競技における「感覚」について ‐スポーツ指導における感覚‐

MC1 金子渓人

RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは(こんばんは).今回コラムを担当いたします,M1の金子です.どうぞよろしくお願いします.

1.はじめに

突然ですが,スポーツをやっていて,「どうやったら○○の動作が出来るようになるのだろう」というような疑問を持った事はありませんか.そして,自分がどうやっても出来ない動作を他の人がいとも簡単に行っているのを見て,「あの人はどうやって身体を動かしているのだろう」と思った事はないでしょうか.
今回のコラムでは,スポーツ場面における動作の習得について,個人の主観的な意識,感覚という点から述べていこうと思います.

2.動作習得  

まず,アスリートがある動作を習得するまでのプロセスから述べていきます.浅野ほか(2014)の研究では,「動作習得は,まず運動者の中に<変化への希求>があり,<コツ獲得を志向する契機>が生じるところから始まるとしています.そこから<コツ獲得に向けた練習>を行う中で,自分の理想の動きの意識や感覚といった明確な理想と、自分の動作とのすり合わせを行いながら練習を積み重ねていく」ことが述べられています.つまり,動作の習得の為には,動作時の意識や感覚の明確な理想像について理解していることが必要であるといえます.

では,そもそも「感覚」とはどのようなものなのでしょうか.
3.「感覚」

スポーツ場面では,「感覚」といった言葉が頻繁に使われています.
「感覚」という言葉には一般的には2つの意味があり(広辞苑第七版),①光・音や,機械的な刺激などを,それぞれに対応する受容器が受けたときに経験する心的現象.②物事を感じとらえること.また,その具合.とされています.

スポーツでの「感覚」について,金子(2009)は,運動をしているまさにその瞬間に生じている身体の運動意識,自分の運動の中の「動ける感じ」,「感じつつあること」に焦点をあてていると述べています.こういったスポーツ場面における「感覚」を走りの場面で例えると,走っている時の足部の接地位置,地面を蹴る際の力の入れ具合といったような動作時の感覚や意識などを指しているものがあり,上記の一般的な意味での感覚とは異なるものも含まれます.

また,運動者が自らの運動時の動作意識や身体意識を捉えようとすることは自己観察と呼ばれています(岡端,2009).そして,記録に影響する技術要因について理解する為には,自己の動きを外から見る他者観察的視点とともに,このような自己観察的な視点から技術について理解することが必要であるともいわれています(図子,2003).

4.「感覚」を用いた指導

スポーツ指導の現場においては,主観的な解釈による運動感覚が重要な役割を持つと金子(2005)は述べています.また,指導者が何を伝えるのかという指導素材を構成化しないことにはコーチングは成立しないとも述べられています(金子,2009).指導者は,自らの運動感覚と,それがどのようにして発生したものであるかを分析し,それを指導素材として運動者に伝え,運動者の中にも動感注1)の発生を促すという役目があるとされています(金子,2007).

また金子(2007)は,運動指導の前提として,指導者には「促発身体知」というものの内在に言及しています.これは,「生徒や選手の創発志向体験を触発してその動感形態の発生を促すことが出来る指導者自身の身体能力」と説明されています.このような,学習者の「できる」を引き出す身体知が指導者にとって不可欠であるとされています.

5.運動指導と実際のスポーツ現場

運動指導の現場における指導者の役割は上述のとおりですが,では,指導者がいなければ,運動者は動作の習得ができないということになってしまうのでしょうか.
 日本の陸上競技,さらにはアマチュアスポーツ自体が学校制度の下での課外活動(部活動)によって普及されており(村木,1998),中学高校,大学と環境が変わるにつれて指導者が変わったり,いなくなったりするといった特徴が見られます.そのため,指導者がいない環境では,上述のような「促発」をしてくれる指導者のいない状況で,運動者が動作習得に関する試行錯誤を行っていく必要があります.

戸倉ほか(2009)は,「チームメイトとの動感に関する会話」によって短距離走のクラウチングスタートにおける技術の改善が生じたことを述べており,運動者間で動作時の感覚や意識に関する情報交換もまた効果的であることが示唆されます.さらに,戸倉ほか(2009)は,指導者の感覚と運動者の感覚との間に不一致が生じると指導の効果が得られないことも報告されています.つまり,教える側と教えられる側の意識や感覚の一致が動作習得における重要な要因であることがいえます.

これらのことから,必ずしも指導者がいなければ,動作習得が行えないということはなく,優れた動作時の意識や感覚を持つ他者との会話によってそれらを引き出し,それを上手く個人の中で理解し意識,感覚の発生を生じさせることが出来れば,指導者のいない環境でも動作習得の為のヒントを得ることは十分に可能であることがいえます.

6.まとめ

動作習得において,自らの意識や感覚といった主観的な情報は重要な役割をもちます.そのため,指導者や優れた運動者の持つ意識や感覚を知ることが効果的であると言えます.それによって,動作習得における動感を発生させるきっかけになるかもしれません.


注1)金子(2005)は動感について,「私の身体性のなかに息づいている,“動いている感じ”」と述べている.


参考文献
浅野友之,中込四郎(2014)アスリートのコツ獲得におけるプロセスモデルの作成.スポーツ心理学研究,41(1):35-50.
新村出編(2018)広辞苑第七版.岩波書店.
金子明友(2009)スポーツ運動学.明和出版:296-297.
金子明友(2005)身体知の形成(上)(下).明和出版.
金子明友(2007)身体知の構造.明和出版.
村木征人(1998)スポーツ・トレーニング理論.ブックハウス・エイチディ.
岡端隆(2009)スポーツ運動学における運動観察の方法に関するモルフォロギー的一考察.静岡大学教育学部研究報告 (人文・社会科学篇),59:41-52.
戸倉広晶,佐藤徹(2009)運動指導における運動感覚の言語表現と動感共鳴:陸上競技のクラウチングスタートについて.北海道教育大学紀要教育科学編,60(1):203-213.
図子浩二(2003)スポーツ練習による動きが変容する要因-体力要因と技術要因に関する相互関係-.バイオメカニクス研究,7(4):303-312.
2018年11月11日掲載

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