RIKUPEDIAをご覧のみなさまはじめまして. 今回コラムを担当させていただきますMC1の奥野です.石川県の小松高校から筑波大学体育専門学群に入学し,学群では運動生化学領域に所属していました.中学3年から競歩を始め,現在も競技を続けています.宜しくお願い致します.
先日,筑波大学からアスリートの睡眠障害と生活習慣,競技活動,競技ストレッサー,メンタルヘルスとの関係についての研究が発表されました(Monma et al., 2017).以下のURLから,Monma et al.(2017)の概要が確認できます.
http://www.tsukuba.ac.jp/attention-research/p201803051400.html
Monma et al.(2017)は,アスリートの睡眠障害を引き起こす1つの要因として週4日以上の朝練習を挙げています.アスリートの睡眠を考慮すると,朝練習は行うべきではないのでしょうか.そもそもなぜ朝練習を行っているのか,なぜ朝に行う必要性があるのかを皆さんは考えたことがありますか.今回は朝練習を行うメリットとデメリットについて紹介していきます.
なお,本コラムでの朝練習とは岩山ほか(2015)が定義した「起床後から朝食前の時間帯 に行われる,主にランニングを主体としたトレーニング(筋力トレーニング,動きづくり,心身の 覚醒のための軽運動は含まない)」とし,主に中長距離・競歩アスリート向けのコラムとさせていただきます.
皆さんは,何を目的に朝練習を行っていますか?練習時間の確保するためや生活リズムを構築するためなど,朝練習を行う目的は人によって様々であると考えられますが,岩山ほか(2015)は朝練習の目的を以下の表のように分類しています.
まず,筋グリコーゲンの向上についてです.人は常にエネルギーを消費しながら生活しています.特に糖質(グルコース,グリコーゲン)と脂質(遊離脂肪酸,中性脂肪)は重要なエネルギー基質です.さらにマラソンのような長時間運動時には筋グリコーゲンが枯渇し,その枯渇が持久性運動の継続を困難にすることが明らかになっています(Ahlborg et al., 1967).このことから,マラソンなどの長時間運動において,事前に筋グリコーゲン貯蔵量を高めておく,もしくは糖質利用を制限することで筋グリコーゲンの枯渇を防止することが,パフォーマンス向上に影響を与えることがうかがえます. いわゆるグリコーゲンローディングも体内(筋も含む)グリコーゲン貯蔵量を事前に高め,運動中の枯渇を予防することを狙っています(征矢ほか,2007).このように,筋グリコーゲン貯蔵量を向上させることは持久性スポーツではとても重要です.
Hansen et al.(2005)は10週間の脚伸展トレーニングにおいて,高筋グリコーゲン状態でトレーニングするよりも,低筋グリコーゲン状態でトレーニングした方が,筋グリコーゲンの貯蔵量が向上することを示唆しています.一日朝昼晩に食事をとり,夜に眠る生活をしていると,朝食前は一日の中で最も長い食間であり,筋グリコーゲン貯蔵量が減少していることが考えられます(岩山ほか, 2015).実際に,Proeyen et al.(2011)は6週間の自転車トレーニングにおいて,朝食前にトレーニングを行うことで,朝食後にトレーニングを行うよりも筋グリコーゲン貯蔵量が増加することを報告しました.以上のことより,強度,量が同程度の場合,朝練習は他の時間帯に練習するよりも筋グリコーゲンの貯蔵量を向上させやすいと言えます.なお運動後の適切な休養と栄養摂取が筋グリコーゲンの超回復に必須です(Bergstrom and Hultman,1966;Ivy et al.,1988).
次に脂質代謝の亢進についてです.前述したProeyen et al.(2011)の研究では,低グリコーゲン状態でのトレーニングによって筋グリコーゲン貯蔵量の向上に加え,「脂肪酸トランスロカーゼ(FAT/ CD36)」「カルニチンパルミトイルトランスフェ ラーゼ-1(CPT-1)」「脱共役たんぱく-3(UCP3)」「AMPキナーゼ(AMPK α2)」などを増大させることを報告しました.このことは,低グリコーゲン状態でのトレーニングによって脂肪からのエネルギー供給を円滑にする能力が向上することを意味しています.前述しましたが,マラソンなどの長時間運動では筋グリコーゲンの枯渇を防止することは,パフォーマンスに寄与することが考えられます.朝練習によって脂質利用能を亢進することで,糖質利用割合を低くし,筋グリコーゲンの枯渇を抑えることができることが考えられます.
以上のように朝練習には特有のメリットが存在します.しかし,朝食前の朝練習時には筋グリコーゲンが減少しているため,比較的低強度・少量の練習でも疲労を感じやすいことが考えられます(岩山ほか,2015).疲労がある中では注意散漫になり,捻挫などの外傷をしてしまう可能性が高まる(Gleeson et al.,2004)ので気をつけましょう.また朝練習で高まった脂質酸化能力が,5000mや10000mなどのパフォーマンスにどれだけ貢献できるかはほとんど明らかになっておらず,今後さらになる研究が求められています.
次に朝練習実施に伴うデメリットについて紹介します.睡眠が,心身の健康にとって重要な役割を果たすことは言うまでもないでしょう.特にアスリートにとっては練習からの回復に強く影響します(Leeder et al., 2012).そのため,アスリートは睡眠障害に陥らないように注意することが必要であると考えられます.Monma et al.(2017)は大学生アスリートを対象に生活習慣,競技環境,心理的ストレスと睡眠障害について調査し,週4日以上の朝練習が睡眠障害のリスクファクターであることを報告しています.健康づくりのための睡眠指針2014(厚生労働省,2014)によれば「睡眠障害には,寝床に入っても眠れない不眠症,睡眠時無呼吸症候群などの睡眠呼吸障害,日中に過剰な眠気が見られる過眠症,レストレスレッグス症候群などの睡眠中の異常な感覚・運動の障害,概日リズム障害,寝ぼけなどの睡眠時随伴症と多彩な病態が含まれる」とされています.実際に,朝練習行うと睡眠時間が減ることも明らかになっています(Sargent et al.,2014).これらのことから,朝練習を行うことが, アスリートにとって重要な睡眠に悪影響をもたらす可能性が考えられます.睡眠障害によって,日中の授業中や勤務中に寝てしまう,もしくは眠気による集中力・効率の低下が生じてしまう場合は朝練習の実施および実施方法を見直してみてはいかがでしょうか.
一方で,もちろん睡眠障害のリスクファクターは朝練習以外にも存在します.Monma et al.(2017)は睡眠障害の因子について,関連が強い順に就寝時間及び起床時間,心理的苦痛,週4日以上の朝練習, 深夜のアルバイト,消灯後の携帯・スマートフォンの利用,意欲の消失,としています.朝練習も睡眠障害リスクファクターの1つですが,それ以上に日々の生活(早寝早起きや楽しく生きることなど)が,睡眠障害には関係していることがうかがえます.したがって朝練習を行う際にはこれらの生活習慣及び競技環境,心理的ストレスを適切に整えることが大切であると言えます.
今回取り上げた貯蔵筋グリコーゲンの向上および脂質代謝の亢進以外にも朝練習は様々な目的で行われています(表1).また,朝にしか練習する時間が取れない人,学校やクラブで朝練習が義務付けられている人など様々いると思います.朝練習の目的や特徴をしっかり理解することは,練習の質を高めるという点でとても大切ではないでしょうか.なぜ朝練習を行うかを考え,自分なりの答えを持って行ってみてはいかがでしょうか.