種目に適したピリオダイゼーションの選択を

MC2 澤田尚吾


 RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.MC2の澤田尚吾です.コロナウィルスによる緊急事態宣言が解除された今,アスリートの皆さんはどのような練習をされていますか?また,今後の競技会に向けて,どのようなトレーニングプランを考えていますか?今シーズンはいまだに始まっていませんが,近づいているシーズンインに向けて準備を進めていきましょう.
 そこで今回のコラムでは,トレーニングプランを立案するための基盤であるピリオダイゼーションについて,これまで考案されたモデルをもとに紹介していきたいと思います.


トレーニングピリオダイゼーションとは?
 トレーニングピリオダイゼーションはトレーニングとそのプランニングにおいて最も重要な概念の一つです(ボンパ,2006).Matveyev(1972)はトレーニングピリオダイゼーションを「一定のサイクルでトレーニングの構成と内容を合目的々に周期的に変化させること」と定義しています.つまり,ある一定期間内の主要な試合において最高の成績を上げることを目指して,試合までの期間をコントロールしやすい小さな期間に区分してトレーニング内容を組み立てることを意味しています(青山,2017).

 

トレーニングピリオダイゼーションの歴史
 ピリオダイゼーションの概念は古代ギリシャ時代にまでさかのぼります.古代ギリシャ人学者のPhilostratusが古代ギリシャオリンピア競技の出場選手たちのトレーニングプランとトレーニングに関する数冊のマニュアルを書いています(ボンパ,2006).そこから何世紀にもわたって改良や補足がされ,第二次世界大戦後の1965年に旧ソ連のMatveyevが選手のトレーニング状況を調査した結果をもとにした年間プランのピリオダイゼーションモデルを世界で初めて公表しました(図1).




図1 Matveyevのピリオダイゼーションモデル(ボンパ,2006をもとに著者作成)


Matveyevのピリオダイゼーションモデル
 先述したように,Matveyevは1960年代にトレーニングピリオダイゼーションについて初めて執筆した人物として知られています.Matveyevモデルの特徴は,試合期が近づくにつれて徐々に高強度に移行し,トレーニング量を減らしていきました.また,「長い準備期・試合期・移行期」から構成され,長期的プロセスで競技者の最高の競技力の状態をつくり上げるシングル・ダブルサイクルのトレーニング計画を基本としています.このモデルは,体系化された1960年代から現在に至るまで最も広く認知されているトレーニングピリオダイゼーションとなっています(村木,1994).
 しかし,この伝統的なピリオダイゼーションモデルに対して批判的な意見もあります.その理由として,(1)初期の高いトレーニング量/低強度トレーニングは不適切な適応につながる,(2)試合期に近い時期の高強度トレーニングでは,トレーニング量が不十分である,(3)準備期の終わりに強度が急激に上がると,怪我のリスクが不必要に増加する(Haugen et al.,2019)と指摘されています.さらに現代では一つのシーズン中に多くの競技パフォーマンスのピークを達成させることが求められる状況となっています.
 このようなMatveyevモデルのほかにも,1970年代から1980年代にかけてOzolinモデル(1971),Bondarchukモデル(1986),Tschieneモデル(1989)が考案されました(ボンパ,2006).また,2002年にIssurinによってブロックピリオダイゼーションの概念を明確にした論文が発表されました(青山,2013).


 

ピリオダイゼーションモデルの選択
 ピリオダイゼーションモデルの選択は,競技や種目,選手の特性,競技レベル,および慣例によって決定します.図2~4にそれぞれの競技におけるピリオダイゼーション(単周期・二重周期・三重周期)を例示しました.
 現代のスポーツでは,ピリオダイゼーションの原理の違いにより,複数のトレーニングピリオダイゼーション理論が存在しており,ピリオダイゼーションごとに「競技力形成の方向性」が異なります.したがって,個々の状況に応じたトレーニング計画を立案するには,各理論の特徴を正確に理解したうえで,適切なピリオダイゼーションを戦略的に選択する必要があるとされています(青山,2020).


図2 持久性競技における単周期の年間プラン(ボンパ,2006をもとに著者作成)



図3 スピード・パワー系競技の二重周期の年間プラン(ボンパ,2006をもとに著者作成)



図4 三重周期の年間プラン(ボンパ,2006をもとに著者作成)


 例示した中でも,陸上競技の短距離や跳躍競技では図3の二重周期の年間プランが用いられることが一般的であるとされています.しかし,図3に示した例は屋内シーズンと屋外シーズンの2つの別々の競技シーズンに分けた場合であるため注意する必要があります.
 二重周期では,準備期・屋内シーズン・二度目の準備期・そして最後に屋外シーズンで構成され,短い無負荷/移行期と準備期を通じて繋がる2つの短い単周期を含んでいます.それぞれの周期では,アプローチの方法は同様になりますが,通常は試合期Ⅱでの屋外選手権が重要視されるため,トレーニング量は準備期Ⅰよりも準備期Ⅱのほうが多くなります(ボンパ,2006).また,トップアスリートの中には,国内選手権や国際選手権に備えて,屋外シーズンを早いピークと遅いピークに分けているアスリートもいます.
 さらに,準備期内を高強度なトレーニング週と回復週に分類することも,ピリオダイゼーションの重要な側面となっています.一流のコーチたちは通常,その比率を2:1または3:1としています(Haugen et al.,2019).つまり,比較的高いトレーニング負荷で2週間または3週間の後に,回復のために簡単なトレーニング週が続くピリオダイゼーションを採用しています.
 また,同じ種目であっても,その種目の体力特性によって異なるピリオダイゼーションを取り入れることもあります.そこで陸上競技の中でも100mや400mのような体力要素が異なる,スプリンターのピリオダイゼーションについて紹介していきます.


スプリンターのピリオダイゼーション
 スプリンターのピリオダイゼーションにはlong-to-shortモデルとshort-to-longモデルの2つがあります(Haugen et al.,2019).この2つのモデルの大きな違いは,準備期におけるスプリント距離です.
 long-to-shortモデルは,ロングスプリンター向けのピリオダイゼーションとされています.このモデルは,準備期の初期において,長い距離でのスプリントを行い,年間トレーニングを通して短い距離のスプリントを行うピリオダイゼーションとなっています.
 一方で,short-to-longモデルは,1980年代にCharlie Francisがスプリンターに向けた,より一般的なピリオダイゼーションモデルとして導入しました.short-to-longモデルでのトレーニングは,主にスプリントの各局面を相対的に重視することで期分けされています(加速,最大速度,減速).最初の1か月間程度のトレーニング期間(メゾサイクル)はショートスプリントとパワートレーニングに焦点を当て,60 mがメインイベントである屋内シーズンでピークに達するようにトレーニングを行っていきます.屋内シーズン後には最大速度でのトレーニングが優先されますが,屋外シーズンが近づくとスプリント特有の持久性のトレーニングが優先されるピリオダイゼーションとなっています.
 しかし,様々なピリオダイゼーション論の結果を比較できる直接的な証拠はないとされているため,スプリントにおける特定のピリオダイゼーションモデルの優位性の根底にあるメカニズムはいまだに不明な点もあります(Haugen et al.,2019).


 

おわりに
 青山(2020)はトレーニング計画を立案する際にまず考えなければならないことは「何をめざし,どのように戦っていくのか」という,競技力形成の大きな枠組みとなるフレームワークを決定することであるとしています.コロナウィルスの影響により,目標となる競技会の開催が不透明な中で,今何をめざすべきか悩んでいるアスリートも多くいると思います.シーズンインした際に,冬季や自粛期間中の練習の成果を十分に発揮することができるように,時間がある今だからこそ,自分自身に適したトレーニングピリオダイゼーションを再考してみるのはいかがでしょうか?


   今回のコラムをもちましてトレーニング紹介企画が終了となります.6月11日には日本陸上競技連盟から「陸上競技活動再開のガイダンス」が発表されました.今後も最大限の感染防止が必要不可欠となりますが,今回のコラム企画を通して,RIKUPEDIAをご覧の皆様が今できること・今やるべきことを考えていただけたら幸いです.


参考文献
青山亜紀(2013)トップアスリートの試合に向けた準備システムを考える-ブロックピリオダイゼーションとは-.陸上競技研究紀要,9:27-31.
青山亜紀(2017)競技トレーニングの計画.日本コーチング学会編,コーチング学への招待.大修館書店,pp.218-228.
青山亜紀(2020)トレーニング計画と競技会への準備.日本陸上競技学会編,陸上競技のコーチング学.大修館書店,pp.100-115.
ボンパ:尾縣貢・青山清英監訳(2006)競技力向上のトレーニング戦略.大修館書店,pp.142-238.
Haugen,T.,Seiler,S., Sandbakk,Ø.,and Tønnessen,E.(2019)The training and development of elite sprint performance : an integration of scientific and best practice literature.Sports Medicine Open,5(44),doi:10.1186/s40798-019-0221-0.
村木征人(1994)スポーツトレーニング理論.ブックハウス・エイチディ,pp.62-74.
2020年6月21日掲載

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