活動自粛が続くいま 何ができるか?何をすべきか?

木越清信



 新型コロナウイルスの蔓延防止に向けて,世界中で人間の活動が自粛されています.我々が身を置く体育・スポーツにおいても例外ではなく,オリンピックをはじめ多くのスポーツのイベントが延期や中止になり,競技者の練習も制限されています.一方で,陸上競技場やウエイトトレーニング場が何不自由なく使用できるような日常では,なかなか取り組まないようなトレーニングに取り組む時間を得たとも言えそうです.日本の体育・スポーツは,これまでも幾多の困難を乗り越えてきました.東日本大震災は記憶に新しいところですが,過去には関東大震災もありましたし,戦争もありました.そのたびに,先人たちは,これらの困難を乗り越えて,体育・スポーツを発展させてきました.本学の前進,東京高等師範学校の初代校長である嘉納治五郎が関東大震災に際して出した論考(嘉納,1923)をみると,「今回の大震火災の善後策に就いて」や「禍を転じて福とせよ」などのテーマが見られ,関東大震災から日本の体育・スポーツをいかにして立て直すべきかが論じられています.例えば,「禍を転じて福とせよ」では,自分のことばかりを考えるのではなく,いまこそ他人のため,社会のため国家のため,他のために何をどうすることが良いのかを考えるべきだと説いています.多くの不自由が伴う時期ではありますが,体育・スポーツ界,社会のために我々が今やれることを粛々とやっていこうと思います.
 当コラムは,2013年に本学の陸上競技コーチング論研究室の有志の発案によって開設されました.このコラムを通じて,我々の研究活動によって得られた成果を発信しています.これによって,「ここまでは実際に調べられているよ」という確かな情報と不確かな情報との境目を示そうとしてきました.情報化が進んだ現代では,得られる情報量は膨大です.効果があるトレーニングや,速く走るための技術などに関する情報もあふれています.そんな時代を生きる我々が正しい情報にたどり着くためには,世の中にあふれた情報を取捨選択したり,真意を確かめたりする思想や態度を持つことが必要です.
 科学史家の村上陽一郎氏は,4月12日の日本経済新聞朝刊の「コロナと世界」において,「人は危機的な状況に陥ると不確かな情報に飛びつきやすい」ことから,新型コロナウイルスとの闘いにおける科学に携わる者の役割として,「社会の普通の人々が普通の感覚で抱く疑問に対し,分かりやすく丁寧に説明する姿勢が求められる」と述べています.ここでの情報とは,新型コロナウイルス蔓延予防や感染予防策に関する情報を指していますが,練習の自粛が求められ,限られたリソースでのトレーニングを余儀なくされた競技者にとっても,今やれるトレーニングに関して,不確かな情報に飛びつきたくなる状況であるといえるでしょう.村上陽一郎氏は,「今こそ『科学』的な思想と態度を身につけるときだ.自然の謎や『分からないこと』と真摯に向き合い,問い続ける.その継続によって良識は養われる」と締めくくっています.
 体育施設が閉鎖されている今,トレーニングを行う場所は,自宅,公園や道路などに限られています.青空のもとで桜が咲いている景色に目をやると,混乱にあることを忘れてしまいそうですが,戦争,関東大震災,東日本大震災に匹敵する混乱であることは間違いありません.こんなときこそ,科学的な思想と態度によって,今やれること,今やるべきことについて問い,社会のためにできることを考えていきたいと思います.
 そこで,このコラムでは,数回にわたって,限られた場所でもできるトレーニング手段およびその方法を,お勧めできる科学的な理由を添えてお伝えしたいと思います.まず,第一回目は,自宅や公園でできて,特殊なトレーニング器具を用いないトレーニング手段を考えていきたいと思います.何もかも足りないけど,時間だけはふんだんにあるこの状況において,トレーニング手段を精査しなくてはいけない理由はないかもしれません.しかし,せっかく時間があるからこそ,時間をかけて,よく考えて,トレーニング手段やその方法を選択することにより,平時に戻った時に,効果的なトレーニングを実施することができるようになるものと思います.


参考文献
嘉納治五郎(1923)禍を転じて福とせよ.柔道.2巻9号.2-8.
2020年4月25日掲載

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