ポールが湾曲する間に競技者自らの“積極的な動き”が鍵を握ると考えられます.  

以上のことから,踏切足離地後も身体が低く移動し,身体の勢いをポールに伝達するとともに,競技者が仕事を行うことによって大きな弾性エネルギーの蓄積を導くことが,パフォーマンス向上に繋がると考えられます.

弾性エネルギーの蓄積に繋がる動き方とは

Schade et al.(2004)は,女性一流競技者と比較して男性一流競技者は踏切後の身体重心周りの角運動量が有意に小さいことを報告しています.すなわち,女性競技者は踏切後に身体が勢いよく後方回転しており,Schade et al.(2004)は踏切直後に生じる後方回転の勢いの強弱がエネルギー変換の違いを生じさせる要因の一つであることを示唆しています.現場では踏切直後に身体が勢いよく後方回転する現象を“振られる”と表現し,“振られる”と,ポールの起こしや湾曲に負の影響を及ぼすと認識されています.

他方,先行研究において,ポールが湾曲する間のボックス反力(ポール下端に作用する力)の水平力積が大きいほど最大重心高が高くなることが報告されています(高松,1998).加えて,ポールが湾曲する間に身体重心の水平速度が減少するほどポールが大きく湾曲することが報告されています(景行ほか,2020).ポールに作用する力はグリップを介して身体にも作用するため,身体重心水平速度の大きな減少は,水平方向の大きな力積に起因すると考えることができます.よって,水平方向の大きな力積をポールに加えることがポールの大きな湾曲に繋がると考えられます.その一方,踏切足離地直後ではグリップと身体重心との間には鉛直変位差があるため,ボックス反力水平成分は身体の後方回転を助長します.特に,突っ込みから0.2sまではボックス反力がより水平方向を向いていることを踏まえると(Frère et al., 2010),ポールの大きな湾曲を導くためには,踏切足離地直後のボックス反力水平成分に対処する必要があります.

そこで,水平方向のボックス反力に対処するため,指導現場では踏切足地離地後のフォロースルー動作(“ペネトレーション”や“ドライブ”と呼称される動き)において,身体の慣性モーメントを大きくするハング姿勢を取ることが推奨されてきました(広田,1989;村木,1982;関岡,1996;安田・渋谷,1989).ただし,踏切足離地直後の全身の慣性モーメントの大きさ(全身の伸び具合)と弾性エネルギーとの間に有意な相関関係は認められていません(Kageyuki et al., 2020).

それに対し,全身の動き方ではなく局所的な動き方に着目した景行ほか(2020)は,ポールが湾曲する間に上グリップを中心に下グリップが後方回転するほどポールが大きく湾曲したことを報告しています.このグリップの動き方は,ポールに曲げモーメントを作用させた際に見られる動き方であると解釈でき,Hubbard (1980)およびDapena and Braff(1983)は,曲げモーメントがポールに作用すると,ボックス反力が小さくなることを報告しています(曲げモーメントについて前回の私のコラムをご参照ください).また,男女間で生じるエネルギー変換の違いは,肩甲帯および身体前面の筋群のストレングスや使い方に起因することが示唆されていること(Schade et al., 2004)を踏まえると,両グリップに代表される上半身の動き方が,ポールの大きな湾曲を導く鍵を握ると考えられます(Fig.2).


Fig.2 ポールの大きな湾曲と強く関係する上半身の動き方


最後に

ポールの大きな湾曲に繋がる動き方についてまだまだお伝えしたい所ではございますが,今回はここまでと致します.実は私,本審査会をまだ通過していない身ですので…(上半身の重要性を示唆するデータあり).晴れて審査会を通過できた暁には,棒高跳競技者やコーチの方々へ博士論文で扱ったデータを提供できる場を設けることができればと存じます.

拙稿に長い間お付き合い頂き誠にありがとうございます.気になることがございましたら,景行zkiac10◎gmail.comまでご連絡下さい(メール送信の際にはアドレスの◎を@に置き換えて下さい).

最後になりますが,コラムをご覧の皆さまの益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げるとともに,筑波大学陸上競技コーチング論研究室への変わらぬご愛顧を宜しくお願い致します.

   
参考文献
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2021年2月23日掲載

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