今回のコラムを担当しますMC2年の土江真央です.女子の三段跳,棒高跳,ハンマー投が昨年の全国高等学校陸上競技対校選手権大会から新種目として追加されましたが,それをきっかけに新しくそれらの種目を始めてみようかなあ…,サブ種目としてでも冬季練習期間で試しにやってみるか…,などという中高生の方も少なくないのではないでしょうか.
しかし,いざ新しいことを始めてみるとなると,運動を習得していくことはとても難しいですよね.特に初心者の内は,運動が自動化(意識的なコントロールが少ない)されておらず,その運動の何らかに注意を払って練習を重ねていることと思います.(注意とは,例えばボールを投げる際,肩や肘の動きや,ボールの軌道への様々な意識のことと考えて下さい.)
そこで今回のコラムでは,運動学習と運動者の注意の焦点の関係について検証した論文をご紹介したいと思います.
運動学習について,麓ほか(2006)は,運動中の身体感覚は運動学習過程における重要なフィードバック情報であり,学習者は意識的に何らかの身体感覚に注意を払う必要があると示しています.そしてWulf et al.(2002)は運動中の身体感覚における注意を,身体外部に焦点を当てること(External-Focus)は,身体内部に焦点を当てる(Internal-Focus)ことよりも,運動技能向上にとって有益であると報告しています.
このことから,External-Focus ,Internal-Focusについて様々な運動で検討されています.
Wulf&Su(2007)はゴルフスイングにおけるボールの的中率において,運動者が手首や腕に注意を向けるよりもクラブのスイングやボールに当たるクラブの面とボールの飛ぶ軌跡に注意を向ける方が高まったと報告しています.また,サッカーのキック動作やバレーボールのサービス(Wulf et al.,2002), バスケットボールのフリースロー(Al-Abood et al.,2002),ダーツスロー(Lohse,2010; Marchant,2007)なども,External-Focusによって運動の正確性が向上し,運動の正確性を高める上で有効であることが報告されています.また,バスケットボールのフリースローにおいて上腕二頭筋と上腕三頭筋の筋活動が低下(Zachry et al.,2005),ダーツ投げにおいても上腕三頭筋の筋活動が低下しており(Lohse et al.,2010),筋活動と正確性において関連がある可能性が示唆されました.さらに,Venceら(2004)はアームカールにおいて,腕に注意を向ける(Internal-Focus)よりも,力を加えるシャフトに注意を向ける(External-Focus)ことで,主導筋である上腕二頭筋と拮抗筋である上腕三頭筋における筋電図積分値が低くなったと報告しています.
そして,最大筋力の発揮について,垂直跳において指先に注意の焦点を向ける(Internal-Focus)よりも,跳躍して触れる測定器に意識を向ける(External-Focus)方が,高い跳躍高を獲得できたことが報告されています(Maurer,2011; Wulf,2007).さらに,垂直跳においては,鉛直方向への重心の変位,地面反力,股関節と膝関節,足関節の関節モーメントがそれぞれExternal-Focusによって高まったことも報告されています(Wulf & Dufek,2009).その他にも,陸上競技においては,男子大学生円盤投初心者20名(年齢22±1.58歳,身長1.74±6.7m,体重68.05±9.59kg)を対象に,External-Focus指導では特に円盤の着陸場所に,Internal-Focus指導で手と手首に注意の焦点を向けさせ,各5回の試技を行った結果,Internal-Focusで平均競技記録19.37m,External-Focusで平均競技記録は20.49mと,External-Focusの方が,投てき記録が高かったと報告されています(Zarghami,2012).
指示内容の単純な変更により,運動者の注意の焦点を身体外部にすることが,様々な運動のパフォーマンス向上につながることが多くの研究で示唆されています.
しかしながら,極めて熟練したカヤックと水泳競技者を対象にしたと研究では,ストロークの注意の焦点によるパフォーマンスの差は認められませんでした(Banks,2012;Stoate & Wulf, 2011).また,世界トップレベルのアクロバティックダンサーを対象に行った傾斜したラバーディスクの上での姿勢保持のテストにおいて重心の動きが測定されたが,その条件下でも体勢を崩すことはなく,注意の焦点の違いによる差が認められませんでした.これらの結果から極めて高いレベルの競技者を対象とした焦点の違いによるパフォーマンスの差が認められないのは,その動きが競技者にとって自動化されていることが原因だと示唆されています(Wulf,2008).
以上のことからも,注意の焦点をExternal-Focusに向けることは,自動化されていないその運動の初心者にとっては,うまく活用することができると考えられます.しかしながら,注意の焦点における効果としては検証されているのはいずれも1つの運動に対してであり,例えば,棒高跳のように,異なる運動スキルが連続している場合においては,どこに注意を向けるべきかということは検証されていません(Wulf,2012).つまりは棒高跳の運動をExternal-Focusで練習とするとなると,助走では地面を掻くように走り,踏切後ポールを曲げるようにして,その後バーを越えることを意識するというように一つの運動で異なる注意が必要となるので一概には言えないということです.そのような運動に対しては,助走練習,ポールの曲げる練習などポイントを絞った練習に是非活用してみてもらえたらと思います.