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今回のコラムを担当します,MC1年の杉浦です.
冬季練習に入り,基礎的な体力トレーニングとしてウエイトトレーニングを取り入れる方も多いと思います.ウエイトトレーニングの種目の中で最も有名なものの一つにスクワット運動があります.一般的にウエイトトレーニングのスクワットというと,脚で直立した状態から座るようにして脚を屈伸させて行う運動を指します.しかし,一口にスクワットと言っても自重で行うものやバーベルを担ぐもの,沈み込みが深いもの,浅いもの,ジャンプを伴うもの,片脚によるものなど運動形態は様々です.また,時期や種目など目的に応じて用いる運動形態を変えることもあるでしょう.そこで今回は,スクワットの種類による負荷特性の違いについてご紹介します.
2-1. 沈むこみ動作による筋活動の違いまずはスクワットの基本であるハーフスクワット(膝関節角度90度)とクオータースクワット(膝関節角度120~140度)における筋活動の違いについてです.膝関節角度が20度,90度,140度のスクワット姿勢でアイソメトリックな最大筋力発揮を行なった際の下肢筋活動を比較した研究では,膝関節90度で最も大きな筋活動がみられ,140度では最も筋活動が小さかったことが報告されています(Paul et al., 2016).すなわち,ハーフスクワットの方がクオータースクワットよりも下肢筋群の動員が大きいことが考えられます.さらに動員される筋について見てみると,大腿二頭筋や半腱様筋などの二関節筋(2つの関節にまたがる筋)では両スクワットで差がありませんでしたが外側広筋や内側広筋,大臀筋などの単関節筋ではハーフスクワットがクオータースクワットよりも有意に大きな筋活動を示しました(Paul et al., 2016).また,膝関節角度90度のハーフスクワットでは下肢筋群の中でも膝関節伸展に働く大腿直筋の筋活動が顕著であり,120度のクオータースクワットでは股関節伸展に働く大腿二頭筋の筋活動が顕著であったことも報告されており,ハーフスクワットの主働筋は膝関節伸展を中心としたもので,クオータースクワットの主働筋は股関節伸展を中心としたものであることも示唆されています(吉田ほか,2003).
これらのことから,ハーフスクワットは下肢筋群,特に膝関節伸展に関わる単関節筋の活動が大きく,クオータースクワットは股関節伸展に関わる筋群の活動が比較的大きいけれど,下肢筋群の活動全体は小さいという特徴を持つと考えられます.筋活動量が大きいということは,多くの筋(運動単位)が動員されていると考えられるため,下肢筋群に対してより負荷をかけるにはハーフスクワットの方が向いていることが推察されます.下肢筋群の使い方,力の入れ方を学習する時期ではハーフスクワットが良いかもしれません.
一方,跳躍種目の踏切における膝関節角度は約125~170度であることなどから,クオータースクワットはハーフスクワットよりも競技における関節角度と近い動作であると考えられます.クオータースクワットではハーフスクワットよりも大きな負荷重量を扱うことができることはみなさんも経験的にお分かりかと思います.実際に,両スクワットの出力(最大筋力,体重あたりの相対筋力,スピード筋力指数:最大筋力/最大筋力に到達するまでの所要時間)を比較した研究では,クオータースクワットにおける出力はハーフスクワットによるものよりも大きい値を示すことが報告されています(吉田ほか,2003).その理由として,関節角度すなわち姿勢によって各関節が出しうる力が変化することが挙げられます.脚伸展力は膝関節角度が60度あたりで体重の約1.5倍と最も小さくなり,膝関節角度が大きくなる(伸展していく)と脚伸展力は増大し,140度あたりでは体重の約4~5倍になります(阿江・藤井,2002).したがって,クオータースクワットの姿勢はより大きな脚伸展力を効率的に発揮できる姿勢であると考えられます.
スクワットのような“クローズド・キネティック(末端のセグメントが外部抵抗に接している運動)においては,「外部に出力される力は最も弱い部分に規定される」という特徴を有しています(Rivera.,1996).つまり,より大きな脚伸展力の発揮が可能なクオータースクワットでは下肢の筋力よりも体幹の支持筋力が制限因子となる可能性が考えられています.一般的に,左右同時による両側性の筋収縮力が左右それぞれによる一側性の筋収縮力の合計よりも低くなるという「両側性機能低下」という現象があり,等尺性筋力の低下率(両側/一側×100)は約91%であることが示されています(小田,1988).膝関節角度120度と90度でのスクワットおよびレッグプレスでのアイソメトリックな最大筋力発揮を両脚と片脚で行った研究において,レッグプレスでは左右片脚での発揮筋力の合計に対する両脚での発揮筋力の割合(以下,両側での筋力低下率とする)が膝関節90 度で91.4%,120度で91.8%であったのに対し,スクワットでは膝関節角度90度で97.8%,120度で72.6%であったことが報告されています(吉田,2008).ここで注目する点は,レッグプレスでは膝関節角度90度と120度における両側での筋力低下率がほぼ同じであったのに対し,スクワットでは120度での低下率が約25%も大きかったことです.120度のクオータースクワットにおいて特に両側での筋力低下率が大きかった理由として,両側性機能低下だけではなく,体幹の支持筋力が制限因子になっている可能性が考えられます.クオータースクワットの場合,片脚での脚の発揮筋力は体幹の支持筋力の許容範囲に収まりますが,両脚での脚の発揮筋力は前述した,効率的に力発揮できるという特徴から体幹の支持筋力を上回り,体幹の筋力が”クローズド・キネティックチェーン”における制限因子となったことが推察されています(吉田ほか,2003).
これらのことから,両脚でのクオータースクワットは大きな脚伸展力を発揮でき,大きな負荷重量を扱うことができますが,その出力は体幹の支持筋力によって制限されていることが推察されます.したがって,クオータースクワットは脚伸展力というよりも体幹の支持筋力を高めるトレーニング手段としての意義が大きいことが示唆されています(吉田ほか,2003).
なお,ここでご紹介した吉田ほか(2003)とPaul et al.(2016)では脚伸展筋力に着目し,アイソメトリックな力発揮における特徴から各スクワットの特性について述べられています.そのため,トレーニングで行うダイナミックなスクワット運動とは力発揮特性や負荷が異なることには注意が必要です.すなわちこれらの知見は,屈曲・伸展を行うダイナミックなスクワット運動のうち屈曲局面(エキセントリック局面)を含まない等尺性の伸展局面(コンセントリック局面)における特性を示唆しています.
スポーツに内在する運動の多くが片脚によるものであり,より競技に近い動作での筋力・パワートレーニングの手段として片脚によるスクワットが取り入れられています.片脚スクワットは骨盤を介して身体を保持するため,両脚スクワットとは解剖学的および力学的に異なる条件によって遂行されていると考えられます(苅山ほか,2018).具体的には,両脚スクワットと片脚スクワットを比較した研究では,片脚スクワットで中臀筋などの股関節外転筋やハムストリングスの筋活動が大きかったことが報告されています(McCurdy et al. ,2010;吉田ほか,2008).さらに,骨盤の挙上・下制動作を強調した片脚スクワットである「骨盤スクワット」では,股関節外転筋群および体幹側屈筋群の力・パワー発揮が両脚スクワットや普通の片脚スクワットよりも大きいことが報告されています(苅山ほか,2018).これらのことから,片脚スクワットでは股関節外転や体幹側屈に関わる筋力を高めるトレーニング手段であることが推察されます.近年,様々な片脚ジャンプにおいて股関節外転や体幹側屈による力発揮が跳躍高の獲得に貢献していることが報告されており(苅山ほか,2012,2013;Shimizu et al.,2015;佐渡・藤井,2014;佐渡・深代,2018),片脚スクワットは片脚運動に対してより専門的なトレーニング手段であることが考えられます.また,前述のように片脚スクワットで扱う負荷重量は両脚スクワットよりも小さく,下肢の発揮筋力は体幹支持筋力の許容範囲内に収まると考えられるため(吉田ほか,2003),両脚では体幹支持筋力が制限因子になってしまうクオータースクワットも,片脚で行えば下肢に対しても十分な負荷をかけることができるかもしれません.
4,まとめ以上3つのスクワット運動の特徴を簡単にまとめると以下のようになります.