活動再開に備えて今できるRLJ

MC2 犬井亮介


 RIKPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.今回のコラムを担当しますMC2の犬井亮介です.さて,世間ではコロナウイルスのパンデミックにより外出自粛要請が出され,数々の活動が制限されることとなりました.現在では自粛規制も緩和されつつあるものの,未だに多くのスポーツ現場では,十分な環境でトレーニングを再開できない,または再開できたがブランクが大きく何から始めて良いか不安だという方も少なくないことが予想されます.一方,これまでのコロナウイルスについての会見において安倍首相は「散歩やジョギングは何ら問題ない」と述べています.これは,不要不急の外出は避けるべきである反面,健康を維持するための行動として推奨されていると考えられます.このような心身の健康維持について,アスリートにとっては日常的に満足のいくトレーニングを行えないということも精神的な負担になると思います.そこで今回は,玄関先や道路,近くの公園などを利用したトレーニングについてご紹介します.当然のことながら,蔓延防止のためにもソーシャルディスタンスを確保し,感染リスクや交通安全を無視して実施することのないようご留意ください.


はじめに
 陸上競技における跳躍種目は,すべて助走を用いて水平スピードを高めてから踏切を行います.そのため踏切動作は,極めて短時間のバリスティックな伸張-短縮サイクル運動(Stretch-shortening cycle movement:SSC運動)によって遂行されています(図子・高松,1995).このようなバリスティックなSSC運動の遂行能力を向上させることは,陸上競技において高いパフォーマンスを発揮する上で必要不可欠であるといえます(図子ほか,1993).特に走幅跳や三段跳では,大きな水平スピードを踏切によって鉛直方向へと変換する必要があり,自粛期間に伴い跳躍トレーニングが十分に実施できないために,SSC運動の遂行能力が維持できているのか不安に感じることも少なくないと予想されます.そこで本コラムでは,主に走幅跳や三段跳の競技者に向けて,水平スピードに耐え得る踏切能力を養成することに重きを置き,競技場や砂場が使えなくとも実際の跳躍の代わりとなり得るトレーニングについてご紹介させて頂きます.


 

「高さ」 を活用した水平片脚跳躍トレーニング
 藤林ほか(2013)は,水平片脚跳躍を用いたバリスティックなSSC運動の遂行能力を測定評価するための試技として,リバウンドロングジャンプ(Rebound Long Jump,以下,RLJ)を考案しました.この試技は,跳躍競技者が現場でトレーニング手段として利用しているボックスエクササイズをもとに作成されており,後ほど詳しく述べますがトレーニングとして用いる際には,長い助走路や砂場がなくても片脚踏切におけるSSC運動の遂行能力を養うことができる運動であるといえます.まずは,この運動について説明していきます.
 RLJは,台上を助走して片脚で踏み切って跳び下り,その逆脚で接地し,できるだけ短時間に弾むように踏み切って可能な限り遠くまで跳ぶ跳躍運動です(図1).この2つの踏切について,図1にも示すように,台から跳び下りる跳躍はFalling Jump(以下,FJ),台から跳び下りた後の2回目の跳躍はPropulsive Jump(以下,PJ)とされています(藤林ほか,2013).この試技に用いられている台の高さについて,0.3mの時点で跳躍の遂行が困難になる参加者が存在したことが報告されており,先行研究では,安全性を配慮して0.1mに設定して行われていました(藤林ほか,2013;藤林ほか,2014).またFJ距離は,1m,2m,3mの3種類に設定され,それぞれの助走は,1mでは助走を用いないその場からのFJ,2mでは3歩の助走歩数によるFJ,3mでは5歩の助走歩数によるFJによって実施されていました.



 RLJのそれぞれのFJ距離における接地速度をみると,1mの試技では3.37±0.61m/s,2mの試技では6.56±0.43m/s,3mの試技では7.36±0.31m/sの水平速度であったと報告されています(図2).これらの結果は,対象者の実際の三段跳による踏切時の接地速度との相対値(以下,%接地速度)をみても,約35%から75%までの水平速度を網羅していたことも示されています(それぞれ相対値は,1mでは34.91±6.29%,2mでは68.23±4.23%,3mでは76.37±3.22%).さらに,それぞれの接地時間の平均値に着目すると,1mでは0.30±0.05s,2mでは0.19±0.02s,3mでは0.18±0.02sであり,1mの試技に対して2mおよび3mの試技では接地時間が有意に短縮していることが報告されています.また,これまでに走幅跳や三段跳における踏切時間は,0.12-0.20sであることが報告されています(大宮ほか,2009;志賀・尾縣,2004;植田ほか,1989).これらのことから,FJ距離を2m以上に設定したRLJ試技は,実際の走幅跳や三段跳の踏切時間に類似した,バリスティックなSSC運動であり,跳躍トレーニングとしての活用も有効であると考えられます.



 次に,RLJの遂行能力と実際の競技パフォーマンスとの関係についてみると,FJ距離3mの試技におけるRLJ indexとIAAF Scoreとの間に有意な正の相関関係が認められています(藤林ほか,2013).このRLJ indexとは,跳躍距離を踏切接地時間で除した指数であり,走幅跳や三段跳に内在するバリスティックなSSC運動の遂行能力を評価診断する指標として用いられています(式は以下に示します).

RLJ index(m/s)=跳躍距離(m)/ 接地時間

 また,FJ距離の増大に伴ってRLJ indexが減少した競技者(以下,減少群)は増加した競技者(以下,増加群)に比して,身体の屈曲-伸展動作を大きく利用した踏切動作を用いていたことが報告されています(藤林ほか,2014).そのため,大きな接地速度やそれに伴う大きな運動エネルギーに対応できなくなり,限られた時間での力発揮が困難になっていたと推察されています.一方で増加群は,身体の屈曲-伸展動作を最小限に抑えて,踏切前半局面において回転速度を高める踏切動作を行なっていたことが明らかにされています(図3).これらのことから,RLJをトレーニング手段として活用する場合には,接地に伴う衝撃に対して爆発的な下肢の支持機能と,身体を前方へと回転させる要因に重きを置いて取り組むことで,高い助走スピードを効果的に跳躍距離へと変換する能力が養成できる可能性があると述べられています.


競技場や砂場が使えなくても行えるRLJを応用したトレーニング
 ここからは,これまでにご紹介したRLJを用いたトレーニング手段についてご提案します.冒頭でも述べましたが,くれぐれも感染リスクや安全などへの配慮を欠かさないようにご留意の上で参考にしていただければ幸いです.
 RLJは,ある高さの台上を助走して片脚で踏み切って跳び下り,その逆脚で接地し,できるだけ短時間に弾むように踏み切って可能な限り遠くまで跳ぶ跳躍運動です.実施手順について,以下に示すとともに動画にてご紹介します.
   ① 身近なところで助走をして跳び下りるための高さのあるものを見つけます
   ② 見つけた台上にFJの踏切位置,そこから1-3mの地点にPJの踏切位置を設定します
   ③ まわりをよく見渡し,人や物などと衝突しないこと,危険が伴っていないことを確認します
   ④ 台上を助走し,それぞれの踏切位置を目安に跳躍をします
   (安全に実施するために最後は着地をせずに走り抜けると良いと思います)

 RLJは,実際の跳躍試技の代わりに,バリスティックなSSC運動の遂行能力を養うために効果的なトレーニング手段となり得ます.また,競技力や目的によって台の高さの変更や,あるいはFJ距離の変更など多種多様な調節ができます.さらに,三段跳を専門とする競技者の方は,FJの踏切脚と同様の脚でPJの踏切を行うことで,実際の三段跳におけるホップ-ステップを模したトレーニングも可能となります.このように,工夫やアレンジを加えることでより効果的なトレーニング手段となり得るところがRLJの良い点だと思います.砂場に向かって跳びこめる日が待ち遠しい水平跳躍競技者の皆様,そのための準備としてRLJを用いたトレーニングに取り組んでみてはいかがでしょうか.

 



公園の段差を用いたRLJ




公園の段差を用いたRLJ(ホッピング試技)


おわりに
 本コラムを最後までご覧いただきありがとうございました.今回は,コロナウイルスの影響によって未だに十分なトレーニング環境が確保できない,またはブランクを感じ,急に跳躍を始めるのが不安だという方々に向けて,競技場や砂場が使えなくともできるパフォーマンスと結びついた専門的なトレーニング手段についてご紹介いたしました.厳しい状況ではありますが,今は準備をするときだと思って腐らず頑張りたいものです.
 最後に,維新の三傑としても有名な西郷隆盛の言葉に「雪に耐えて梅花麗し」というものがあります.梅の花も寒い冬を耐え忍んで春には綺麗な花を咲かせます.現在,あらゆるイベントが中止となり,特にアスリートにとっては待ち望んだ春が訪れない状況にあります.しかしながら,春は必ず来ます.また,活動内容は制限され,変更せざるを得ないこともありますが,取り組むための時間はこれまでと変わりなくあります.同じ時間であれば,できないことを嘆くよりも未来のためにできることに取り組む方がずっと有意義だと思います.いずれ訪れるであろう春に向けて,今は耐え忍びつつ綺麗な花を咲かせるための準備をしましょう.皆様の綺麗な花が咲き誇る日々が訪れることを心より願っております.


参考文献
藤林献明・苅山靖・木野村嘉則・図子浩二(2013)水平片脚跳躍を用いたバリスティックな伸張-短縮サイクル運動の遂行能力と各種跳躍パフォーマンスとの関係.体育学研究,58:61-76.
藤林献明・苅山靖・木野村嘉則・図子浩二(2014)リバウンドロングジャンプテストの遂行能力からみた水平片脚跳躍において高い接地速度に対応するための踏切動作.陸上競技学会誌,12(1):33-34.
大宮真一・木越清信・尾縣貢(2009)リバウンドジャンプ能力が走り幅跳び能力に及ぼす影響:小学6年生を対象として.体育学研究,54;55-65.
志賀充・尾縣貢(2004)走幅跳競技者の下肢筋力と踏切中のキネマティクスの関係:膝関節と股関節に着目して.体力科学,53:157-166.
植田恭史・鎌田貴・古谷嘉邦(1989)三段跳における世界一流選手と日本の15〜16m,13〜14m選手との比較-跳躍距離,跳躍比,接地時間と滞空時間について.東海大学紀要,体育学部,19;49-56.
図子浩二・高松薫(1995)バリスティックな伸張-短縮サイクル運動の遂行能力を決定する要因:筋力および瞬発力に着目して.体力科学,44:147-154.
図子浩二・高松薫・古藤高良(1993)各種スポーツ選手における下肢の筋力およびパワー発揮に関する特性.体育学研究,38:265-278.
2020年6月8日掲載

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