どこでもできるRVJ

DC1 杉浦澄美


RIKUPEDIAをご覧の皆様

今回のコラムを担当させていただきます,博士課程1年になりました杉浦です.  『活動自粛が続くいま 何ができるか?何をすべきか?』シリーズ第2弾として,私からは「どこでもできるRVJ」をご紹介させていただきます.
 第1弾の木越先生のコラム中でご紹介いただきましたように,本学陸上競技部では走高跳競技者を対象に助走付き片脚鉛直跳躍(Running Single-leg Vertical Jump:RVJ)の測定を行なっています(図1).走高跳では,何を置いてもまず「高く跳ぶこと」が必要です.しかし,それだけで走高跳の記録が決まる訳ではなく,身長や下肢長など変化させることができない要素や,逆にちょっとしたことで変動しやすいクリアランス動作などの技術的要素も影響を及ぼしています(詳しくは後で説明します).RVJは,変化しない要素と変動しやすい要素の影響をできるだけ取り除き,走高跳競技者にとって最も重要である「高く跳ぶ」技能を評価・診断するために考案中のコントロールテストです.
 そこで今回は,走高跳の記録を構成する3要素から推定するRVJの目標値と,どこでもできるRVJの実施方法について提案させていただきます.



図1 RVJとは


走高跳の記録を構成する3要素

走高跳においてバーをクリアするためには,当然ながらバーよりも高く身体を持ち上げなくてはなりません.バイオメカニクス的研究では,身体の位置を“身体重心”に代表させて分析を行うことで,走高跳の記録を構成する3つの要素と,それぞれに影響を及ぼす要因について報告されています(Hay,1985)(図2).このうち,H1とH2の合計が最大重心高であり,バーをクリアするためには,基本的にこの最大重心高がバーの高さを上回る必要があります.さらに,それぞれに影響を及ぼす要因についてみると,H1は身長や下肢長などの身体特性の影響を受けており,H2は踏切足離地時点で身体重心が持っている鉛直方向の速度(以下,離地時の鉛直速度)によって決定されています.H1に影響を及ぼす身体特性は,個人内で大きく変化させることが難しいと考えられます.一方,H2を決定する離地時の鉛直速度は,踏切足接地時の身体重心の鉛直速度と,踏切中に身体重心に作用した鉛直上向きの力積が影響を及ぼしています(Hay,1985).つまり,H2は身体特性の影響をほぼ受けず,踏切動作によって獲得される要素です.したがって,走高跳の記録を向上するためには,踏切においてより大きな鉛直速度を獲得し,H2を高めることが必要不可欠となります.


図2 走高跳の記録を構成する3要素


 ここで,実際の走高跳における3つの要素についてみていきましょう.表1は先行研究から収集した,世界トップレベル競技者(WL)と日本トップレベル競技者(JP)の,記録を構成する3要素に関わるデータです(表中のmは男子,wは女子を示します).まず,男子についてみると,mJPとmWLの記録には10 cmの差があります.また,mJPはH1でmWLを10 cm下回っていますが,H2ではmWLを7 cm上回っています.つまり,少々残酷な現実ではありますが,mJPはmWLよりも跳んでいるが,身長が低くH1を大きくできないため記録に差が生じていると推察されます.一方,女子についてみると,wJPとwWLの跳躍記録には20 cm以上の差があり,wJPはH1で7 cm,H2で11 cmいずれもwWLを下回っています.したがって,wJPの場合は身長が低いだけではなく,H2の獲得も小さいことがwWLとの大きな記録の差に繋がっていると考えられます.
  世界トップレベル競技者と比較した日本人競技者の状況は男女で異なりますが,いずれにしても,短身な日本人競技者が長身競技者と戦うためにH2の獲得が特に重要であることは,いくら強調してもしすぎることはありません.


表1 世界トップレベル競技者と日本トップレベル競技者の跳躍パラメータ

mJP ;2009,2012,2013年日本選手権および2011年アジア選手権出場者:12名(礒崎・小山,2013)
mWL;2007年大阪世界選手権,2017年ロンドン世界選手権および2018年世界室内:24名(阿江ほか,2010a;Nicholson et al.,2017;Nicholson et al.,2018)
wJP ;2018年国民体育大会:10名(身長および身長比は9名)(杉浦ほか,2019)
wWL;2007年大阪世界選手権,2017年ロンドン世界選手権:17名(阿江ほか,2010b;Nicholson et al.,2017)



走高跳の目標記録からRVJでの目標値を推定する

では,自分は現在どれくらいH2を獲得できていて,目標の記録まであと何cm高く跳ぶ必要があるんだろうか…?と,気になりますよね.しかし,競技会において跳躍動作を撮影して分析し,身体重心の速度を算出してH2を計算するのはかなりの時間と労力を要します.そこで,ここからは上述の走高跳の記録を構成する3要素の考え方を用いて,走高跳で目標記録をクリアするために必要なH2の大きさを推定してみたいと思います.
 まず,表1におけるH1の身長比に着目してください.いずれのグループも69~70 %で,大きく変わらないことがわかります.したがって,多少のばらつきはありますが,H1はおおよそ身長の70 %の高さと見積もって良いでしょう.

H1=身長×0.7

 ここで計算したH1を走高跳の目標記録から減じれば,バーの高さまであと何cm身体重心を上昇させる必要があるかがわかります.しかし,実際の身体は身体重心のような点ではなく,厚みがありますし,必ずしもバーの真上で最大重心高をむかえるとは限りません.そこで,最大重心高とバーの高さとの差であるH3も考慮しておきましょう.H3は平均値でみるとmWLが7 cmで最も小さく,wJPが15 cmで最も大きくなっています.H3は言ってみればクリアランスで損している分ですので小さい方が良い値です.しかし,H3について競技レベル間で統計的に有意な差は報告されていませんので(礒崎・小山,2013;杉浦ほか,2019),同じレベルの競技者の中でもばらつきがあり,全体的にみて記録の優劣に及ぼす影響は小さいと考えられます.そのため今回は,日本人競技者のデータを参考に男子は13 cm,女子は15 cmとして計算してみましょう.

目標H2=走高跳の目標記録+H3-H1

 例えば,身長170 cmの女子競技者が走高跳で1.80 mを跳ぶ事を目標としている場合,目標となるH2の大きさは,180+15-(170×0.7)=76 cmとなります.表1のwJPのH2の平均値と比較すると少々高いと感じるかもしれませんが,wJPの中にもH2で80 cmを獲得している選手もいますし,wWLは平均で81 cm獲得していることから,目標値としてはおおよそ妥当な値でしょう.ちなみに,wWLの中で最も小柄なMcpherson選手(身長約164 cm)が1.92 mをクリアした時のH2は88 cm(Nicholson et al.,2017),Kostadinova選手が世界記録の2.09 mをクリアした時のH2はなんと96 cmと報告されています(Ritzdorf et al.,1989).–こちらはかなり古いデータですが…–.
 いかがでしょうか?みなさんの目標値は何cmでしたか?このようにして計算した目標H2の大きさを,RVJ目標値にしていただければいいかと思います.



  どこでもできるRVJ実施方法

 さて,RVJの目標値がわかったところで,最後にどこでもできるRVJの実施方法をご紹介します.普段はコントロールテストとして測定を行なっていますが,街中で高さを細かく設定できる物はなかなか見当たらないと思います.そのため,今回は「目標値を具体的に把握して実施できるトレーニング手段」として提案させていただきます.
★RVJは図1に示すように,「直線助走から片脚で踏み切り,上に高く跳ぶ運動」です.  方法は図3の通りです.
 ① 直立し,片腕をピンと伸ばした状態で,床から手の先までの高さを測定する
 ② 上述の計算式で算出したRVJ目標記録と①で計測した高さを足して,目標となる高さを決定する
 ③ 身近なところで目標の高さとなるものを見つける
 ④ 周囲の安全に留意して,助走をつけて,跳ぶ
  以上です.


図3 RVJ実施手順


 少々アバウトな感じがしますが,ここでは「目標値を具体的に把握して実施する」という点がポイントです.また,2階床の他にも,歩行者用信号機は地面から2.5 m以上,通常約2.7~3.2 mの位置に設置されていたり(※地域や場所によって異なります),バスケットゴールは一般規格で3.05 m,ミニバスの規格で2.60 mだったりと,目安になる高さはいくつかありそうです.さらに,iPhoneの“計測アプリ”を使えば,ある程度の物の長さや高さを計測することもできそうです(詳しい使い方は調べてみてください!).
 練習場所が限られ,跳躍技術の練習ができずにうずうずしているハイジャンパーの皆さん.この機会に「助走を利用して高く跳ぶ」という“シンプルな走り高跳び技能”のトレーニングに取り組んでみてはいかがでしょうか?

   
参考文献
阿江通良・永原隆・大島雄治・小山宏之・高木恵美・柴山一仁(2010a)第11回世界陸上 男子走高跳上位入賞者の跳躍動作のバイオメカニクス的分析.世界一流陸上競技者のパフォーマンスと技術,165-170.
阿江通良・永原隆・大島雄治・小山宏之・高木恵美・柴山一仁(2010b)第11回世界陸上 女子走高跳上位入賞者の跳躍動作のバイオメカニクス的分析.世界一流陸上競技者のパフォーマンスと技術,171-174.
Hay,J.G.(1985)The Biomechanics of Sports Techniques(4th Edition).Benjamin Cummings:San Francisco,:440-452.
礒崎大二郎,小山宏之(2013)近年の走り高跳び日本一流選手の踏切動作と高校一流選手 の特徴–キネマティクスに着目して–.陸上競技研究紀要,9:99-103.
Nicholson,G.,Bennett,T.and Bissas,T.(2019)Men's high jump - 2018 IAAF World Indoor Championships Biomechanical Report.1-49.
Nicholson,G.,Bissas,A.and Merlino,S.(2018)Women's high jump - 2017 IAAF World Championships Biomechanical report.1-36.
Nicholson,G.,Bissas,A.and Merlino,S.(2018)Men's high jump - 2017 IAAF World Championships Biomechanical report.1-35.
Ritzdrof,W.,Conrad,A.and Loch,M.(1989)Intra-individual comparison of the jumps of Stefka Kostadinova at the ⅡWorld Championships in Athletics Rome 1987 and the Games of the ⅩⅩⅣ Olympiad Seoul 1988.New studies in Athletics,4:35-41.
杉浦澄美・柴田篤志・小山宏之・長澤涼介(2019)日本トップレベルの女子走高跳競技者 における踏切動作のキネマティクス的特徴 (日本陸連科学委員会研究報告 第17巻 (2018)陸上競技の医科学サポート研究 REPORT2018).陸上競技研究紀要,14:191-196.
2020年5月1日掲載

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