筋肉痛の予防法について

MC1 岡室憲明


 RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして,今回コラムを担当します,MC1の岡室憲明です.

 トレーニングをしていてほぼ必ず経験するのが筋肉痛です.もちろん私自身も,何度も筋肉痛を経験しています.私は,筋肉痛になるたびにこの痛みを少しでも和らげる方法はないかなあ~と考えてしまいます.
 そこで今回は,筋肉痛の予防法について書きたいと思います.
 まず,予防法を書く前に筋肉痛について説明します.
 筋肉痛には2種類あります.それは,運動中から運動直後に発生する急性筋肉痛と運動後数時間後~24時間程度経過してから痛みはじめ,24~72時間後に痛みがピークに達する遅発性筋肉痛です(Armstrong, 1984 ; Nosaka, 2002).日ごろ苦しめられているのは、遅発性筋肉痛です.遅発性筋肉痛の症状としては、動かした時の痛みや圧痛の他に筋力低下,柔軟性の減少,周径囲増大が挙げられます(Nosaka, 2002).また,遅発性筋肉痛は伸張性収縮が伴う運動において,特異的に発生すると言われています(Armstrong, 1984 ; 野坂, 2001).伸張性収縮とは,バーベルをゆっくり降ろす時などに用いられる筋肉が引き伸ばされていく状態での筋収縮のことです.伸張性収縮は,Z膜の乱れや筋構造タンパク質の変化などの筋損傷をもたらすと言われています(野坂, 1994).これらのことから,筋損傷が遅発性筋肉痛の原因だと考えられています.しかし,遅発性筋肉痛発生メカニズムについてはいくつかの説があり,筋損傷の他に筋の代謝物蓄積による細胞内環境内の浸透圧増加,靭帯・腱・筋膜の損傷及びコラーゲン代謝の不均衡が原因として挙げられています(Armstrong, 1984).最近の研究では,Mizumura and Taguch(2016)が発痛成分(痛みを引き起こす成分)であるブラジキニンが遅発性筋肉痛を引き起こすきっかけである可能性があると述べています.この中では,筋損傷が一番支持されていますが(Armstrong, 1984),いまだに明確な遅発性筋肉痛の原因は分かっていません.
 しかし,遅発性筋肉痛の軽減・予防についての研究は多くされており,一定の成果は出ています.ここで,紹介する予防法はほとんどが遅発性筋肉痛の原因を筋損傷によるものとしていることをご了承ください.
 今回は,古くから行われてきたアイシング,ここ数年話題になっているL-カルニチン,そして運動の3つについて述べたいと思います.
 1つ目のアイシングとは,アイスパック等を用いて患部に氷を当て冷やすことです.アイシングをすることで,代謝を低下させ,筋損傷で細胞内に過度の分泌物が流れるのを抑制し,浮腫の発生を抑えるとされています(Knight, 1997).Knight(1997)は,これらの作用によって損傷後の二次的低酸素症(損傷部位が虚血状態になること)が引き起こされることで発生するフリーラジカル(細胞を変形・破壊してしまう物質)を抑制し,二次的な筋損傷を防ぐことがアイシングの重要な作用であると述べています.アイシングの注意点として,1つ目に実施時間が挙げられます.実施時間については,20分以上行うと神経や組織を損傷してしまう危険性があることから20分未満が良いとされています(三木, 2015).また,2つ目は冷却する温度です.小笠原(2015)は,0度に近い温度で血流が大幅に阻害されるのは避け,炎症等の生体防御反応を阻害しない程度にマイルドに患部を冷却するべきであると述べています.3つ目としては,アイシングはトレーニング効果を低下させてしまうことです.大西ら(2005)は,前腕部のトレーニング終了後に毎回アイシングを行っていた群のほうが,行っていなかった群よりも筋厚,前腕最大周径囲の増加が有意に小さく,最大筋力および筋持久力の増加も小さい傾向にあったことを報告しています.これは,アイシングをしたことによってトレーニング効果が抑制されたことを示唆しており,アイシングのデメリットといえるでしょう.よって,運動の程度によってアイシングをしないことを自分で判断しなければならないでしょう.これらのことに注意しアイシングを行いましょう.
 予防方法の2つ目は,L-カルニチンの摂取です.従来,L-カルニチンは持久的能力向上の観点から研究されてきました(Vecchiet et al., 1990 ; Marconi et al., 1985 ; Greig et al., 1987).しかし,近年L-カルニチンの摂取による遅発性筋肉痛の抑制や筋疲労低減についても研究されています.Volek et al. (2002)とJen-Yu(2010)はL-カルニチンL-酒石酸塩(カルニチンを錠剤やカプセルなどに加工しやすくしたもの,以下L-カルニチン)を摂取することで筋損傷と遅発性筋肉痛が低減したことを報告しています.しかしながら,L-カルニチンによる遅発性筋肉痛抑制のメカニズムについては,Kraemer et al.(2005)がL-カルニチンを摂取することで,運動による筋の低酸素状態が緩和され,フリーラジカルの発生による組織の破壊を抑制できていると述べています.しかし,Greig et al. (1987)の研究ではL-カルニチン摂取後の最大酸素摂取量に変化はなかったと報告しています.このことから,Kraemer et al.(2005)の仮説は一概に正しいとは言えないでしょう.よってL-カルニチンについては,今のところ遅発性筋肉痛の抑制メカニズムは明確になっていないですが,痛みの軽減には効果があるといえそうです.
 予防方法の3つ目の運動については,運動直前のウォーミングアップや運動直後のクーリングダウンのことではなく,1~2週間前に事前に運動を行うことによる遅発性筋肉痛への影響について述べます.Nosaka and Newton(2002)は週1回の伸張性運動による遅発性筋肉痛が1週目に行った後と2週目以降とでは2周目以降の方が痛みの程度が低いことを報告しています.また,Nosaka et al.(2001)の研究では,24回の伸張性運動を行う2週間前に同じ運動を行うと痛みを抑制することができることを報告しています.これらのことから,遅発性筋肉痛の抑制には事前に運動をしておくと良いといえます.さらに,同研究(Nosaka et al., 2001)は,2週間前の事前の運動で回数を2回行った群と24回行った群の本運動後の遅発性筋肉痛の程度が同程度であったと報告しています.また,2週間前の事前トレーニング時の痛みの程度が2回しか行っていない群の方が低かったと報告しています.このことから,筋肉痛を予防するためには同じ運動を低強度で行う方が遅発性筋肉痛を抑制できるとともに事前の運動で引き起こされる遅発性筋肉痛も抑えることができると言えます.よって,運動を新たに始める時、新しいトレーニングに挑戦するときには徐々に強度を上げていくことでひどい遅発性筋肉痛を引き起こさずに運動に取り組めることができるでしょう.

最後に 
 私自身,先輩に「筋肉痛は友達」と言われたことはありますが,筋肉痛は筋力低下,可動域低下など様々な症状を引き起こします(Nosaka, 2002).そのため,筋肉痛の状態で練習すると練習の質が落ちてしまうことが考えられます.しかし,筋肉痛にならずにパフォーマンスを向上させることは不可能だと私は思います.よって,筋肉痛をうまく予防し,軽減することでより質の高いトレーニングができ,競技成績を向上させることができるのではないでしょうか.






参考文献:
Armstrong RB(1984)Mechanisms of exercise-induced delayed onset muscular soreness : a brief review. Medicine and science in sports and exercise16(6):529-538.
大西範和,山根基,小坂光男(2005)運動後に行うアイシングの長期的な適用の影響について デサントスポ-ツ科学26:51-59.
小笠原一生(2015)アイシングが生体に及ぼす効果,臨床スポーツ医学32(5):480-483.
Greig C, Finch KM, Jones DA, Cooper M, Sargeant AJ, Forte CA(1987)The effect of oral supplementation with l-carnitine on maximum and submaximum exercise capacity. European Journal of Applied Physiology and Occupational Physiology56(4): 457-460.
Ho JY, Kraemer WJ, Volek JS, Fragala MS, Thomas GA, Dunn-Lewis C, Coday M, Hakkinen K, Maresh CM (2010) L-Carnitine L-Tartrate supplementation favorably affects biochemical markers of recovery from physical exertion in middle-aged men and women. Metabolism59:1190-1199.
Knight KL(1997)クライオセラピー,田淵健一監修,ブックハウスHD.
Kraemer WJ, Volek JS, Spiering BA, Vingren JL (2005)L-Carnitine supplementation: A new paradigm for its role in exercise. Monatshefte fur Chemie136:1383-1390.
Mizumura K, Taguchi T(2016)Delayed onset muscle soreness: Involvement of neurotrophic factors. The Journal of Physiological Sciences66(1):43–52.
三木貴弘(2015)アイシングの有効性をめぐる文献的考察―RICE処理は本当に有効なのか―Sportsmedicine171:15-18.
野坂和則(2001) 遅発性筋肉痛の病態生理学 理学療法18(5):476-484.
Nosaka K, Sakamoto K, Newton M, Sacco P(2001)The repeated bout effect of reduced-load eccentric exercise on elbow flexor muscle damage. Eur J Appl Physiol85(1):34-40.
Nosaka K, Newton M, Sacco P(2002)Muscle damage and soreness after endurance exercise of the elbow flexors. Med Sci Sports Exerc34(6):920-927.
Nosaka K, Newton M(2002)Concentric or eccentric training effect on eccentric exercise-induced muscle damage. Med Sci Sports Exerc.34(1):63-9.
Volek JS, Kraemer WJ, Rubin MR, Gomez AL, Ratamess NA, Gaynor P (2002) L-Carnitine L-tartrate supplementation favorably affects markers of recovery from exercise stress. Am J Physiol Endocrinol Metab282:474-482.
2016年8月19日掲載

戻る