スポーツ選手はなぜ叫ぶのか?

MC2 河合郁実


 Rikupediaをご覧の皆さん,こんにちは.MC2年の河合郁実です.

 ついに4年に1度の大祭典であるリオオリンピックが閉幕しました.世界各国からトップ選手が集まり,選手は自分の力を発揮するためにパフォーマンス前にルーティーンワークを行ったり,パフォーマンス時に声を出すなど,様々な工夫をしていましたね.

   そこで今回のコラムは選手がパフォーマンスを行う時の「声」の効果に着目して紹介します.

 今までの試合で選手がプレーするときに「叫び声」を聞いたり,自分自身がプレーする時に声を出したことはありませんか?
 例えば,テニスのシャラポワ選手はボールを打つときに「アァーー!!!」と唸り声をあげており,陸上競技のハンマー投の室伏広治選手は投げた後に「ア゛ア゛アアアアア!!!」と叫びながら投げています.


 では,なぜスポーツ選手はプレー時に声を出すのでしょうか.


 声を出すことと競技のパフォーマンスの関係について,Ikai&Steinhaus(1961)は,身体運動の出来えを知るための方法の一つとして最大随意収縮における筋力測定を行いました.競技者の自発的なかけ声と同時に筋力を発揮した場合には最大筋力が12.2%増大し,筋力発揮の2~10秒前にピストル音を鳴らすと7.4%の増大が見られたと報告しています.このことは,生理的限界の変動,すなわち中枢神経系の興奮水準の変動によるものと解釈されています(矢部,1966).また,北村ら(1981)は,瞬発力を必要とするパワー系のスポーツ(陸上競技の投てき種目,ウエイトリフティングなど)において,声を出さない場合に対し声を出すのでは,最大筋収縮速度が約9%,筋パワーが14.6%増大したと報告しています.このような報告から,瞬発力を必要とするパワー系のスポーツでは高いパフォーマンスを発揮するときに声を出すことは有効であると考えられます.

前述した室伏選手の 「ア゛ア゛アアアアア!!!」は,脳から神経系・筋出力系に指令を与える運動制御のリミッターをはずし,筋肉の限界値まで力を発揮(覚醒)させる効果があると考えられます(藤野,2008).このような声を出す効果は,「シャウト効果」又は「シャウティング効果」と呼ばれ,重いものなどを持ち上げる時に「大きく発声することで通常では出すことのできない力を出すことができる効果」,「人間の発した声が体の奥に眠る潜在的な力を覚醒させる効果」を言います(藤野,2008).

 特にパワー系の種目でパフォーマンス時に声を出すことは効果的ということはわかりました.それでは,具体的にどのような掛け声がいいのでしょうか.

 村川(2007)によると,大学女子陸上競技選手を対象としたメディシンボール投と握力に取り組む際に出した言葉は,「ウッ」が29%,「アッ」が23%,「イッ」 が22%であったと報告されています(図1).




 また,藤野(2008)は,短期大学の学生を対象とした掛け声を「グー」「ガー」「フー」「ハー」の4語を指定し,その言葉を出しながら握力を測定する実験を行いました.その結果,口を閉じて歯を食いしばれる音(クローズドマウス)である「グー」が1番最も握力の値が高くなりました(図2).



 藤野ほか(2007)のスポーツオノマトペデータベースによると,「アッ」「ウッ」のように短く,語尾が促音で終わる言葉は,瞬間的に力を出す時などに,より高い力の発揮が可能になると報告しています.しかし,実際に投てき種目では短い言葉より,「アー!」,卓球やテニスなどの球技では,ボールを打った後に「サー!!」と言って長く叫んでいる人も見られます.これは試技が終わってから声を出しているように見えますが,運動後にオノマトペを発しているのではなく,運動の一連の流れの一部として,スポーツオノマトペを発して絶大なる効果を得ています(藤野,2008).あくまでも力を出すためには「アッ」「ウッ」など短い言葉を出す方が効果的です.例えば,投てき種目であれば投げる瞬間に「アッ」や「ウッ」と発声しながら投げる,ウエイトリフティングではシャフトを挙上する瞬間に声を出すと,より力が出せると考えられます.

 ここまで運動する時の掛け声の効果と具体的な掛け声の言葉について紹介してきました.しかし,あくまでも「発声」は力の発揮を主体として遂行される身体活動やスポーツを有利に遂行するための手段の一つです(村川,2007) .少しでも力を入れて打つ,少しでも重いものを挙げるためにパフォーマンス時に声を出すことは有効であると考えられます.

今まで声を出さずにスポーツをしていたみなさん,さらなるパフォーマンス向上のためにぜひ実践してみてはいかがでしょうか.






参考文献:
Ikai,M.and Steinhaus,A.H(1961) Some factors modifying the expression of human strength.Journal of Applied Physiology,16(1):157-163.
北村潔和,福田明夫,有沢一男(1981) 筋収縮速度とパワーにおよぼす「カケ声」の効果.体育の科学杏林書院,31:143-146.
浅見高明,黒川隆志(1976) 動作と呼吸の関連について.身体運動の科学,杏林書院:59- 167.
沢山勝(1964) 呼吸の筋力発揮に及ぼす影響の研究.体育学研究,9(1):132.
藤野良孝,吉川政夫,竹中晃ニ,仁科エミ,山田恒夫(2007) 運動教育に用いるオノマトペの基本周波数が握力に及ぼす影響.日本教育工学会論文誌,30(4):305-314.
藤野良孝(2008)スポーツオノマトペ なぜ一流選手は「声」を出すのか.小学館:東京,pp42-45,47-48,154-158.
村川増代,野老稔(2007) 投擲時における発声の効果.武庫川女子大学紀要(自然科学):巻55号.
矢部京之助(1966) 最大筋力と疲労.体育学研究,11(2):77-85.
2016年8月22日掲載

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