ハードルを越える脚は右が良い?左が良い?
~400mハードル走のコーナーに着目して~

MC2 岩科 圭


 こんにちは.陸上研MC2の岩科です.前回掲載したコラム「飲酒は筋肉を破壊する?」では多くの反響があり自身でも驚きました.お読み下さった方々,そしてシェアをして下さった方々に感謝申し上げます.さて,今回で当コラムを投稿するのも最後となりそうですので,原点に戻って私が約10年間続けてきた400mハードル走(以下400mH)について取り上げようと思います.

400mHとは
 400mHという競技をご存知でしょうか.400m(陸上競技場トラック1周)を10台のハードルを越えてタイムを争う競技です.ハードルの高さは男子で91.4cm,女子で76.2cmであり,ハードルとハードルの間の距離は35mに設定されています.400mという長い距離の中でハードルを跳ぶわけですから,非常に過酷な競技であることは言うまでもありません.他のハードル種目では必要としないコーナーでのハードリング(ハードルを跳ぶこと)技術を要し,戦略性の高い種目であると森丘ほか(2000)は述べています.また世界での陸上競技における日本人競技者の活躍してきた種目としてマラソン,ハンマー投,リレー等と共に400mHが挙げられます(安井,2009).実際に現日本記録保持者の為末大選手は世界陸上で2度も銅メダルを獲得しており,また今季は野澤啓介選手が今季世界ランキング2位(2016.7.1現在)で日本陸上界では注目の競技であるといえます.

ハードリングの利き脚について 
 みなさんはどちらの手でペンを持ちますか?人にはそれぞれ利き手があるように,ハードルを越える際の脚にも左右の得意不得意が存在します.大森(2002)は利き手と利き脚(ハードルを先に越える方の脚:リード脚,図1)は本来同じになると述べています.この理由は利き手とは逆の脚に重心が傾くことが多いからです.例えば,座った状態で右手にペンを持って何かを書く時,左のお尻に体重がかかっていないでしょうか.つまり右手が利き手であれば左に重心をかけることが多いため,ハードルを越える際には左脚を軸として踏み切り,右脚をリード脚として用いる場合が多いと考えられます.




コーナーでのハードリング
  400mHは陸上競技の中で唯一,コーナー(曲走路)を疾走しながらハードルを越えなければならない種目です.標準的なトラックでは1-5レーンの場合,直走路に5台,曲走路に5台のハードルが設置されますが,6-8レーンの場合,直走路に4台,曲走路に6台のハードルが設置されます.直走路と曲走路の走り方は当然異なります.自転車でカーブを曲がる時を想像してみてください.多くの方はハンドルを曲げるのではなく,自転車自体を傾けるのではないでしょうか.疾走動作も同様で,身体の軸を傾けてコーナーを走ります.そして,コーナーでハードルを跳び越える場合,そのハードリング動作は右リード脚と左リード脚の場合で大きく異なります.結果から述べると,コーナーでのハードリングは左リード脚でハードルを越える方が有利であると言われています.その根拠を宮下(2012)の研究を参考に以下にまとめました.

◆左リード脚の場合(図2)
【長所】
・ レーンの内側で踏み切り,進行方向の変化を小さくして進むことができる(コーナーの最短距離を疾走することができる,図2-踏切接地).
・ 空中では抜き脚(リード脚ではない方の脚,図1)動作により腰のラインは内傾し,そのまま内傾姿勢を変えずに疾走動作へと移せる(図2-空中,着地).




◆右リード脚の場合(図3)
【長所】
・ レーン中央寄りで踏み切り,踏み切り離地では進行方向をコーナーの内側に向けるため,直線的に進むことができる(図3).
【短所】
・ 踏み切りではレーン中央寄りで行うために,コーナーの最短距離での疾走を確保できない(図3-踏切接地).
・ 空中ではコーナー内側にある抜き脚を前方へ引き出す動作を行う関係上,腰のラインがコーナー外側に傾き窮屈になるため,左リードと比べて空中に高く上がらなければならない(図3-空中).




 しかしながら,Quinn(2010)はハードリングの空中の高さは10%減少してもタイムは0.2%改善されるのみであり,わずかな影響でしかないと述べていると同時に,右リード脚の危険性として,抜き脚がハードルの内側にはみ出し,失格になる可能性もあるとしています.

  以上のことから,コーナーでハードルを越えるうえで内傾を保ちながら最短距離で疾走するには左リード脚が奨励されると考えられます.しかしながら,競技者が高身長の場合,右リード脚の短所である「腰のラインが窮屈になり,空中に高く上がらなければならない問題」は解消されると考えられます.故に左リード脚の方が長所が多いとはいえ,個々人の形態特徴によって左右リード脚の長所,短所の影響は異なると言えます.

最後に
 400mHのコーナーにおいて左リード脚でハードリングを行う方が有利であると述べてまいりましたが,今年のリオオリンピックの400mH代表の2名(2016.7.1現在)のうち, 1人は左リード脚を得意とし,もう1人は右リード脚を得意としています.つまり,左リード脚を用いることがパフォーマンスの高い人の絶対条件ではないことを理解しなければなりません.しかしながら,日本代表の2名には重要な共通点があります.それは,どちらの脚でもハードルを跳べることです.実際のレースでも左右の特徴を加味したうえで,状況に応じて脚を使い分けてハードルを越えます.リオオリンピックをご覧の際には,日本人選手の見事な左右脚の使い分け技術にもぜひ注目していただきたいと思います.





参考文献:
宮下 憲(2012)スプリント&ハードル.陸上競技社,pp.130-133.
森丘保典・杉田正明・松尾彰文・岡田英孝・阿江通良・小林寛道(2000)陸上競技男子400mハードル走における速度変化特性と記録との関係:内外一流選手のレースパターンの分析から.体育学研究,45:414-421.
大森重宣(2002)400mハードラーの条件.スプリント研究,18:54-55.
Quinn,M.D.(2010)External Effects in the 400-m Hurdles Race. Journal of Applied Biomechanics., 2:171-179.
安井年文(2009)400mハードル走の特性における実践的把握についての検討.陸上競技研究,79:2-16.
2016年8月1日掲載

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