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はじめまして.今年の4月に筑波大学大学院に進学した,MC1の中国人留学生の張碩と申します.私は高校三年生まで中距離競走をやっていましたが.現在,走幅跳の研究をしています.よろしくお願いいたします.
今回のコラムでは,走幅跳における空中局面の反り跳び動作とシザース動作との違いについて紹介させていただきます.
陸上競技の走幅跳は,助走,踏切,空中,着地の4つの運動局面から構成されており,助走で水平方向の速度を得た後に,踏切動作によって跳躍し,空中で身体のバランスを保つための動作を行い,踏切板から着地位置までの距離を競う種目です.深代(1990)は,走幅跳のパフォーマンスは「跳躍距離=助走速度×技術」と表すことができると述べています.さらに,技術に該当する踏切準備動作や踏切動作に関する研究 (青山ほか,2001;青山ほか,2005;Coe et al., 1997;伊藤ほか, 2009;Panoutsakopoulos et al.,2010)が近年では多く行われています.しかし,技術は踏切局面のみならず,空中局面においても重要であるにも関わらず,実際には空中局面の技術に関する研究は多くありません.
た,現在の世界上位の競技者が使っている空中局面の技術は反り跳び技術とシザース技術の二つがあり,シザース技術は多数の世界上位の競技者に用いられています.その中では,8.90mを超える記録を作ったトップレベルの競技者は,シザース技術を用いていました(Bob Beamon(1968),Carl Louis(1984),Mike Powell(1991)).なぜより良い記録を作った競技者はシザースを多用するのでしょうか.
まずは,踏切による体の前方回転が空中動作へ及ぼす影響から考えてみましょう.
踏切時(着地の瞬間)には踏切足が受ける地面反力で身体は回転運動を引き起こします.図1には地面反力の水平方向成分Fx,鉛直方向成分Fzと踏切足の地面反力の作用点から重心までの距離 (x,y)を表していますが,踏切支持脚の真上に身体重心が来るまでの間(局面a)では.鉛直方向地面反力が身体を後方に回転させようと作用します.その後は地面反力の水平,鉛直方向のそれぞれの成分が身体を前方回転させようとするモーメントとして生じます.また,踏切局面の後期では,わずかの後方回転モーメントが発生します.図1の角力積の負 (後方回転),正 (前方回転) の総和は跳び出し時に身体が持つ角運動量となります.総じて,総和が正の方向に変位していく結果,前方方向のトルクが増すため,前方回転を生み出します.しかし,空中では重力以外に空気抵抗しか作用しないため,前方回転トルクが保存されます.そのままでは身体は前方に回転をしながら跳んでいってしまいます.姿勢を維持するためには選手は上肢と下肢を前方回転させる技術を行う必要があります.ここで述べた上肢と下肢を前方回転させる技術は,反り跳び技術(踏み切り後,空中で全身を反らせ,着地直前に前屈姿勢をとる跳び方)とシザース技術(踏み切り時にスウィング脚の引き上げを強調し,空中では腕を回すのに合わせて1歩か2歩の走行に似た運動を行う跳び方)という二つの空中局面の技術があります(深代ほか,1990).
つまり,中局面動作の役割は前方回転を相殺し,体にバランスを取らせることだと考えられます.
では,シザース技術と反り跳び技術は体のバランスを取るにはどちらがより有効的なのでしょうか.
陈志伟(2001)は,体の空中局面における動作のキネティクス的分析を行い,剛体方程式を用いて,反り跳び,シザースの二つの技術における角運動量を算出し,空中動作による大きな違いが見られたと述べています.その中では,シザース動作に必要な角運動量(2.08kg・m/s)は反り跳び動作に必要な角運動量(1.45kg・m/s)より大きいことが示されました.また,陈志伟(2001)によって,角運動量の大きさが上記に示した空中動作に必要な数値にたどり着かない場合,身体のバランスが崩れ,正確な着地ができなくなってしまうため,人は自動的に姿勢を変化させ,うまく着地できるようにすることが示されました.その結果,跳躍距離が短くなります.
これらのことから,シザースと反り跳びの違いは体の動きによって生み出された角運動量が違う(シザースの方が大きい)ことが分かりました.また、どの跳躍であっても、角運動量の大きさが自分の用いる空中動作が満たない場合は,バランスを維持することが出来ず,良い成績が得られないことが分かりました.
しかし,シザースは比較的難しい技術であるので,上位レベルの男性競技者に多く用いられています.それに対して,反り跳びにおいては,シザースほど大きな角運動量が必要ではないので,競技者にとってより簡単にこなされる技術です.そのため,現場の指導では,指導者は競技者の記録によって適した指導を与えるべきです.しかし,具体的な指標となる基準がなく,どの程度のレベルに達し,どの程度のエネルギーが計測されればシザースを始めてよいかについての研究はまだ行われていません.これは今後の研究課題になると考えられます.