RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.MC1の金子渓人と申します.
今回のコラムでは,陸上競技においてよく見られ,特に短距離選手で非常に発生率の高い,肉離れとそのリハビリについてまとめさせていただきます.
1.肉離れとはまず肉離れとは,筋腱移行部の部分もしくは完全断裂であると定義され(Burkett,1970),陸上競技において発生率が非常に高く,Opar et al.(2014)による調査では陸上競技で生じる傷害のおよそ4分の1が肉離れであるとも言われています.
陸上競技において,肉離れが多いと言われる場面としては,一つは走行中の遊脚後期(脚を前方に振り出す時)に多いといわれています(Schache et al.2012).Schache et al.(2012)は,走行中のこの時期に最もハムストリングスが強い力を発揮すると述べており,筋肉にかかる負担も大きいため,肉離れが生じやすいと言われています.また,Ralph and Sprague(1979)は,接地の為にハムストリングスにエキセントリックな収縮を生じることで下腿の振り出し速度を抑えると述べています.つまり,脚を前方に振り出すことでハムストリングスが伸張されると同時に,下腿の制御のためにハムストリングスのエキセントリックな収縮が生じることによって,特に筋腱移行部に強い負担がかかり,耐えられなくなって切れてしまうということです(図1).
またもう一つとして,スタート時に起こり易く(飯干ほか,1990),スタート時に骨盤を前傾しながら脚を大きく力強く前方に振り出すスタート動作では,ハムストリングスが大きく引き伸ばされ,エキセントリックな負荷が高くなることで,肉離れにつながってしまいます(陶山、2014).
肉離れの要因としては様々な報告がありますが,一般的に,①筋の柔軟性不足,②ハムストリングスや③体幹の筋力不足が主なものとなり,その他にも不十分なウォーミングアップ,走行フォームによる影響などが挙げられています(Agre,1985).そのため,リハビリテーション(以下リハビリ)ではこれらの要因を改善していくことが肉離れの治療や予防策になります.
2.肉離れのリハビリここからは,どのようなリハビリが効果的なのかについて述べていきます.
まず,①筋の柔軟性不足についてです.柔軟性と肉離れの発生との関係については賛否両論があり,二つの間に関係があると言うものもいれば(Liemohn,1978),ないと言うものもいます(Hennessey and Watson,1993).ただし,Hennessey and Watson(1993)は,腰椎の角度とハムストリングスの肉離れとの関係について研究し,腰椎の前彎が大きいほど肉離れをしやすいと述べています.また,相羽(2017)は,腰椎の前彎などのアライメント不良は,腰背部周囲の筋や腸腰筋,大腿四頭筋,ハムストリングスなどの筋の柔軟性低下が原因としています.そのため,ストレッチによってこれらの筋肉の緊張を軽減させることによって肉離れの治療や予防に有効であると考えられます.
次に②ハムストリングスの筋力に関して, Proske et al.(2004)は,一度肉離れを生じると,肉離れを生じる前よりも筋力を発揮する為の膝関節の最適角度が小さくなり,これによって遠心性収縮による損傷を受けやすくなることを報告しています.また,Askling et al.(2013)は,エキセントリックな収縮を用いた筋力トレーニングを用いることで,それをしない場合よりも競技に復帰するまでの時間が短くなったと報告しています.Proske et al.(2004)は,このようなトレーニングでは,ハムストリングスにエキセントリックな収縮に対する適応が生じ,その結果最適角度の変化を元に戻す作用があると述べています.そのため,リハビリプログラムに組み込むことで,回復を早めることができる可能性があります.
また,③体幹筋力との関連については,Sherry and Best(2004)がPATSトレーニングというリハビリに関する研究を行っており,PATSトレーニングを行った選手は,ストレッチングや筋力トレーニングのみを行った選手と比べて,競技復帰が早かったと報告しています.PATSトレーニングとはProgressive agility and trunk stabilizationの略で,漸進的な敏捷性と体幹の安定性向上を目的としたトレーニングです.敏捷性を高めるトレーニングでは,サイドステップや反復横跳びのような横方向のステップ動作といった前額面上での動作を行います.また,体幹の安定性向上のトレーニングでは,フロントブリッジやサイドブリッジを行います.Orchard et al.(2002)は,前額面上での動作は矢状面上での動作と比較してハムストリングスの伸張を誘発しないと述べており,筋の過伸張を避けたほうがよいとされる急性期には有用なトレーニングとしています.筋肉が過伸張する恐れなく筋に負荷をかけることが出来る為,再発に最も重要な因子とされる筋の萎縮(Kaariainen et al.,1998)の防止に効果的とされています.加えて,Sherry and Best(2004)は,体幹の筋を鍛え,骨盤を安定させることによって,高速度での運動中の骨盤の動きが安定し,肉離れを防止することが出来るとしています(これについては,明確な根拠は示されていないため,今後の研究によって調べていく必要がありそうです).
3,注意点肉離れは短距離走で起こり易く,それだけでもかなり厄介な傷害ですが,この傷害の最も厄介な点は,その再発率の高さにあり,Sherry et al.(2015)はあらゆるスポーツで生じるハムストリングスの肉離れの3分の1が再発していると報告しています.Lauren et al.(2017)は,この再発率の高さは,リハビリが不十分であったり,そもそも競技に復帰するのが早すぎたりすることで,組織や筋の柔軟性,筋力の回復が十分でないことが原因であるとしています.そのため,上記のようなリハビリメニューを例にしっかりとリハビリを行うことが重要です.また,実際の練習に復帰してからも,ウォーミングアップを十分に行い,リハビリを行いながら少しずつ練習の強度を上げていくことが競技復帰に向けて重要です.