砲丸投における体幹の役割

MC2 吉岡奈津希

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 こんにちは,MC2の吉岡奈津希です.今回のコラムでは,砲丸投における体幹の役割についてご紹介致します.投てき競技者に限らず,体幹トレーニングに取り組んでいる人は多いことでしょう.また,トレーニングにおいて,基礎的な体力を高めるためのトレーニングも重要ですが,競技動作を考慮したトレーニングは,高めた基礎的な体力をより競技動作に結びつけやすくすると考えられ,体幹トレーニングにおいても,ただノーマルなものばかりをやるだけではなく,競技動作を考慮した体幹トレーニングをすることが大切なのではないでしょうか.
 そこで,本コラムではその砲丸投の体幹トレーニングのヒントになるであろう,砲丸投における体幹の役割について紹介致します.

まず,砲丸投の競技力を決定する要因についてみていくと,砲丸投において初速度(砲丸が手から離れる瞬間の速度)が砲丸投の競技力を決定する大きな要因の一つであることが明らかになっています(加藤,1960;Hay,1993;Ohyama et al.,2008).この初速度を増大させるためには,主要局面となるプッシュオフ局面(図1)において地面反力を利用して爆発的な力を砲丸へ伝達していかなければなりません(池川,1990).さらに,池川(1990)は投てき技術のポイントとしてプッシュオフ局面での鞭動作について述べており,投げの構えの姿勢で地面反力から伝達してきた力を足→脚→体幹→肩→腕→手へと連鎖的に伝えていくことが大切であり,この順序が崩れると投てき距離の向上は見込めないとしています.この運動連鎖では,体幹の働きが重要となります(田内・遠藤,2009).阿江・藤井(2002)は,体幹には大きな筋が存在することから,エネルギーの貯蔵庫および下肢から上肢へのエネルギー伝達の役割を担っているとしています.
    

図1 砲丸投の局面分け

実際の動作における体幹の役割を見ていくと,体幹にはエネルギーを伝達する機能とエネルギーの発生源としての機能があり,エネルギー伝達としての機能を優先する場合には,腰と肩との位相ずれを抑え,捻転が生じないようにすることによってエネルギーの伝達効率を高めることができるとされています(田内・遠藤,2009).体幹が不安定であると,捻転した状態で下半身から体幹,体幹から上肢へと効率よくエネルギーを伝達することは難しく,エネルギーが消失する可能性が考えられます.田内・遠藤(2009)は,体幹セグメントの変形が少ない(より剛体に近い状態を保つ)ほどエネルギーが効率よく伝達することが考えられると述べています.したがって,体幹が不安定であると捻転動作を強調しようとしたときにエネルギーが消失してしまうため,エネルギー伝達としての機能を優先する際には捻転が生じないようにすることが良いと考えられます.
 その一方で,エネルギーの発生源として体幹を捻転することは砲丸投において重要です.その理由として,Kumar et al.(2002)は,体幹を捻転しない状態と捻転した状態での脊柱起立筋,腹直筋,外腹斜筋および内腹斜筋の等尺性筋力(筋肉の長さが変わらないまま力を発揮している時の筋力)を測定した結果,捻転しない状態での筋力と比較して捻転した状態から反対方向へ発揮した場合の筋力がより大きかったことを報告しています.また,田内・遠藤(2009)は,体幹の捻転動作は,より大きなエネルギーを発生させようとする投てき競技において,意識的あるいは無意識的に選択される動作であったために,全ての投てき種目に共通してみられると述べています.世界トップレベルと国内トップレベルの女子砲丸投競技者を比較した研究では,世界トップレベルの競技者は投てき物の速度に対する体幹の長軸周りにおける回転の貢献が大きかったことが報告されています(田内ほか,2006;2008).また,田内ほか(2005)は野球のバッティング動作において,主動作前に腰と肩の捻転を大きくすることによって,体幹筋群の伸張-短縮サイクル運動の効果を利用でき,捻り戻しの力を増大させられることを報告しています.この結果はKumar et al.(2002)の報告と同様であり,ダイナミックな身体運動においては,捻転動作が強調されることによってエネルギー発生源としての体幹の役割を大きくできることを示唆しています(田内・遠藤,2009).しかしながら,田内・遠藤(2009)は,プッシュオフ局面で体幹は捻った状態で迎え,その後,リリースに向けて捻り戻す動作が認められたが,捻転の度合いや捻転の速さは個人差が大きかったため(田内・遠藤,2009),捻転動作が必ずしもパフォーマンス向上につながらなかったものと考えられます.
 以上のことから,体幹のエネルギー伝達としての機能を優先した競技者と,エネルギー発生源としての機能を優先した競技者がいると考えられ,それぞれの競技者に応じた適度な捻転が重要であることが示唆されます.自分の競技種目や形態,体力および技術等を振り返り,それらに応じて体幹の捻転を強調すべきか抑制すべきかを考えてみるのも良いかもしれません.  

砲丸投における体幹の役割について概説してきましたが,ここで筑波大学陸上競技部投てきブロックの選手が行っている体幹トレーニングをご紹介します.
トレーニングAは,プレートを持ち負荷をかけた状態で体幹を捻転し,そこから上体を捻り戻しながら起こすことで,投げ動作の捻り戻しの際に使われる筋を鍛えるためのトレーニングです.捻転した状態からの捻り戻しに必要な筋を鍛えるためのトレーニングであるため,プレートを振り上げる勢いで起き上がるのではなく,体幹を使って起き上がるようにしましょう.トレーニングBは,両足を固定した状態でシャフトを真横に倒すことで,砲丸投における体幹の起こしに必要な腹斜筋を強化するためのトレーニングです.上半身を左右に倒す際に,上半身が前傾しないようにしましょう.また,腰の位置もできる限り動かさないようにします.上半身が前傾していたり,腰の位置がずれてしまったりすると,腹斜筋を最大限に伸ばすことができなくなります.
今まさに,冬期練習も中盤でこれから技術練習を取り入れる人も多いと思います.ぜひ,これらを参考にして練習に体幹トレーニングを取り入れてみてはどうでしょうか?








図2・3 体幹トレーニングの例



参考文献
阿江通良・藤井範久(2002)バイオメカニクス20講(第10刷).朝倉書店:13-14.
Hay J.G.(1993)The Biomechanics of Sports Techniques 4th edition.Prentice Hall.
池川哲史(1990)トレーニングワイド.陸上競技マガジン,40(12):182.
加藤博夫(1960)連続写真による砲丸投の分析研究.体育の科学,10(5):277-279.
Kumar S, Yogesh N and Doug G (2002)Isometric axial rotation of the human trunk from pre-rotated postures.European.Journal of.Applied.Physiology,87:7- 16.
Ohyama Byun K, Fujii H, Murakami M, Endo T, Takesako H, Gomi K, and Tauchi K(2008)A biomechanical analysis of the men’s shot put at the 2007 World Championships in Athletics. New Studies in Athletics,23:53-62.
白井裕紀子・上村孝司・岡田雅次・角田直也・青山利春(2011)砲丸投げ選手における体幹トレーニングが投擲記録に及ぼす影響.国士舘大学体育研究所報,30:135-139.
田内健二・南形和明・川村卓・高松薫(2005)野球のティーバッティング動作における体 幹の捻転動作がバットスピードに及ぼす影響.スポーツ方法学研究,18(1):1- 9.
田内健二・村上雅俊・高松潤二・阿江通良(2006)砲丸投げにおける砲丸速度に対する身 体各部位の貢献-世界レベル選手と日本レベル選手との比較-.陸上競技研究紀 要,2:65-73.
田内健二・遠藤俊典・村上雅俊・磯繁雄(2008)やり投げにおけるやり速度に対する身体 各部位の貢献-世界レベルと日本レベルとの比較-.第20回日本バイオメカニ クス学会大会大会論集:60.
田内健二・遠藤俊典(2009)陸上競技の投てき種目における体幹の捻転動作の役割.バイ オメカニクス研究,13(3):170-178.
2018年2月20日掲載

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