トレーニングを1つのものさしに落とし込む

MC1 伊藤明子

RIKUPEDIAをご覧の皆様

こんにちは,MC1の伊藤明子です.例年以上に暑かった夏も過ぎ,秋季さわやかなよい季節となりましたが,皆様いかがお過ごしでしょうか.これから駅伝シーズンが始まりますが,秋のシーズンも終盤に差し掛かり,今シーズンのトレーニングの反省をし,冬期や来シーズンに向けてトレーニング計画を立てている方も多いのではないかと思います.
そこで今回のコラムでは,トレーニング負荷のモニタリング方法についてご紹介したいと思います.一口に「陸上競技者のトレーニング」と言っても行われている内容は様々です.ランニング,跳躍練習,投擲練習,ウエイトトレーニング,補強等々・・・,様々なメニューを組み合わせてトレーニングが行われています.メニューや反省をトレーニング日誌に記録している競技者も多いのではないでしょうか?
しかし,様々なトレーニングが入り交ざっているトレーニング全体の負荷が実際どの程度あるのかを把握して調節することは容易ではありません.あれもこれもやらなくてはいけないと思って詰め込みすぎてもやり切れません.さらにトレーニング全体の負荷を把握できず,知らず知らずのうちに過負荷が行き過ぎた結果,トレーニングのストレスによる慢性疲労に陥りパフォーマンスが低下し,短期間では回復しなくなった状態,即ちオーバートレーニングに陥ることもあります(白山,1996).
そこで,様々なトレーニングによって身体にどのくらいの負荷が掛かっているのかを一定の評価基準で評価することは,アスリートがトレーニングプログラムに適応しているかを判断し,行き過ぎたトレーニングストレスによるオーバートレーニング,病気,および怪我のリスクを低減する手段となり得ます(Phillip et al., 2012).村木(1994)は,アスリートは,負荷をモニタリングしながらパフォーマンスを向上させるためにトレーニング負荷,頻度,トレーニング時間,および強度をトレーニングサイクルの中の様々な時点で調節する必要があると述べています.さらにマトヴェエフ(1985)は,トレーニング負荷をモニタリングすることは,選手に課せられたトレーニング内容・要素を特徴付ける基準として重要であると記しています.

【トレーニング負荷の分類】

トレーニング負荷は,外部負荷(External Load)と内部負荷(Internal Load)の2種類に分けることが出来ると言われています(マトヴェエフ,1985).
外部負荷とはアスリートの内部特性と無関係に測定される「仕事」として評価され,従来これがトレーニング負荷定量の基礎となっています(Halson,2014).陸上競技においては,走行距離,運動継続時間,トレーニング運動の反復回数,運動の速さとテンポ,挙上重量等を意味します(村木,1994).
一方内部負荷は,トレーニング運動の遂行に際しての選手の生理学的,バイオメカニクス的,心理学的な反応の度合いを意味します(Halson,2014).
外部負荷定量が客観的にトレーニングを把握・記録するために重要であるのはもちろんですが,相対的な生理学的および心理的ストレスを含めた内部負荷も,トレーニングへの適応度合いを評価し,その後のトレーニング負荷を決定する際に重要です.
例えば同じタイムで400mを走れたとしても,低い努力度で気持ちよく走れたのか,ゴール後倒れ込むくらい全力で走った結果のタイムなのかによって,身体にかかっている負荷は異なります.この違いは,「400mを〇秒で〇本走った」という表現だけでは表しきれません.このように,「この速度でこの距離を余裕をもってこなせるようになったから,負荷設定を変えてみよう」といったように,外部負荷と内部負荷,両方のメリットを生かして組み合わせることがトレーニングモニタリングに必要とされます.

【Session RPE】

主観的運動強度:The rating of perceived exertion(RPE)とは,直前の運動に対して選手が感じた強度を表1のスケールを使用して示し,トレーニングや競技後の主観的な努力に関する情報を測定できる方法です.
この指標は定常運動および間欠的運動中の心拍数と相関関係があることが知られていますが,これのみでは短時間の高強度運動とはほとんど相関関係がないことが報告されています(Green,2006;Little et al.,2009).RPEはトレーニング時間,心拍数等の他の変数と組み合わせることによって,より正確な負荷のモニタリングにつながると言われています(Borresen et al,2009).
そこでRPEとトレーニング時間を組み合わせた方法としてSessionRPE法があります.この方法はFoster(1998)によって開発され,RPEに運動時間を乗算することでトレーニング負荷を推定する複合的な指標であり,特別な用具を必要とせず心拍数といった生理学的負荷も反映し,トレーニング負荷を定量できる簡便な方法です(Foster,1998).この方法を用いれば活動の休息時間やストレスを含めた運動強度を評価することができるかもしれません.この方法の有効性は持久性選手を対象とした多くの先行研究で報告されています(Busso et al.,1994;Foster.,1998;高山ほか,2015a;高山ほか,2016b).さらに,陸上競技400mスプリンターといった短時間高強度運動を行う選手を対象とした研究にも用いられています(Suzuki et al.,2004).


日本ストレングス&コンディショニング協会(Lee et al.,2011)がBorg(1982)を日本語訳表示したscaleをもとに筆者作成

また,トレーニング時間とRPEから算出したトレーニング負荷を使って,1週間のトレーニング負荷の単調性を示すMonotony,緊張度を表し生体負荷の指標とされ,オーバートレーニングとの関連が認められるStrainも算出することが出来ます.
Foster(1998)は,「トレーニング負荷が高く,変動も小さい単調なトレーニングは選手のコンディションを悪化させる」と報告しています.即ちTraining LoadおよびMonotonyが高いトレーニングを続けることは,Strainの上昇を引き起こし,コンディション悪化につながる可能性があるということです.トレーニング負荷だけでなく,週の中でトレーニングにどのように強弱をつけるかもポイントになりそうです.


図1 トレーニング負荷の種類とSession RPEの分析方法

実際,「トレーニング時間とRPEだけでトレーニングを定量するなんてアバウトだなぁ」と感じる方もいらっしゃると思います.この点に関してBanister and Calvert(1980)や中垣ほか(2014)は,トレーニングの定量では様々な方法や評価基準の設定がなされているが,これらの値の設定よりもトレーニング期間中,一定の評価基準でトレーニングを評価し続けることの方が重要であると述べています.これらの先行研究を鑑みると,「最小限の負担で,もともと性質が異なる様々なトレーニングを1つのものさしで測ることができる」という点から,この方法は実用性が高いのではないかと考えられます.筆者も自身のトレーニングでSessionRPEを算出し,前回担当したコラム(是非一読ください!)でご紹介した指標と併せてコンディションを評価し,「先週は負荷も高かったから少し気を付けよう!」といったように,活用してみています.

この冬皆さんも,多岐に渡る自身のトレーニングを1つのものさしに落とし込んで,トレーニング負荷を掴んでみるのはいかがでしょうか?



参考文献
Busso,T.Candau,R.and Lacour,J.R.(1994)Fatigue and fitness modelled from the effects of training on performance.European Journal of Applied Physiology and Occupational Physiology,69:50-54
Foster,C.(1998)Monitoring training in athletes with reference to overtraining syndrome. Medical & Science in sports & exercise,30:1164-1168
Green,J.McLester,J.and Crews,T.(2006) RPE association with lactate and heart rate during high-intensity interval cycling.Med Sci Sports Exerc,38:167-172.
Halson S.L.(2014)Monitoring training load to understand fatigue in athletes.Sports Med,44:139-147
早野順一郎・岡田暁宣・安間文彦 (1996) 心拍のゆらぎ : そのメカニズムと意義.人工臓器,25:870-880
Lee,W.Aaron,C.Jon,B.Narelle,S.and Katie,S.:日本ストレングス&コンディショニング協会訳(2011) セッションRPE を用いた水泳選手のトレーニング負荷のモニター.Strength & Conditioning Journal,18:43-47
マトヴェエフ,L.P.(1985)スポーツトレーニングの原理.白帝社
村木征人(1994)スポーツトレーニング理論.Book house HD:152-193
中垣浩平・尾野藤直樹 (2014) 簡易的なトレーニング定量法の有用性:カヌースプリントナショナルチームのロンドンオリンピックに向けたトレーニングを対象として.体育学研究, 59: 283-295
Phillip,A. B.,Eric,J.,and Krista,Woods(2012)Recovery from training: A Brief Review.Journal og Strength and Conditioning Research,22:1015-1024
Robinson,D.Robinson,S.and Hume,P.(1991) Training intensity of elite male distance runners. Med Sci Sports Exerc,23:1078-1082.
Shozo,S.Tasku,S.Akinobu,M.,and Yasuo,T.(2006)Program design based on a mathematical model using rating of perceived exertion an elite Japanese sprinter: A case srudy journal of strength and conditioning research, 20 : 36-42
高山史徳・佐久間広貴(2015 a)市民ランナーにおけるマラソンレース前のトレーニング評価―セッションRPE法を用いた検討―.スポーツパフォーマンス研究,7:135-146
高山史徳・宮崎喜美乃・山本正嘉(2016 b)女性トレイルランナーおよびペース戦略76.7 kmトレイルランニングレース優勝を事例として.スポーツパフォーマンス研究,8:180-198
2018年10月3日掲載

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