棒高跳はここを見ろ!

DC1 景行崇文

RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは.DC1の景行です.前回のコラムが最後のコラムになる,と執筆当時は考えておりましたので,棒高跳で明らかになっていた知見を詰め込みました.しかし,改めて読んでみると,読みにくさが甚だしいですね.まさに,何を売りたいのかが分からない,情報過多なチラシの様でした….そこで今回のコラムは,「棒高跳を見る上でここは外せない!」というポイントを紹介していきます.

「棒高跳の特徴とは?」と尋ねられた場合,まず初めに挙げられる特徴,そして最大の特徴といえば,もちろん「ポ-ルを用いること」でしょう.競技で用いられるポ-ルについては,前回のコラム「棒高跳ってどんな競技?」の通り,競技者は自身の能力に合わせたポ-ルを自由に選択することができます.世界一流競技者にもなると用いるポ-ルの長さは17ft(約51m),質量は3kgを越えます.現屋内世界記録保持者であるラビレニ選手の助走速度は9.45(IAAF, 2009),現屋外世界記録保持者であるブブカ選手にいたっては助走速度が9.90(McGinnis,1997)にも及んでいた,という報告がなされています.ちなみに,ブブカ選手の9.90という助走速度を100m走の最大疾走速度と仮定し,天野(2009)が示した100m走タイムと最大疾走速度の関係を参考にすると、ポールを持った状態でもブブカ選手は100mを11.5秒で走る疾走能力を持っていたことになります.長いポ-ルを持ちながら疾走することは難しいことですが,棒高跳はそれだけでは成立しません.助走距離が長い競技者では40mを越える助走をしたのち,走幅跳や三段跳のような踏切動作を行うと同時に,ポ-ルの下端をボックスへ正確に差し込む「突っ込み」を行わなくてはなりません.踏切足が地面を離れた後は,ボックスに差し込んだポ-ルを支えに競技者は空中での動作を遂行するため,まさにこの「突っ込み」は棒高跳を語る上では欠かせない局面になります.

まず,突っ込みの準備について,競技者は踏切足が接地する6歩前から体側を沿うように上グリップを動かしはじめ,耳のわきをかすめて額の真上に上グリップを動かします(Petrov,2004;村木, 1982).さらに,踏切足が接地する前の2歩でかけ上がるような踏切準備動作を行うことが踏切には有効であり,踏切準部動作に合わせて上グリップを上グリップ側の肩の真上に引き上げ,下グリップを前斜め上に動かすことが突っ込みの準備として大切であると言われています(Petrov,2004;村木,1982).
 つまり,突っ込みの準備動作において,ⅰ)踏切準備動作に合わせて上グリップおよび下グリップを動かすことができているか,ⅱ)突っ込み直前に肩や額の真上に上グリップを保持できているか,の2つがチェックすべき項目になります.

続いて,本題の突っ込みについて,棒高跳の指導書や論文において頻繁に目にするのが「高い踏切」や「高いグリップ」という表現です(McGinnis,2000;日本陸上競技連盟,2013;山崎,1976).つまり,これらが意味することは,突っ込んだ瞬間におけるポ-ルと地面とがなす角度(以下,「突っ込み角」と略す)を大きくすることです.突っ込み角を大きくすることは,踏切動作中および突っ込み瞬間において競技者が持つ力学的エネルギ-量の減少を抑えられると考えられており(Linthorne and Weetman,2012),加えて大きな曲げモ-メントを生み出すことに役立つことが報告されています(Morler and Mesnard, 2007).したがって,突っ込み角を大きくすることは,ポ-ルに大きな弾性エネルギ-を蓄えることに繋がり,より高いグリップを用いた跳躍を可能にします.グリップ高は棒高跳のパフォ-マンスを決定する大きな要因であることが示されており(Angulo-Kinzler et al.,1994;Hay,1993;McGinnis,1987),突っ込み角を大きくすることは,より高い最大重心高の獲得に有効であると考えられます.では,突っ込み角を大きくするためにはどうすればよいのでしょうか?それには,①姿勢,②踏切足を接地する位置,③突っ込みのタイミング,の3つが関係しています.
 まず,①姿勢についてです.指導書には「大きく伸び上がった姿勢」で突っ込むことがよいとされています(日本陸上競技連盟,2013;広田,1989).突っ込み角は,ポ-ル下端から上グリップまでの距離,突っ込んだ瞬間における地面に対するグリップの高さ,およびボックスの深さの関係によって決まり(図1),突っ込み角は,より求められます.を高くすることが,を大きくするためには必要であり,上グリップ側の肘が曲がらずしっかりと伸びていること(McGinnis,1997),そして顔や肩の真上に保持できていることが,を高くするためには大切です.
 続いて,②踏切足を接地する位置についてです.棒高跳の解説を聞いていると「足が入った」「踏切が遠い」という表現を耳にするでしょう.棒高跳では,突っ込んだ瞬間における上グリップの真下に踏切足を接地することが良い動作とされています(McGinnis,1997,2000;日本陸上競技連盟,2013;山崎,1976).上グリップに対して,ボックスに近い位置に踏切足を接地した場合には「入った」と表現し,ボックスから遠い位置に踏切足を接地した場合には「遠い」と表現します.では,なぜ上グリップの真下に踏切足を接地することが良いのでしょうか.それは,幾何学的に図1を解釈すると分かります.上グリップと踏切足の爪先までの距離が一定だと仮定した場合,2点をつなぐ線分が地面と垂直になることで,が最も高く(突っ込み角が最も大きく)なります.加えて,「入った」場合は,踏切足が地面から離れた後,下半身が前方に振り払われ,スウィングが小さくなってしまい,ポ-ルが十分にポ-ル下端周りに回転しません(広田,1989;山崎,1976).「遠い」場合も,踏切足が地面から離れた後,下半身を十分に振り上げることができず,身体が沈み込み,バランスを崩しやすいとされています(広田,1989;山崎,1976).したがって,上グリップの真下に踏切足を接地することが,突っ込み角を大きくすることに繋がり,結果的に最大重心高の獲得に有効であると考えられます.また,上グリップの真下に踏切足を接地することは,安全にバ-を越えるためにも重要であると考えられます.
 最後に,③突っ込みのタイミングについてです.突っ込みは踏切動作とほとんど同時に行われます(“ほとんど”については後で触れることとして…).その際,踏切足が接地している間の,どの時点(序盤・中盤・終盤)で突っ込めばよいのでしょうか?実は,一般的に踏切足が接地している間の終盤に突っ込むことが良いとされています(Angulo-Kinzler,1994;McGinnis,1997,2000).その理由として,踏切足が接地している間の終盤では,競技者は空中へ飛び出すために足,膝,股関節を伸展させており,これらはを高くすることに繋がるからです.しかし,皆さんもお気づきでしょうが,踏切足が地面から離れる瞬間もしくは離れた後に突っ込みを行えば,をより高くすることができます.この技術は“自由踏切”と呼ばれ,ブブカのコ-チであるペトロフ氏が提案しました(Petrov,2004).自由踏切を行うことで,突っ込み角を大きくできること,そして踏切足が接地している間における競技者の減速を抑え,より長くかつ硬いポ-ルを扱うことができると考えられています(Launder and Linthorne,1990).その反面,踏切足が地面から離れた後に突っ込んだ衝撃を受けるため,その衝撃に耐えうるだけの相当な上肢の筋力が必要になり(Frère,2010),もしも筋力が十分でなければ,身体は前方に振り払われてしまい,ケガに繋がる可能性があります.安全に競技をするためにも,踏切足が接地している間に突っ込むことが良いと考えられます.
 つまり,(安全に)突っ込み角を大きくするためには,①姿勢(上グリップ側の肘が曲がらずしっかりと伸びており,上グリップを顔や肩の真上に保持できている),②踏切足を接地する位置(上グリップの真下に踏切足を接地する),③突っ込みのタイミング(踏切足が接地している間の終盤に突っ込む),の3つがカギを握っています(図2).

以上のことより,突っ込みの準備動作をしっかりと行い,突っ込み角を大きくするための動作がきちんとできているか,が記録の大きな決定要因である最大重心高の獲得には有効です.加えて,これらの動作ができているかどうかは,安全に棒高跳を行う上でも重要なポイントになります.
 これらは,競技レベルが異なっていても,共通で抑えておくべきポイントなので,棒高跳を観戦される際は「突っ込みの準備動作」「突っ込みの姿勢」「踏切足を接地する位置」そして「突っ込みのタイミング」の4つに注目してご覧ください!

図1 突っ込み角の定義


 

図2 突っ込み角を大きく(を高く)するためのポイント



参考論文:
天野秀哉(2009)男子100m走中の疾走速度動態からみたタイム特性(平成20年度修士論文).筑波大学修士(体育学)学位論文:pp.21
Angulo-Kinzler,R.M.,Kinzler,S.B.,Balius,X.,Turro,C.,Caubet,J.M., Escoda,J.,and Prat,J.A.(1994)Biomechanical analysis of the pole vault event.Journal of Applied Biomechanics,10:147-165.
Frère,J.,L'hermette,M.,Slawinski,J.,and Tourny-Chollet,C.(2010)Mechanics of pole vaulting: a review.Journal of Sports Biomechanics,9(2):123-38.
Hay,J.G.(1993)The biomechanics of sport techniques(4th edition).Prentice Hall:New Jersey,pp.424-468.
広田哲夫(1989)最新陸上競技入門シリーズ6.棒高跳.ベースボ-ル・マガジン社:東京,pp.28-44.
International Association of Athletics Federations (IAAF)(2012)Biomechanics Report WC Berlin 2009 Pole Vault.International Association of Athletics Federations:Monaco,pp.1-6.
Launder,A.,and Linthorne,N.P.(1990)The pre - jump.Track Technique,112: 3991–3995.
Limthorne N.P.and Weetman A.H.Gemman(2012)Effect of run-up velocity on performance,kinematics,and energy exchanges in the pole vault.Journal of Sports Science and Medicine,11:245-254.
McGinnis,P.M.(1987)Performance limiting factors in the pole vault.Medicine & Science in Sports & Exercise,19:S18.
McGinnis,P.M.(1997)Mechanics of the pole vault take-off.New Studies in Athletics,12;43-46.
McGinnis,P.M.(2000)Eight elements of an effective takeoff.U.S.A.Track & Field,Scientific Services Program:Nevada,pp.1-4.
Morlier,J.,and Mesnard,M.(2007)Influence of the moment exerted by the athlete on the pole in pole-vaulting performance.Journal of Biomechanics,40:2261–2267.
日本陸上競技連盟(2013)レベルアップの陸上競技(上級編).大修館書店:東京,pp.65-71.
村木征人・室伏重信・加藤昭(1982)現代スポーツコーチ実践講座2.陸上競技(フィ-ルド).ぎょうせい:東京,pp.380-443.
Petrov,V.(2004)Pole vault—the state of the art.New Studies in Athletics,19:23-32.
山崎国昭(1976)棒高跳.ベースボ-ル・マガジン社:東京,pp.56-62.

2017年5月29日掲載

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