スプリント中のエネルギー代謝特性

DC3 白木駿佑


はじめに

 RIKUPEDIAをご覧のみなさま,今回はDC3の白木が担当致します.実は,去年の同時期に執筆した際もDC3でした.当時は留学のため休学中でしたので学年は上がらず,博士生活は実質4年目が終わるところです.留学はフロリダ大学に行き,サニブラウン・ハキーム選手の所属する陸上競技部でコーチングの視察を行って参りました(所属は当時).陸上部での活動だけでなくアメリカでの生活は刺激的で,生きる上で貴重な経験をすることができました.この留学を実現できたのは「トビタテ!留学JAPAN」や両親のおかげです.関係者各位に感謝申し上げます.

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そんなこんなで充実した博士生活をもうすぐ終えます.この3月に博士過程を修了する見込みになっております.そこでこのコラムでは,博士論文の一部を紹介したいと思います.過去に執筆した「走速度が高ければ高いほど無酸素性運動なのか?」,「短距離走におけるエネルギー供給比率 」,「短距離走における血中乳酸濃度の解釈」に関連する内容となっております.少し難しい内容にはなりますが,できるだけ分かりやすいように説明していきたいと思います.よろしくお願いします.


運動中のエネルギー代謝

まず,ヒトはエネルギー(ATP)を生成することで運動することができます.そして,そのエネルギーは,生成する機構から有酸素性エネルギーと無酸素性エネルギーに大別できます.俗に言う「有酸素運動」や「無酸素運動」というのはここから来ています.しかしながら,いかなる運動であっても一方のエネルギーが100%を占めることはありません.短距離走中のエネルギー供給比率(無酸素性比率:有酸素性比率)について複数の研究をまとめると(Duffield and Dawson, 2003; Spencer and Gastin, 2001),100m走では80:20,200m走では70:30,400m走では60:40程度であることが報告されています.かつては,「究極の無酸素運動」と呼ばれていた400m走であってもおよそ40%が有酸素性エネルギーであったことがわかっています.ただし,走運動では無酸素性エネルギー供給量を過小評価してしまうため(Hill and Vingren, 2011),筆者はもう少し無酸素性エネルギーの割合が大きいと考えています.そして,エネルギー供給比率は,運動時間が短いほど無酸素性比率が高いことが分かっているので(Gastin, 2001),競技レベルやパフォーマンスが高いほど運動時間が短くなり,無酸素性比率が高くなる可能性があります(Arcelli et al., 2008; Reis and Miguel, 2007).また,有酸素性能力が高いと運動中の有酸素性比率も高いことが報告されているので(Calbet et al., 2003; Granier et al., 1995; 森ほか,2011),長距離走が得意な競技者ほど有酸素性エネルギーの割合が大きいと考えられます.

そこで筆者は,スプリンターを対象に,無酸素性エネルギー推定の妥当性が高い自転車運動(Hill and Vingren, 2011)を用い,運動時間の影響を考慮して10秒ごとにエネルギー供給比率を分析しました.また,ほとんど検証されていない運動強度の影響についても検討しました.

短時間運動中のエネルギー供給比率

前述した通りエネルギー代謝は,運動様式に関わらず時間が長い運動ほど,有酸素性比率が対数関数的に高くなることが知られています(Duffield and Dawson, 2003; Gastin, 2001; 平井ほか,1993;Medbø and Tabata, 1989; 中垣ほか,2008;Ogita et al., 2003).しかしながら,それらの運動は全て時間に応じた全力運動(オールアウト運動)を対象にしており,異なる運動強度では詳細に検討されてきませんでした.そこで,筆者が実験を行ったところ図1のような結果を得ることができました.X軸が運動強度,Y軸が有酸素性比率,Z軸が運動時間になります.統計処理の結果,20,30,40秒の運動では,運動強度に関わらず有酸素性比率はほぼ一定の値を示し(p > 0.05),50,60秒の運動では,運動強度が高いほど有酸素性比率が有意に低下しました(p < 0.05).無酸素性比率は有酸素性比率と反対の結果になります.これらのことから,短時間運動の中でも40秒以下の場合は運動強度の影響が小さいことがわかりました.一般的には,運動強度が高いほど無酸素性比率が高いと考えられてきましたが(Hoffman,2002; 宮丸・宮丸,1978;尾縣,2007),それを一部覆す結果となりました.また,図1の結果から対数近似曲線回帰式を用いて10秒間の運動の値も含め算出したのが表1になります.これらを用いて短時間運動における基本的なエネルギー代謝を理解することが出来るでしょう.


図1 運動強度,運動時間ごとの有酸素性比率


表1 運動強度,運動時間ごとのエネルギー供給比率(%)




短時間運動中の酸素摂取動態

前述した通り,20~40秒間の運動では運動強度が異なってもエネルギー供給比率がほぼ一定の値を示しましたが,50~60秒間の運動では運動強度が高いほど無酸素性比率が高い値を示しました(図1,表1).その背景には,酸素摂取動態の特性による影響が挙げられます.図2は,60秒間の運動における運動強度ごとの酸素摂取動態(10秒ごとの酸素摂取量)になります.先行研究と比較して運動時間と運動強度は大きく異なるものの,短時間運動中の酸素摂取動態は先行研究と同様に対数関数的に増加する様相を呈しました(Poole and Jones, 2012).つまり,40秒までは酸素摂取量は急激に増加し(p < 0.05),40~60秒での酸素摂取量の増加は小さい(p > 0.05)ことがわかりました(図2).このことから50秒や60秒間の運動では,運動強度が高くなっても酸素摂取量の増加が小さく,運動強度が高いほど無酸素性比率が高くなると推察されます.


図2 60秒間の運動における運動強度ごとの酸素摂取動態


短時間運動後の血中乳酸濃度

血中乳酸濃度は,無酸素性代謝の指標として古くから用いられていますが(Jacobs,1986),近年では乳酸の生成と除去のバランスを示していると解釈するのが適当だと指摘されています(八田,2008).詳しくは,過去のコラムをご覧ください(短距離走における血中乳酸濃度の解釈).血中乳酸濃度が高いということは,解糖系(無酸素性エネルギー供給系の一つ)の動員が大きいことを示しており,血中乳酸濃度は身体負荷を反映する指標だと考えられます(八田,2008).表2は,短時間運動における運動強度,運動時間ごとの運動後最高血中乳酸濃度を相対値で示したものです.30秒の値と60秒の値を用いて直線回帰式により他の値を算出しました(直線回帰式で算出することの是非は議論の余地があり,詳細な検討が必要です.短時間運動に限った場合だと妥当性は高いと筆者は考えております).運動強度が高く,運動時間が長いほど血中乳酸濃度は高いことが分かり,それだけ解糖系の動員および身体負荷が大きいといえます.この数値を用いて,トレーニング負荷の把握に役立てるとよいでしょう.

表2 運動強度,運動時間ごとの血中乳酸濃度(相対値,%)







おわりに

ここまで,エネルギー供給比率,酸素摂取動態,血中乳酸濃度に着目して短時間運動におけるエネルギー代謝特性について紹介してきました.その特性を理解することで,合目的なトレーニングの考案や選択に役立つものと思います.もし興味を持った方は,ぜひ自分でも調べてみてください.僕自身はまだ筑波大学に残る予定ですので,直接質問をいただければ答えたいと思います.またコラムを執筆する機会がありましたら間欠的高強度運動におけるエネルギー代謝特性について自分の研究内容を紹介したいと考えております.

話は変わりますが,自分が担当している非常勤先の授業でレポート課題を出した際,RIKUPEDIA内のコラムが引用されていました.また,ゼミ内で毎週RIKUPEDIAの内容についてディスカッションしている大学もあるようです.そうした話を聞くと非常にやりがいを感じますし,純粋に嬉しいですね.読者の皆様に深謝申し上げます.ぜひ,これからも変わらぬご愛顧を賜りますようよろしくお願いします.



参考文献
Arcelli, E., Mambretti, M., Cimadoro, G., and Alberti, G. (2008) The aerobic mechanism in the 400 metres. New Studies In Athletics, 23: 15-23.
Calbet, J. A., De Paz, J. A., Garatachea, N., Cabeza de Vaca, S., and Chavarren, J. (2003) Anaerobic energy provision does not limit Wingate exercise performance in endurance-trained cyclists. J. Appl. Physiol., 94: 668-676.
Duffield, R., and Dawson, B. (2003) Energy system contribution in track running. New Studies in Athletics,18(4): 47-56.
Gastin, P. B. (2001) Energy system interaction and relative contribution during maximal exercise. Sports Med., 31(10): 725-741.
Granier, P., Mercier, B., Mercier, J., Anselme, F., and Préfaut, C. (1995) Aerobic and anaerobic contribution to Wingate test performance in sprint and middle-distance runners. Eur. J. Appl. Physiol. Occup. Physiol., 70: 58-65.
八田秀雄(2008)血中乳酸濃度はどんな意味があるのか.八田秀雄編著,乳酸をどう活かすか.杏林書院,pp. 1-11.
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平井雄介・小笠原悦子・田畑泉(1993)超最大強度の水泳運動における無酸素性及び有酸素性エネルギー供給機構の貢献度.Jpn. J. Sports Sci., 12: 124-129.
Hoffman, J. (2002). Metabolic system and exercise. Physiological Aspects of Sport Training and Performance. Human Kinetics, pp. 27-37.
Jacobs, I. (1986) Blood lactate. Implications for training and sports performance. Sports Med., 3 (1): 10-25.
Medbø, J. I., and Tabata, I. (1989) Relative importance of aerobic and anaerobic energy release during short-lasting exhausting bicycle exercise. J. Appl. Physiol., 67: 1881-1886.
宮丸凱史・宮丸郁子(1978)短距離競走.金原勇編著,陸上競技のコーチング(Ⅰ).大修館書店,pp. 171-298.
森健一・吉岡利貢・白松宏輔・苅山靖・尾縣貢(2011)有酸素能力の相違がWingate testにおけるエネルギー供給比に及ぼす影響.体力科学,60(5): 503-510.
尾縣貢(2007)ぐんぐん強くなる陸上競技.ベースボール・マガジン社.
Ogita, F., Onodera, T., Tamaki, H., Toussaint, H., Hollander, P., and Wakayoshi, K. (2003) Metabolic profile during exhaustive arm stroke, leg kick and whole body swimming lasting 15 s to 10 min. Biomechanics and Medicine in Swimming IX, 361-366.
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2021年1月29日掲載

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