スプリント走中の筋活動について

MC2 奥平柾道

RIKUPEDIAをご覧の皆様
 いつも本コラムをご愛読いただきありがとうございます.MC2の奥平柾道です.今回のコラムでは,スプリント走中の筋活動についてご紹介したいと思います.
 例えば皆さんは足を速くするための筋力トレーニング手段を考える際,どのような視点でトレーニング手段を選択するでしょうか.一般的な筋力トレーニングは別に,専門的な筋力トレーニングを行う場合,実際のスポーツ動作に類似する動作,筋活動,および収縮様式を考慮することで,実際のスポーツ動作に活きやすいトレーニング手段を選択することができると考えられます.
 本コラムでは,スプリント走における筋活動や収縮様式を,スウィング期と支持期で分けて概説します.

図1a スプリント走中の代表的な下肢筋活動の模式図


図1b スプリント走周期における筋活動(Mero and Komi, 1986;Novacheck, 1995:馬場ほか,2000を元に筆者作図)

 

図1bはスプリント走中の各局面における筋活動を,Mero and Komi(1987),Novacheck(1995)および馬場ほか(2000)の研究およびレビューを参考に作成したものです.なお,Mero and Komi(1987)の研究では100m走ベスト記録10.62±0.04秒の男子スプリンター5名と10.96±0.19秒の男子スプリンター6名,馬場ほか(2000)の研究では,100m走ベスト記録10.5-11.1秒までの男子スプリンター5名を対象としており,本研究の結果は比較的高いスプリント走能力を有する選手の特徴を示していると言えます.
 局面は離地と接地で分けられる支持局面とスウィング局面で定義しています.本コラムではそれぞれの局面を大きく前半と後半に分けて,1) スウィング期前半,2) スウィング期後半から支持期前半,3) 支持期後半の3つにわけてご紹介していきたいと思います.

 


1)スウィング期前半の筋活動
 スウィング期前半においては離地した脚を前方へスウィングするために,腸腰筋および大腿直筋,前脛骨筋が活動します(Novacheck,1995;馬場ほか,2000).
 腸腰筋は腸骨筋と大腰筋が合して形成される筋であり,主に腰椎や腸骨稜から始まり,大腿骨の小転子に終わる筋です.主な作用としては股関節の屈曲があり,下肢を前方へ引き上げるための重要な筋です.スプリント走中における腸腰筋の役割は,離地直前の支持期後半から伸張性の筋活動を始め,離地直後からスウィング期中期にかけて短縮性活動を行うことで,大腿を前方へスウィングさせる機能を持つとされています(馬場ほか,2000;大島・藤井,2017).
 また大腿直筋は骨盤の下前腸骨棘から始まり膝蓋骨および膝蓋腱を介して脛骨粗面に終わる二関節筋です.主な作用としては膝関節の伸展ですが,股関節の前方をまたいでいるため股関節屈曲の作用も有しています.スプリント走中において大腿直筋は,腸腰筋と同様に支持期後半から伸張性の筋活動を初めスウィング期中期まで伸張筋活動を続けた後,股関節を屈曲とともに短縮性筋活動に切り替わる伸張−短縮サイクル(Streach-Shortening Cycle : 以下SSC)の筋活動を示します(馬場ほか,2000;Mero and Komi,1987).スプリント走中の大腿直筋は支持期後半と比較してスウィング期において筋活動が高いことから,膝関節伸展よりも股関節屈曲の作用が重要であると考えられています(Mero and Komi,1987).さらに大腿直筋の二関節筋としての作用に着目した研究では,スウィング期において膝屈曲による下腿の後方回転動作を抑制し,セグメント間のエネルギーを伝達する役割があると考察されています(Novacheck,1995).
 前脛骨筋は脛骨前面などから始まり足部の骨(内側楔状骨および第1中足骨足底面など)に終わる筋で,主に足関節背屈の作用を有します.スプリント走中における前脛骨筋は,スウィング期に関節力によって生じる足関節底屈の抑制に貢献していると考えられており,この筋が作用することによって,スウィング期の足関節角度を調節していると考えられています(馬場ほか,2000).

 このようにスウィング期前半は,遊脚をたたみ込みながら素早く引き付ける動作が行われるため,腸腰筋や大腿直筋,前脛骨筋など,脚の前面にある筋群が多く活動します.スウィング期前半において特徴的な遊脚をたたみ込む動作は膝関節の屈曲を伴いますが,この動作については,スウィング期前半におけるハムストリングスなどの膝屈曲筋群の活動が大きくないことから,地面反力や関節間力などの外力によってなされていると考えられています(Mero and Komi,1987).


2)スウィング期後半から支持期前半の筋活動
 スウィング期後半においては,接地に備えて大殿筋,ハムストリングス,大腿直筋および大腿四頭筋,腓腹筋およびヒラメ筋など多くの筋が大きく活動します(Novacheck,1995;馬場ほか,2000).
 大殿筋は腸骨稜および仙骨などから始まり腸脛靭帯や殿筋粗面に終わる筋です.主な作用は股関節の伸展です.この筋はスプリント走に必要なパワーを生み出すための主要な大筋群であり,スウィング期後半においては伸張性の活動から短縮性の活動へと切り替わるSSC活動を伴いながら,支持期中期まで股関節を伸展しつづけます(馬場ほか,2000;Mero and Komi,1987).
 また大腿二頭筋(ハムストリングス)は,骨盤の坐骨結節から始まり下腿の腓骨頭に付着する二関節筋で,主な作用は股関節の伸展と膝関節の屈曲です.スプリント走中はスウィング中期から大殿筋と協同して股関節を伸展しますが,その収縮様式は伸張性収縮から始まり支持期にかけて短縮性収縮へと切り替わっていくSSCの筋活動を示します(馬場ほか,2000).また股関節と膝関節をまたぐことから二関節筋としての機能も有しており,特にスプリント走のような水平運動において近位関節で生み出されたエネルギーを効率的に遠位関節へ伝達する重要な役割を果たしているとされています(Jacobs and Ingen Schenau,1992).
 スウィング期後半における大腿直筋および大腿四頭筋は接地直前から活動を開始し,支持期前半において伸張性活動を示します.これらの筋群は膝関節伸展の作用を有していますが,スウィング期後半におけるこれらの筋活動は予備緊張であり,支持期前半(接地直後)の脚のスティフネスを向上させることで着地時の衝撃に抗しているとされています(Mero and Komi,1987).ゆえにこれらの筋群は支持期後半の推進力の獲得にはほとんど貢献していないとも言われています(馬場ほか,2000).
 腓腹筋は,大腿骨内側顆および外側顆の上方から始まりアキレス腱へと移行して足部の踵骨隆起に終わる二関節筋で,主な作用は足関節の底屈と膝関節の屈曲です.またヒラメ筋は,腓骨および脛骨の後方から始まりアキレス腱へと移行して足部の踵骨隆起に終わる筋で,腓腹筋と同様に足関節の底屈を行う機能を有しています.これら2つの筋は下腿三頭筋と呼ばれ,いずれも人体で最大の腱であるアキレス腱に合するのが特徴です.スプリント走中これらの筋はスウィング期後半(接地直前)から活動し,接地直後には伸張性活動,さらにその後の支持期後半で短縮性活動を見せます(馬場ほか,2000).またこれらの筋の最大伸張速度や最大短縮速度,さらにはその切り返し速度の大きさからSSC筋活動を有効に活用していると考えられています(馬場ほか,2000).

 このようにスウィング期後半から支持期前半にかけては,接地時の衝撃に抗するためも多くの筋群が接地直前から活動しています.すなわち多くの筋群において,脚が地面に触れた瞬間から筋が活動し始めるのではなく,地面に触れる前から活動をしている,すなわち地面を押す準備を始めていると言えるでしょう.


3)支持期後半における筋活動
 支持期後半においては支持期前半と比較して多くの筋活動が小さくなっています(馬場ほか,2000;Mero and Komi,1987).
 大殿筋や外側広筋は支持期中期から支持期後半にかけて速やかに活動が減少していきますが,大腿二頭筋腓腹筋は支持期後半でも比較的活動が維持されることが報告されています(Mero and Komi,1987).これは支持期後半の離地直前において,ハムストリングスや腓腹筋などの二関節筋が,近位関節で生み出されたエネルギーを効率的に地面に伝える役割があるためだと考えられています(Mero and Komi,1987;Jacobs and Ingen Schenau,1992).
 また腓腹筋ヒラメ筋などの下腿三頭筋は支持期後半において短縮性の筋活動を示しますが,その筋活動は筋内で比較すると,他の局面と比較して低いとされています(Mero and Komi,1987).これは支持期後半における力発揮が,支持期前半の伸張性活動によって貯蔵された弾性エネルギーを開放して遂行されているためであり,この局面において積極的に足関節の底屈動作が行われているわけではないと考えられています(馬場ほか,2000;Mero and Komi,1987).
 一方大腿直筋においては支持期前半と比較して,支持期後半により大きな活動が認められています(馬場ほか,2000;Mero and Komi,1987).この局面においては股関節伸展と膝関節伸展に伴い伸張性の筋活動を示すこと,さらに腸腰筋も同様に伸張性の活動を示すことで,スウィング期前半(離地直後)に脚が過度に伸展する,いわゆる”脚が流れる”動作を防ぐための,先取り的な活動を示すことが報告されています(馬場ほか,2000).  
 このように支持期後半において,いくつかの筋群が活動を維持している一方で,ほとんどの筋群の活動が減少していくことが知れられています.すなわち支持期後半のような脚が身体の後方に位置する局面においては,筋の力を発揮し続けるような活動は確認されておらず,むしろこの局面においては脚を前方へスウィングし始めようとする活動が行われていることが報告されています.

 


おわりに
 今回のコラムでご紹介したようにスプリント走中において,各関節の筋は,短縮性および伸張性さらにはSSCの活動様式を用いながら,非常に速い動作の中で繰り返し活動しています.一見単純そうなスプリント走も,より深く見てみると複雑な動きにみえるのではないでしょうか.本コラムがみなさんにとって,非常に専門的な運動であるスプリント走のためのトレーニング手段の選択,立案などの参考になれば幸いです.






参考論文:
馬場崇豪・和田幸洋・伊藤章(2000)短距離走の筋活動様式.体育学研究,45(2):186-200.
Jacobs,R.and van Ingen Schenau,G.J.(1992)Intermuscular coordination in a sprint push-off.Journal of Biomechanics,25(9):953-965.
Mero,A.and Komi,P.V.(1987)Electromyographic activity in sprinting at speeds ranging from sub-maximal to supra-maximal.Medicine and Science in Sports and Exercise,19(3):266-174.
Mero,A.,Komi,P.B.and Gregor,R.J.(1992)Biomechanics of Sprint Running;A Review.Sports Medicine,13(6):376-392.
Novacheck,T.F.(1998)The biomechanics of running.Gait and Posture,7:77-95.
大島雄治・藤井範久(2017)最大疾走速度局面における内転筋群および腸腰筋の機能について.体育学研究,62(1):1-19.

2017年10月31日掲載

戻る