投てき競技の事故と安全管理
DC3 前田 奎
陸上競技に関わる方ならば,投てき競技の事故について,少なくとも一度は見聞きしたことがあるのではないでしょうか.そのため,「投てき競技=危険」という認識を持っている方も多くいらっしゃるかもしれません.今回のコラムでは,投てき競技の事故と安全管理について,大山卞(2016)の報告を中心に紹介いたします.
投てき競技に限らず,陸上競技では,学校における授業,部活動,および競技会のいずれにおいても,安全管理は何よりも優先されるべきものです(大山卞,2016).先にも述べたように「投てき競技=危険」という印象を持つ指導者・競技者の方もいらっしゃるのではないでしょうか.その背景には,相当の高いエネルギーを持った物体が,人のコントロールを離れて移動し,一歩間違えば人を傷つける可能性があるという,投てき競技の種目特性が影響していると言えます(大山卞,2016).果たして,本当に投てき競技は危険なのでしょうか.
大山卞(2016)は,投てき種目と他の陸上競技種目の死亡・障害に関わる事故の発生件数を比較することで,各種目の危険度を検討しています.事故は過去10年間に日本の小中高における陸上競技の授業,部活動中に起きたものを対象としています.種目間での比較の結果,死亡事故に関して最も件数が多かったのは長距離(24件/35件中)であり,その半数以上は心血管系の問題によって起こる突然死であったとされています(大山卞,2016).これに対して,投てき種目では熱中症による事故が1件でした(大山卞,2016).障害事故に関して最も多かったのは,長距離(27件/104件中)であり,跳躍がそれに続いていましたが(23件),投てきは12件と短距離よりも少数であったと報告されています(大山卞,2016).このように,件数だけを見てみると,投てき競技での事故が他の種目と比べて多いというわけではないことがわかります.このことについて,大山卞(2016)は各種目の競技人口が影響している可能性について指摘しています.陸上競技の種目別競技人口に関する,正確な統計は見当たらないものの,部活動における一般的な人員構成や授業で取り上げられる頻度等を考慮に入れると,長距離に触れる児童や生徒の母集団は,投てき競技に関わる者よりも多いことが予想されます(大山卞,2016).このような背景から,競技人口比を考慮した事故の発生件数から見たとき,投てき競技は事故の発生が相対的に多く,危険な種目と見られていると考えられます(大山卞,2016).
大山卞(2016)は,事故が起こる特徴的と言える状況について,複数の個別の事例をもとに,以下のようにまとめています.
- 全ての衝突事故において,投てき物の衝突を受けた人は投てき物の飛来に気づくことなく,あるいは気づいた場合も,衝突回避のために必要な時間がほとんどない状況であった.
- ほとんどの事例において,投てきを行う際のかけ声等の注意喚起がなされていないか,周囲に到達していなかった.投てき者は声をかけたが,周囲にその認識がない事例も見受けられた.
- フェンス等の不備や人の配置の問題は多くの事故の要因であったが,投てき者の失敗が重なることでさらに危険な状況が生じていた.
- 砲丸投げにおいては,全ての事例で投てき動作中に砲丸回収や記録計測,着地点の確認が行われた際に衝突が発生していた.
- 投てき物は投てきしていない場合でも,保管の状況等により人を傷つける可能性がある.
このような国内事例の分析から,大山卞(2016)は,事故を防止する,安全管理のための環境づくりの留意点について,以下のようにまとめています.なお,ここでは大山卞(2016)が述べている内容についてのみ,引用は割愛させていただきます
- 練習区域の安全確保
投てき物の人への衝突を想定する場合,まずは投てき練習が行われる区域に不意に人が侵入することを避けなければならないため,投てき練習場には周囲からの人の侵入を防止する防護柵等が設置されることが望ましいです.具体的には,グラウンドの全周を杭とロープで囲う,あるいはグラウンドへの入り口を制限する等の方法が挙げられます.しかし,グラウンドは投てき以外の種目・競技と共用である場合も多いため,「投てき練習中立ち入り禁止」等の注意書きを設置することも有効であると考えられます.この点については,すでに存在するガイドライン(日本陸連,2013;東京都教育委員会,2008)においても,投てき区域がわかるようにコーン・ネット等を設置することが取り上げられています.また利用者に対して,危険な箇所を知らせるハザードマップを提示することも有効な手段であるとされています.
- 危険な投てきの遮断
投てき種目の中でも,回転系の種目については,投てきする方向が定まらない可能性があるため,投てきサークルの周囲に防護ネットを設置することによって,意図しない区域への投てき物の到達を防ぐことができると考えられます.跳躍の助走路や他種目の練習場所が落下区域と重なる可能性がある場合には,状況に応じた防護ネット等の設置を行うことが望ましいです.この点については,競技会においてはルールで定められる設置を最低限のものとして設置する必要があるが,それとともに練習場所としては,練習に参加する者の技量や環境に配慮した最善の設置を考慮する必要があるとされています.防護ネットの配置方法によっては,ネットの隙間から投てき物が外部へ出てしまったり,ネットを突き破ったり,ネットへの衝突によって方向が変わった投てき物が危険を及ぼしたりすることがないよう配慮するべきであると指摘されています.
- 投てき練習における声かけ
投てき練習においては,安全確保のため(1)投てき者および周囲で待機している者による「投げます」「いきます」のかけ声・合図.(2)落下可能性のある区域にいる者によるかけ声確認の意思表示と投てき者による確認.(3)万が一危険な状況が生じた場合の緊急のかけ声.の三者が徹底して行わなければなりません.練習中は常に(1)(2)によって安全の確保がなされることが理想的であるとされています.日本陸連のガイドブック(2013)においても,「投げる前に声で知らせる」「聞こえているかしっかり確認」が特に重要な項目として取り上げられています.しかし,投てき動作を開始してから投てき物を投げ出すまでの間に,安全確認のかけ声を出すことが実質不可能であるため,安全確認時から投げ出しの間に起こる状況の変化に備えるセーフティーネットとしての意味でも,(3)を確保する態度・準備が必要であり,(3)の確保には,特に投てき者以外の全ての周囲の者が積極的に関わるべきであるとされています.
- やりの一時的な保管について
やりはその形状から,先端はもちろん細くとがった尾部も人を傷つける可能性があります(日本陸連,2013).NTCA(The National Throws Coaches Association)の安全に関するハンドブックにおいては,やりを移動する際は入れ物に入れるか,そうでない場合は先端を地面に向け垂直に立てて運ぶことを推奨しています(Heckel and NTCA,2011).やりは浅い入射角で地面に刺さっている状態で後方から目視すると「点」としてしか認識されないことがあり,危険であるため,やりの尾部による刺傷に対する注意が必要であるとされています.具体的な対策としては,投てき者については,刺さったやりを(1)回り込んで横から回収すること.(2)走って回収しに行かないこと.(3)回収しながら脇見をしないこと.(4)刺さったやりは力任せに抜くのではなく長軸周りに回しながら抜く.等があげられます.さらに,投げを行うにあたって,やりをグラウンド上で一時保管する場合に(1)やりはなるべく地面に置くこと.(2)やむを得ずやりを地面に刺して保管する場合は必ず垂直に立て,倒れないように配慮すること.が重要であるとされています.投てき練習時だけでなく,授業や競技会等,同時に多数のやりを大人数で扱う場合には特に配慮が必要になると指摘されています.
最後に,大山卞(2016)が投てきにおける危険回避・安全確保の段階を模式図として示したものを紹介します(図).ここでは投てき物を雨に見立て,それが建物(A:投てきが行われる場所における人や者の配置,フェンス等防護設備の配置),傘(B:投てき前に行われる、投てき者と投てきによって危険にさらされる可能性のある人,周囲から状況を確認できる当事者間での双方向の安全確認),帽子(C:緊急時の投てき者・周囲による危険回避を促すかけ声)によって遮断される構造を示しています.投擲が行われる場は,本来適切な場の配置やフェンス等によって危険が遮断されることが望ましく,やむを得ず投てき区域に人が入るときは必ず投てき者・待機者双方向の安全確認が必要であるとされています(大山卞,2016).さらに,緊急時も投てき者・待機者の注意で即時に危険が知らされる体勢に基づいた危険回避が必要であると指摘されています(大山卞,2016).また大山卞(2016)は,投てき前の安全確認や場の設定がいくら万全であってもこれに安心せず,緊急時に備えて周囲の全ての者が投てき者や投てき物に注意を払うことが求められると述べています.このような観点からも,事故防止のためには練習パートナー等,周囲で見守るものの果たす役割も非常に大きいと言えます(大山卞,2016).
2017年シーズンも始まり,おそらくこれまでよりも投てき物の飛距離が伸びている方が多いのではないでしょうか.少しでも遠くへと投げられるようになることは,投てき種目の醍醐味であると言えます.また大山卞(2016)も指摘しているように,投てき種目は適切な技術を用いて安全に行えば,非常に楽しいものです.しかし,活動の場の安全確保が不十分な状態が改善されなければ,事故を誘発する可能性が高いことは否定されず,様々な場において種目の実施自体が回避されてしまう自体にもなりかねません(大山卞,2016).安全確保を十分に行い,少しでも多くの事故を回避するためにも,投てき種目に関わる人だけでなく,グラウンドを使用する皆さんのご理解と,ご協力が必要になると考えらえます.本コラムによって,少しでも多くの人に,投てき種目の安全管理について,ご理解いただければ幸いです.
図.安全確保の段階の模式図(大山卞,2016をもとに著者作成)
A:本来適切な場の配置やフェンス等によって危険が遮断されることが望ましい
B:やむを得ず投てき区域に人が入るときは必ず投てき者・待機者双方向の確認
C:緊急時も投てき者・待機者の注意で即時に危険が知らされる体勢が必要
参考文献:
Heckle,M.and The national throws coaches association(2011)Throws safety certification handbook.3rd Edition.The national throws coaches association.
URL:
http://www.mach2k.net/ntca/safety/
大山卞圭悟(2016)投擲競技の安全管理−事故事例の分析から見る問題の所在と対策の方向性−.陸上競技学会誌,14:53−59.
2017年5月1日掲載