円盤投のパフォーマンスに影響を与える体力および動作要因からみた合理的なコーチング

前田 奎

コラムをご覧の皆様,博士課程の前田です.今年度「円盤投のパフォーマンスに影響を与える体力および動作要因からみた合理的なコーチングのための指針の提示」という研究で,博士号を取得できる見込みとなっております.

今回は,その博士論文の内容を紹介するとともに,これまでの研究によって得られた知見をもとに,円盤投のコーチングについて検討します.コラムが始まった2013年から,6年の間に10回担当させていただきましたが,今回が私の担当する最後のコラムになります.少々長くなりますが,最後までご覧いただけると幸いです.

円盤投を含む投てき種目は,投てき物にできるだけ大きいエネルギーを与える必要があるため,投てき物を遠くに投げるためには,身長や体重などが大きいこと,爆発的な力発揮能力および最大筋力が求められます(ボンパ,2006;石河,1977;シュモリンスキー,1982;植屋ほか,1994;山崎,1993).また,限られた空間の中で高速で複雑な動作を行うことから,円盤投は技術的に難しい種目であるとされており(Hay and Yu,1995a),円盤投競技者には優れた技術の習得も要求されることがうかがえます.したがって,円盤投において高いパフォーマンスを達成するためには,体力および技術を高めることが必要不可欠であると考えられます.

円盤投の投てき距離と体力との関係について検討した研究(原ほか,1994;畑山ほか,2011)から,投てき距離の大きな競技者ほどフルスクワットやベンチプレスなどの最大筋力が高い値であったこと,ハイクリーン,スクワットの最大筋力,跳躍種目(立幅跳,立三段跳および両足三段跳)において高い能力を有していたことが報告されています.しかしながら,いずれの先行研究においても,投てき距離と各体力要因との相関関係の検討しかされておらず,投てき距離に対して各体力要因が与える影響の大きさについては明らかになっていませんでした.さらに,Hommel and Kühl(1993)は,投てき種目における,いくつかの体力要因の標準値を設定していますが,これらの値がどのようにして算出されたのかは明記されておらず,円盤投における各体力要因の標準値を示した研究は見当たりません.投てき距離に対して各体力要因が与える影響の大きさを明らかにした上で,目標とする投てき距離に応じて求められる体力基準を提示することができれば,より具体的なトレーニング計画の立案および実践の一助となる知見を得ることができると考えました.

円盤投の投てき動作については,世界トップレベルあるいはアジアトップレベルの競技者の動作の特徴を明らかにしたもの(Gregor et al.,1985;宮西ほか,1998;山本ほか,2010),パフォーマンスと動作中のキネマティクスや動作時間との相関関係について検討したもの(Leigh et al.,2008;Panoutsakopoulos and Kollias,2012;田内ほか,2007;前田ほか,2017;松尾・湯浅,2005;宮崎ほか,2016),投てき距離と地面反力および下肢のキネティクスとの相関関係について報告したもの(Yu et al.,2002)など,多くの研究が行われてきました.それらの先行研究において,円盤投において高いパフォーマンスを達成するための投てき動作については,ある程度示されているものの,一貫した見解が得られていないものも見受けられます.また,投てき動作に関しても,パフォーマンス(投てき距離あるいは初速度)との直接的な相関関係のみしか検討されていないといった問題点が指摘されます.尾縣・市村(1995)は,「運動構造は弾力的な可動性を持つ一つの全体であり,そこでは個々の分節がそれらの機能のなかで相互に影響しあう」というマイネル(1981)の見解について触れた上で,運動学習において効率的な指導を行うために,運動中の動作要因間の因果関係を踏まえて,的確なポイントを指導することが望ましいと述べています.つまり,円盤投においても,パフォーマンスとの直接的な相関関係だけでなく,動作要因間の因果関係が明らかになれば,「原因−結果」を考慮したコーチングのための着眼点を提示することができると考えました.

このような背景から,博士論文では,以下に示すような研究課題を設定し,円盤投における合理的なコーチングについて検討いたしました.
研究課題1:円盤投における投擲距離と体力要因との関係
研究課題2:円盤投における高い初速度獲得のための動作要因間の因果関係

以下,各研究課題で得られた知見について紹介した上で,円盤投における合理的なコーチングについて検討します.

研究課題1では,114名の日本人男性円盤投競技者を対象に,形態に関する項目およびフィールドテストで実施されている項目(これを体力に関する項目としました)について,質問紙法による調査を行い,投てき距離との関係について検討しました.その結果,表1に示したように,調査した全ての項目と投てき距離との間に有意な相関関係が認められました.このことは,先行研究および指導書(原ほか,1994;畑山ほか,2011;シュモリンスキー,1982;山崎,1993)の結果を支持しており,円盤投競技者には身長および体重が大きく,指極が長いことが要求されること,またパワー系体力を高めることが,円盤投の投てき距離を向上させるための一つの要因であることを示唆するものでした.研究課題1では,統計的な手法(重回帰分析)を用いて,投てき距離に対して各体力要因が与える影響の大きさについても検討しました.その結果,形態に関する項目では,指極および体重の順に,投てき距離に与える影響が大きいことが明らかとなりました.体力に関する項目では,それぞれの種目カテゴリ(投種目,ウエイトトレーニング種目,跳躍種目および走種目)から投てき距離との相関係数が最も大きな項目を用いて分析を行いました.その結果,砲丸バック投げ(7.26kg),スナッチ,立五段跳,30m走の順に投てき距離に与える影響が大きいことが明らかとなりました.この結果から,投種目,WT種目,跳躍種目,走種目の順に,優先度が高いということが示唆されました.さらに,研究課題1では,投てき距離との間に有意な相関関係が認められた項目について,単回帰分析を用いて,投てき距離に応じた各体力要因の標準値の推定を試みました.表2は,単回帰分析によって得られた標準値であり,これはトレーニングにおける目標設定や競技者の課題を把握する上で,有用な資料になると考えられます.


表1 各項目の平均値,標準偏差,最大値,最小値および投てき距離との相関係数


表2 投てき距離に応じた各体力要因の標準値

研究課題2では,61名の日本人男性円盤投競技者を対象に,3次元動作分析を行い,パス解析という手法を用いて,高い初速度を獲得するための動作要因間の因果関係について検討しました.その結果,図に示すようなパスモデルが得られました.なお,各動作要因の算出方法などの詳細については,前田ほか(2019)に示しておりますので,そちらを参照していただければ幸いです.それでは,得られたパスモデルについて局面ごとに解説いたします.まず,第一両脚支持局面(以下,「DSP1」と略します)では,体重移動から重心速度増加へ有意なパスが通っています.このことは,DSP1における積極的な体重移動(Hay,1985)による重心速度を高めることの重要性を示唆しています.第一片脚支持局面(以下,「SSP1」と略します)では,右脚振込動作から重心速度獲得および支持なし局面(以下,「NSP」と略します)への腰回旋動作へ有意なパスが通っています.このことは,SSP1における右脚の振込動作(Hay and Yu,1995b)が身体の推進に関わるという指摘(Silvester,2003)を支持しています.また,右脚の振込動作によって,NSPにおける腰の回旋量増大にも繋がることが示唆されました.NSPでは,左足離地時の重心速度獲得から左脚振込動作へ,左脚振込動作と腰回旋動作から右足接地時の体幹捻転動作へ有意なパスが通っていました.これらのことは,左足を強く地面に押し込む動作(Silvester,2003)が左脚の振込動作(Ohyama et al.,2008)につながること,左脚の振込動作と腰の回旋動作が体幹捻転角度の獲得につながることを示唆しています.第二片脚支持局面(以下,SSP2と略します)から第二両脚支持局面(以下,DSP2と略します)にかけては,右足接地時の体幹捻転動作からDSP2での体幹捻り戻し動作へ,SSP2の右下肢回し込み動作とDSP2の左膝伸展動作から脚部獲得速度へ,DSP2の体幹捻り戻し動作から体幹部獲得速度へ,DSP2の体幹捻り戻し動作と腰回旋動作から肩回旋動作へ,肩回旋動作から腕部獲得速度へと,それぞれ有意なパスが通っていました.そして,腕部獲得速度,体幹部獲得速度および脚部獲得速度から,初速度へ有意なパスが通っていました.これらのことから,大きな体幹の捻転角度を確保することで,大きな体幹の捻り戻しが可能となり,その結果体幹部獲得速度が高まること,右下肢の回し込み動作(小野ほか,2014)と左膝伸展動作(Yu et al.,2002)によって脚部獲得速度が高まること,大きな体幹の捻り戻しと速い腰の回旋によって肩の回旋が速くなり,その結果腕部獲得速度が高まることが示唆されました.また,腕部,体幹部および脚部といった身体各部による獲得速度が,初速度に対して影響を与えていることが明らかとなりました.研究課題2で示したように,それぞれの動作要因は他の動作要因に影響を与えることによって,間接的に初速度を規定しています.したがって,得られたパスモデルは,「原因−結果」という動作要因間の関係を踏まえた円盤投のコーチングに活用できると考えられます.

さて,ここからが本題です(前置きがだいぶ長くなってしましましたが…).博士論文では,総合考察として,研究課題1および2で得られた結果をもとにした,円盤投における合理的なコーチングについて検討しました.

まず,体力トレーニングについて,これまでの知見をもとにコーチングを実施する場合には,とにかく全ての体力を高い水準にする必要があるという解釈しかできず,コーチや競技者の経験から,優先的に実施するトレーニングを選択する必要があったと考えられます.研究課題1の結果から,日常的に実施されているトレーニング種目の中でも,円盤投の投てき距離に対して優先度が異なることが示されました.本コラムでは詳細な考察を割愛させていただきましたが,投てき距離に大きな影響を与えていた砲丸バック投げやスナッチといった種目は,動作様式や出力形態が円盤投の投てき動作と類似しています(前田ほか,2018).このように,目的とする動作(円盤投の投てき動作)との類似度というものを考慮しておくことは,トレーニングを実施する上で重要ではないでしょうか.また,一般に,円盤投競技者は,投てき距離を向上させるために,目的に応じた体力トレーニングを行っています(例:筋力を高めるためにウエイトトレーニングを行う,全身のパワー発揮能力を高めるために砲丸フロント投げ,バック投げを行う,など)が,競技者にとって,体力トレーニングに充てることのできる時間は限られている場合が多いと考えられます.例えば,体力トレーニングを行うための時間が限られている場合,砲丸バック投げおよびスナッチを優先して行うことで,効率的に円盤投競技者に求められる体力を習得できるかもしれません.一方で,ある程度体力トレーニングに時間を割くことができる場合や円盤投を始めて間もない場合には,各種目カテゴリで選択された5つの種目(砲丸バック投げ,スナッチ,立五段跳および30m走)を中心にトレーニングを行い,それらの中でも砲丸バック投げおよびスナッチを優先して行う必要があると考えられます.もちろん,5つの種目以外も,投てき距離との間に有意な相関関係が認められていますので,必要に応じて強化を図ることが求められるでしょう.そして,研究課題1で示した標準値を利用することで,それぞれの競技者にとって,より明確な目標設定,体力評価および課題の把握が可能になると考えられます.

次に,技術トレーニングについて,これまでの知見をもとにコーチングを実施する場合には,ある時点の動作のみに着目することはできても,その動作の改善のために何を行うべきなのか,ということについてはコーチや競技者の経験をもとに検討する必要があったと考えられます.どういうことかというと,例えばコーチング現場においても重要視されている「体幹の捻転を大きくすること」を課題とした場合,これまでの知見からは体幹の捻転に着目した指示を出すことは可能ですが,そのためにどういう動作を遂行すべきか,ということについて,明確な指示を出すことは困難である,ということです.研究課題2で示したパスモデルを活用することによって,例えば体幹の捻転を確保する際には,NSPで腰の回旋を大きくさせる,あるいは左脚の振込動作を強調させるといった具体的な指示が可能になります.このように,パスモデルを利用することで,前後の投てき動作のつながりを考慮したコーチングが可能になるため,競技者がより優れた投てき動作を習得するための多様なアプローチが選択できるようになると考えられます.



図 高い初速度獲得のための投てき動作のパスモデル
おわりに

本コラムでは,私の博士論文の研究成果をもとに,円盤投の合理的なコーチングについて示しました.博士論文では,体力要因と動作要因をそれぞれ独立させて,投てき距離や初速度との関係について検討しましたが,体力と動作は相互に関係していることも指摘されています(グロッサー・ノイマイヤー,1995;村木,1994;図子,2003).総合考察において,体力と動作との関係についても検討はしておりますが,あくまでも私の推察が中心であり,今後さらなる検討が必要であると感じています.

近年,日本における円盤投の競技レベルは確実に向上してきています.一昨年には,堤雄司選手(群馬綜合ガードシステム)が38年ぶりに円盤投の日本記録を更新し,昨年には湯上剛輝選手(トヨタ自動車)が堤選手の日本記録をさらに更新しました.しかしながら,近年の国際大会,特にオリンピックや世界選手権に日本人競技者は出場できておらず,さらなる競技力の向上が必要です.日本人競技者は世界トップレベルの競技者と比べて形態的に劣っていることも事実ですが(前田ほか,2018),形態的不利を補うだけの体力面の強化および優れた技術の習得ができれば,日本人競技者であっても国際大会へ出場し,活躍できるのではないかと考えています.そのためにも,私自身継続して研究および実践に取り組んでいきたい所存です.

最後になりましたが,読者の皆様には日頃のご支援に深謝申し上げますとともに,今後も変わらぬご愛顧を賜りますよう,お願い申し上げます.

*ご意見・ご質問がございましたら,前田 zx400n.95k@gmail.com までお願いいたします.

文献
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2019年3月24日掲載

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