RIKUPEDIAをご覧の皆様,DC2の佐藤高嶺です.今回のコラムでは競歩種目の判定について再考してみたいと思います.少しマニアックな話になりますがお付き合いください.
皆さんはどの程度競歩のルールについてご存知でしょうか?「地面から足が離れちゃいけないんでしょ?」
「膝を伸ばさなきゃいけないんでしょ?」
おおよそこのような答えが帰ってくるのではないかと思います.うーん,当たらずしも遠からずというところでしょうか.
競歩の定義は,「競歩とは、両足が同時にグラウンドから離れることなく歩くことをいう(ロス・オブ・コンタクトにならない)。前脚は、接地の瞬間から垂直の位置になるまで、まっすぐに伸びていなければならない(ベント・ニーにならない)。」と示されており,審判がこれを視覚による観察に基づき判定します(日本陸上競技連盟,2019a).
しかしながら,これらの視覚によるルール判定に関してはこれまで疑問の声があげられてきました(Knicker & Loch,1990).特にロス・オブ・コンタクトに関する判定の主観性は疑問視され,それによって公平な判定がなされないことは競技者の荒廃につながるだけでなく,競歩の管理体制そのものの信用をも失墜させることが危惧されます(Lee et al.,2013).実際,試合中の歩行動作を分析した報告ではほとんどの競技者に滞空時間が認められています(Hanley et al.,2011).このことが問題視される近年では,ロス・オブ・コンタクトを検知する電子デバイス(圧力センサーや慣性センサー)など審判の判定を補助するシステムに関する報告が複数なされてきており(Lee et al.,2013;Santoso and Styanto,2013;Gironimo,2017;Taborri et al.,2019),ついにWORLD ATHLETICS(旧IAAF)は今年,2021年の試合から電子制御システムを導入するという提言を行いました(WORLD ATHLETICS,2019).
そもそもなぜここまで現行の判定方法が問題視されるのでしょうか?
「Lee et al.(2013)は現在の判定方法が問題である理由を2つ挙げています.
1つ目の理由はヒトの目の時間分解能に関する問題です.時間分解能とは観測する画像に識別可能な変化を生じさせる最小の時間変化量のことで,時間分解能が高ければ高いほど,高速度で変化する画像を識別することができます(科学技術振興機構,2008).しかしながら,ヒトの目の時間分解能はそこまで高いわけではなく,0.05~0.10秒程度であるとされています(佐野,2018).つまり,これ未満の時間での変化は知覚できないか,あるいは残像が生じてしまうことになります.実際にKnicker & Loch(1990)とHanley et al.(2019)は,実験設定での競歩動作を審判に判定させ,それぞれ0.04秒未満,0.033秒未満の滞空時間であった場合にはロス・オブ・コンタクトの判定が困難となる可能性を示しました.加えて,審判は集団の中においてもロス・オブ・コンタクトとベント・ニーの両方を同時に注視しなくてはならないため,足の位置と膝の角度の両方を観察しなくてはなりません.しかしながら,競技者が集団で歩いている際に競技者一人ひとりの動きを明確に区別することは難しいと考えられ,このこともまた問題とされます(Lee et al.,2013).
2つ目の問題は審判の判定できる範囲に関する問題です.現行のルールでは,トラックでは6名,ロードでは6~9名(どちらも主任を含む)の審判が判定を行います(日本陸上競技連盟,2019a).このことは周回コースのいくつかの地点でしか判定が行われないことを意味し,選手たちの歩きを断続的にしか判定できないこととなります.また,一人の審判が複数の選手を一度に判定することはできないため,判定の機会は更に少なくなる可能性も考えられます(Lee et al.,2013).
これら2つの問題のうち特に一つ目の問題はヒトの目の限界による客観性の欠如を危惧するものとなっています.これに対し,WORLD ATHLETICSは競歩における審判の資格制度を整備しました(WORLD ATHLETICS,online).この審判資格はLevel1~3までが存在し,Level1が国内での審判を行える資格(ただし,日本国内はLevel1だけでなく日本陸上競技連盟が任命した者も審判となり得る),Level2はアジア選手権などのエリア規模の試合での審判を行える資格,そして,Level3が世界陸上やオリンピックなどの世界大会で審判を行える資格であり,Level3は4年任期での交代制となっています.それぞれの資格には,各資格に沿った育成プログラムが有り,それを修了しなければ資格を得ることができません.
しかしながら,これらの資格は客観性を担保しうるものなのでしょうか?Hanley et al.(2019)は,実験映像を用いて各Levelごとの審判の判定傾向について分析を行いました.その結果,ロス・オブ・コンタクトに関しては滞空時間の大きさと判定割合との関係にLevel間での差があまり見られず(つまり,高いLevelの資格を有する審判の方が短い滞空時間でもロス・オブ・コンタクトと判定できるとは限らない),資格に関係なくヒトの目に限界があることを改めて明らかにしました.その一方で,ベント・ニーの判定において接地時の膝関節角度と判定割合との関係を検討したところ,Level3の審判が最も高い相関(接地時の膝関節が屈曲しているほどベント・ニーの判定を下す)を示し,最も適切な判定が行えていたことが示されました.またLevel2,1の審判もLevel3ほどではないものの有意な相関を示したことから,適切な判定を行える可能性が示唆されました.その一方で,資格を持たない人たちでは相関がなく,膝が曲がっていない場合でもベント・ニーと判定してしまう可能性が示されました.
これらの結果から,ベント・ニーに対しては資格制度によって客観性がある程度担保され得るものの,ロス・オブ・コンタクトに関しては客観性を担保しきれないと考えられます.しかしながら,著者はこの研究の限界として,実験中の単独歩行を映像にて判定させたため,試合での判定を反映しきれないことを述べています.
これまで日本では試合中の動作分析と失格の有無や判定の内容との関係が事例的に継続して報告されてきています(法元ほか,2004;法元,2005;法元ほか,2005;法元ほか,2007;法元ほか,2010;三浦ほか,2012).これらの報告では全日本競歩や世界陸上および五輪を対象に分析を行っており,少なくともLevel1,Level3に属する審判の判定傾向が反映されていると考えられます.
これらの報告によると,ロス・オブ・コンタクトに関しては失格した選手が必ずしも失格しなかった選手よりも滞空時間が長いわけではありませんでした.このことから審判の判定は滞空時間の長さを基準とするのではなく,ロス・オブ・コンタクト局面を肉眼で視認しやすい歩行フォームに対して行われていると考えられました(法元ほか,2010).具体的には,男子20kmWでは回復期における膝関節が高いこと,女子20kmでは回復期前後半における踵が高く,接地前に上から下に足部が落下することにより審判がロス・オブ・コンタクトを視認しやすくなったと考えられました.このような動作は,陸上競技審判ハンドブックにおいてロス・オブ・コンタクトになりがちな歩型の特徴として挙げられています(日本陸上競技連盟,2019b).ただし,このような特徴はあくまでも着目点のひとつであり,ロス・オブ・コンタクトの判定に直接結びつくものではありません.あくまでも審判は両足が同時に完全に地面から離れたと目で明らかに確認できたときに反則とします(日本陸上競技連盟,2019b).
また,ベント・ニーに関してもイエローパドル,レッドカードを受けた選手や失格した選手とそうでない選手との間で支持期前半の膝関節角度に明らかな違いが見られないことから,審判が規則に定められた局面の膝関節角度とは異なる観点に着目していた可能性が示されました(法元ほか,2005;三浦ほか,2012).具体的には,支持期後期における膝関節屈曲が大きいこと,回復期後半に大きく,素早い膝関節の伸展が行われていないことがベント・ニーの判定につながったと考えられました.加えて,選手の中にはイエローパドル,レッドカードともにだされていないにもかかわらず接地時に膝関節角度が(通常屈曲していると考えられる)180度未満になっている選手もいました.しかしながら,審判ハンドブックには,「一連の動きの中では踵が接地した瞬間から棒のように完全には伸びておらず,接地の瞬間は伸ばし始めている動作の途中であり,若干曲がっているように見えることが多い。競歩審判員は競技者の支持脚の膝がからだの真下で完全に伸びていれば「規則通り」という判断でよい」とされているため,接地時にわずかに膝が曲がっていたとしても必ずしも,ベント・ニーと判定されるとは限らないと考えられます(日本陸上競技連盟,2019b).
以上のことから,実際の試合中の判定においては実験ベースの研究で基準とされる滞空時間や,支持期前半の膝関節角度だけを基準に判定が行われているわけではなく,それらが視認されやすい動作が行われた場合に審判は明らかな違反として滞空時間や膝の屈曲を認知可能になると考えられます.
このように競歩では,実質的に生じている歩型違反と審判が視覚によって認知する事ができる歩型違反に差があると言えます.これらのどちらを競歩における違反とすべきであるのかは賛否両論あるかと思いますが,それに対する答えはここでは出しません.しかしながら,法元(2010)が国際審判員の判定傾向を分析した際には,8名の審判の内1名しかカードを出されなかった選手も見られたことから,審判によっては他の審判と異なる観点で判定を行っている場合があることが示唆されました.つまり,審判の判定基準は必ずしも一致せず,少なからず主観性を含んでいることになります.この主観性は競歩にとってよくない結果をもたらしかねません(Lee et al.,2013).
現行の競歩の定義は今から100年以上前のものと類似しており(Schiffer,2014),電子デバイスなどが発展した現代において競歩における規則は今一度再考されるときに来ているのかもしれません.