棒高跳の記録向上は何で起こったのか?‐グリップ高vs抜き‐

DC2 景行崇文

RIKUPEDIAをご覧の皆さま,明けましておめでとうございます.今年も,陸上競技研究室を宜しくお願い致します.
前回のコラム掲載から1年近く経ち,ご覧の皆さんは「景行って誰?」と思った方もいらっしゃることでしょう….改めて自己紹介を致しますと,専門として十種競技を行っておりました.現在は陸上競技部のコーチングスタッフを務めながら,棒高跳の研究を行っております.これまでのコラムでは,棒高跳の局面構造や見どころについて触れ,競技者の動きに着目してきました.そこで今回は,何によって棒高跳の記録向上が起こったのかを知るために,世界記録の変遷をご紹介します.
昨今の棒高跳では,大きく曲がる弾性ポールが広く用いられており,競技会で目にする棒高跳は非常にダイナミックな競技です.ただ,後にも触れますが,弾性ポールが棒高跳で広く用いられるようになったのは1960年代からです。では、昨今よく目にする弾性ポールが普及する以前は、何をポールに用いていたのでしょうか?

棒高跳の起源~非弾性ポールを用いた跳躍

棒高跳の起源に関して,羊飼いが杖を使って川を越えたり,柵を跳び越えたりしたように生活の中から自然発生した説と,棒を使って湖や川を跳び越えるような競争を起源とした説があります(広田,1989;1990;飯干,2007).また,棒高跳の一番古い絵としては1793年にドイツの体育学者グーツムーツの本「ユーゲント(青少年)のための体操」であるとされ,遊びとしても棒高跳が行われていました(山崎,1976;広田,1990).つまり,棒高跳は普段の生活の中から自然と生みだされた競技なのです.なお,現在でもオランダにおいて川を跳び越える競技(Fierljeppen)は行われているようです(https://www.youtube.com/watch?v=xTf_zj0S9s0).

遊びや跳んだ水平距離を競う競技から高さを競う競技に変化した時期は正確には分かりませんが,高さを競う競技として1860年代には既に行われていた記録が残っており,このころから棒高跳が競技として成り立っていたことが分かります(広田,1990;木越,2015).高さを競うようになると,助走を用いてポールのより高い所を握るようになったため,折れない,そして強いポールが求められました.そのため,生活の中で用いる道具から木製(ヒッコリー材)のポールが用いられるようになりました(広田,1990).さらに1900年代前半では,より高い所を握ることができることに加え,軽い竹のポールが用いられるようになりました.特に,日本は良質な竹の産地であり,日本人競技者が世界で活躍した時代でもありました.1936年オリンピックベルリン大会の大江季雄・西田修平の5時間以上にも及ぶ名勝負(https://www.youtube.com/watch?v=RE2LqC73KsQ)を繰り広げ,「友情のメダル」として語り継がれる逸話が生まれたのも,日本の良質な竹があったからかもしれません.しかし,第2次世界大戦が勃発し,日本製の竹が海外に出回らなくなったことに加え,さらなる技術の進歩によって身体の大きな欧米の競技者に竹のポールでは耐えられなくなったため,1950年から金属(スチールやジュラルミン,アルミニウム)製のポールが用いられるようになりました(広田,1989;木越,2015).ただし,竹ポールでの最高記録は1942年にC. ワーマーダム(アメリカ)が樹立した4m77であり,金属製のポールでの最高記録は1960年にD. ブラッグ(アメリカ)が樹立した4m80であったように(広田,1989;1990;山崎,1976),金属製のポールが普及した時期は世界記録が停滞する期間でもありました.
金属性のポールが全盛期を迎えていた1950年代,アメリカのジェンクスが「竹ポールと同じ感触のポールを開発したい」との意図で考案し,グラスファイバー製のポールを開発しました(広田,1989).開発された当時,グラスファイバー製のポールは広く普及しなかったものの,1960年オリンピックローマ大会でクルツ(プエルトリコ)がグラスファイバー製のポールを用いて4位入賞を果たすなど,徐々に浸透していきました(広田,1989).そして,1961年に無名のG. デービス(アメリカ)が当時の世界記録である4m83をグラスファイバー製のポールで樹立した後は,爆発的にグラスファイバー製のポールが普及していきました.デービスの世界記録更新を聞いたD. ブラッグはショックを受け,「これから棒高跳びはサーカスの連中がやればいいんだ」と,グラスファイバー製のポールを試そうとせずに引退しましたとされています(安田,1997).
このように,棒高跳は生活の中から自然と生み出され,材質の変化と技術の進歩によって記録が向上してきましたが,時代の中でも世界情勢や技術の成熟によって,10数年間で3cmしか世界記録が更新されない時期もありました.そんな記録の向上が停滞した時期にグラスファイバー製のポールが普及したことで,金属製のポールで打ち立てられた世界記録がいとも簡単に塗り替えられ,世界記録は急激に伸びていきました(図1(a)).

では,この急激な記録の向上は弾性ポールの何によってもたらされたのでしょうか?

   弾性ポールを用いるメリット  

棒高跳の記録は図1(b)のように有効グリップ高(ポールが曲がっていない状態におけるポール下端と上グリップとの距離からボックスの深さ0.20mを差し引いた距離)と抜き(上グリップとバーとの高さの差)で考えることができます.ブラッグの有効グリップ高は4.05mで抜きの高さは0.75mであったの一方,前世界記録保持者のブブカ選手の有効グリップ高は5.00mで抜きの高さは1.15mであったとされています(安田,1997).また,その他の競技者の有効グリップ高および抜きを表1に示しています.ブラッグとブブカが活躍した時期は30年もの違いがあり,この間に棒高跳の世界記録は1m以上伸びました.ポールが大きく曲がると,ポールの反発が生まれるので高く跳ぶことができると考えてしまいます.しかし,実は記録の向上は有効グリップ高による貢献が大きいのです.では,なぜポールが大きく曲がることがグリップ高の向上に有効なのでしょうか?

棒高跳はグリップ周りにおける身体の振り子と,ポール下端周りにおける身体-ポール系全体の振り子の2重振り子として考えることができます(Hay,1993).特に,身体-ポール系全体の振り子はメトロノームをイメージして頂くと分かりやすいでしょう.メトロノームは,おもりを回転中心に近づけるとテンポが速くなり,おもりを回転中心から遠ざけるとテンポが遅くなります.これはおもりの位置によって回転中心周りにおける慣性モーメント(回転のしにくさ)が変化するためです.これを棒高跳に当てはめると,競技者の身体はメトロノームのおもりに相当し,ポールが大きく曲がると,身体が回転中心のポール下端に近づくため,ポールが下端周りに回転しやすくなり,ポールが立ちやすくなるのです.実際,ポールの湾曲を評価するポール最大湾曲率と記録との間には有意な正の相関関係が認められています(武田ほか,2005;2006).
このように,記録の向上にはグリップ高を高めることが有効であり,グリップ高を高めるためにはポールが大きく曲げることが有効です.ポールは圧縮力と曲げモーメントが加えられることで曲がっており,前者の貢献が大きいことが分かっています(Arampatzis,2004;Schade,2006).圧縮力とはポール下端と上グリップを結んだ線分(弦)方向に作用してポールを曲げる力のことであり,曲げモーメントとは弦に対して直角な方向に作用してポールを曲げる力(モーメント)のことです.この圧縮力によって起こるポールの曲がりは,オイラーの座屈荷重P_k=π^2 (EI⁄L^2 )として解釈することができ,座屈とは柱や棒の長軸方向に圧縮力を加えていくと急にぐにゃっと曲がる現象の事です.細かいことは記しませんが,分子のE(ヤング率)とI(断面2次モーメント)は柱や棒の材質および形状についての変形のしやすさ表したものであり,L(座屈長さ)は柱や棒の長さと境界条件(両端の状態)によって決まる値です.上記の式から分かるように,同等の材質および形状であれば,長いポールを用いるとLが大きくなるため,座屈荷重が小さくなります.つまり,用いる弾性ポールが長くなれば,座屈を引き起こしやすくなるため,より曲がりやすくなります.その半面,座屈が起こると過剰に曲がりすぎてしまい,ポールが破断するリスクを高めることに繋がります.したがって,グリップ高を上げていくのに伴い,ポールが折れない程度にポールを硬くする必要性が生まれるのです.ポールが硬くなることは,ポールの反発力が高くなるため抜きを高くすることができ,さらに高く跳ぶための要因であると考えられます(淵本,1992).しかしながら,ブラッグとブブカ選手の例より,ポールの反発による記録の向上は0.40m程度であり,総合的に考えると,やはりポールを硬くする必要性は長いポールを用いための副次的なものであると考えられます.
したがって,昨今広く普及している弾性ポールを用いるメリットは,非弾性ポールと比較してより高い所を持つことが可能になることです.そして,より高い所を握るためにはポールを大きく曲げることが有効ですが,高い所を握ることはポールの破断を引き起こす可能性を高めるため,さらにポールを硬くする必要性に迫られたものと考えられます.

まとめ

今回のコラムでは,世界記録の変遷について触れました.長い歴史の中で,ポールの材質が記録に影響していることがお分かり頂けたでしょう.昨今用いられている弾性ポールがなぜ普及したのか,そのメリットは何なのか.棒高跳の記録を構成する要因を再確認して頂き,ご覧いただいた棒高跳競技者のさらなる記録向上を願っております.加えて,棒高跳競技者ではない方も,棒高跳に興味を持って頂けたら幸いです.


図1(広田(1990)および安田(1997)を基に筆者作成)
(a)世界記録の変遷 (b)記録を構成する要因


表1 各競技者の有効グリップ高と抜き
(安田(1997)およびSchade et al.(2004)を基に筆者作成)



参考文献
Arampatzis, A., Schade, F., and Bru ̈ggemann, G. P.(2004) Effect of the pole-human body interaction on pole vaulting performance. Journal of Biomechanics, 37: 1353-1360.
Hay, J. G. (1993). The biomechanics of sport techniques (4th edition). Prentice Hall.
広田哲夫(1989)棒高跳.ベースボール・マガジン社.
広田哲夫(1990)棒高跳.日本陸上競技連盟編,スポーツQ&Aシリーズ実戦陸上競技‐フィールド編‐.大修館書店,pp.51-74.
淵本隆文(1992)スポーツ用具に注入されるエネルギーを測る-棒高跳ポールの場合-.Japanese Journal of Sports Sciences,11:188-193.
飯干明(2007)跳運動.田口貞善編,スポーツ百科事典.丸善,pp.515-518.
木越清信(2015)棒高跳.中村敏雄ほか編,21世紀スポーツ大辞典.大修館書店,pp.1296-1298.
Schade, F., Arampatzis, A., and Bru ̈ggemann, G. P.(2006)Reproducibility of energy parameters in the pole vault. Journal of Biomechanics, 39: 1464-1471.
Schade, F., Arampatzis, A., Bru ̈ggemann, G. P., and Komi, P. V.(2004)Comparison of the men’s and women’s pole vault at the 2000 Sydney Olympic Games. Journal of Sports Sciences, 22: 835-842.
武田理・村木有也・小山宏之・阿江通良(2005)身体重心速度およびポール湾曲度からみた男子棒高跳選手のバイオメカニクス的分析.陸上競技研究紀要,1:30-35.
武田理・村木有也・小山宏之・阿江通良(2006)男子棒高跳における重心水平速度変化およびポール湾曲度.陸上競技研究紀要,2:144-146.
山崎国昭(1976)棒高跳.ベースボール・マガジン社.
安田矩明(1997)ポールの材質による棒高跳びの記録の変遷.日本機械学会誌,100:1095‐1097.
2019年1月8日掲載

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