短距離走におけるエネルギー供給比率

MC2 白木駿佑


 RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは.MC2の白木駿佑です.前回までのコラムは,「血中乳酸濃度の解釈」といった内容でしたが,今回は「エネルギー供給比率」という内容で短距離走に関して生理学的観点から考えていきたいと思います.


エネルギー供給比率とは?
  まず,エネルギー供給比率に関して,ヒトはエネルギー(ATP)を生成することで運動することができます.そのエネルギーを有酸素性代謝(酸化系)によるもの,無酸素性代謝(ATP-PCr系,解糖系)によるものに大別して算出された割合が運動中のエネルギー供給比率となります.その算出には,いくつかの方法がありますが,近年では,酸素借法と呼ばれる方法が多く用いられております.運動中に測定された酸素摂取量を有酸素性エネルギー供給量とし,そのほかの部分を無酸素性エネルギー供給量(酸素借)とみなすことでエネルギー供給比率を算出します.その詳しい方法については,先行研究を参考にしていただきたいと思います(Noordhof et al.,2010;Medbø,2010).今回のコラムでは,この酸素借法によって測定された短距離走のエネルギー供給比率について紹介していこうと思います.
  さて,古くから短距離走は「無酸素運動」と言われ,400m走にいたっては「究極の無酸素運動」と言われることがあります.実際はどうなのでしょうか.


短距離走の各種目におけるエネルギー供給比率
  Duffield and Dawson(2003)は,携帯型呼気ガス分析器を用いて,陸上競技各走種目における運動中の酸素摂取量を測定し,エネルギー供給比率を算出しています.図1には,短距離走種目(男性競技者)のエネルギー供給比率を示しています(Duffield and Dawson,2003をもとに著者作成).有酸素性エネルギー供給比:無酸素性エネルギー供給比は100mで20.4±7.9:79.6±7.9,200mで28.4±7.9:71.6±7.9,400mで41.3±10.9:58.7±10.9であったことを報告しています(Duffield and Dawson,2003).一方,走記録は,それぞれ11.5±0.4秒,23.8±1.1秒,52.2±1.9秒でした(Duffield and Dawson,2003).運動時間はエネルギー供給比率と強くかかわっていること(図2,Gastin,2001;Duffield and Dawson,2003)から,エネルギー供給比率はかかった時間(走記録)によって異なることが報告されています(Arcelli et al.2008).また,体内には酸素が貯蔵されており(Spencer and Gastin,2001),その分も有酸素性代謝に加えるとエネルギー供給比率は400mにして5%程度変わると考えられています(八田,2009).このことを含め,八田(2009)は,短距離走の各種目における酸素利用率(有酸素性エネルギー供給比率)を100mで22%,200mで33%,400mで50%と予測しています.一方で,Duffield and Dawson(2003)の報告した各種目のエネルギー供給比率の標準偏差は,小さくありません.このことは,エネルギー供給比率には,個人差があると言えるでしょう.また,森ほか(2011)は,被験者を最大酸素摂取量の値で2群にわけ,ウィンゲートテスト(30秒間および60秒間の全力ペダリング運動)を実施したところ,最大酸素摂取量の高い群は,ウィンゲートテスト中の有酸素性エネルギー供給比が有意に高いことを報告しています.したがって,短距離走でのエネルギー供給比率は,種目ごとで大まかに決まっているものの,その値は運動時間や競技者の体力特性に影響を受けるといえるでしょう.


有酸素性能力の重要性
  短距離走中の有酸素性エネルギー供給比に関して,「意外と大きい」と思った方が多いのではないでしょうか.400mにおいては約半分程度が酸素によるエネルギー供給であるともいわれます(八田,2001).そのため短距離走,特に400mにおいては,有酸素性能力がパフォーマンスに及ぼす影響は小さくないかもしれません.実際に,有酸素性能力の指標である最大酸素摂取量と400mの速度低下率との間には有意な負の相関関係が報告されています(尾縣ほか,1998a).また,有酸素性トレーニングによって400mの記録が改善された事例も報告されています(磯・高倉,1998).しかしながら,最大酸素摂取量と400m走記録(または速度逓減)との間に有意な相関関係が認められなかった研究も少なくありません(安井ほか,1998;山本,1999;尾縣ほか,1998b).さて,最大酸素摂取量とは,単位時間にどれだけ多くの酸素を活動筋へ供給できる能力であり,酸素運搬系と消費系の器官・機能の統合された能力によって決定されます(山地,2001).このことから最大酸素摂取量は,有酸素性能力の指標ではありますが,非常に多くの要因によって決定されることが分かります.以上のことから,エネルギー供給比率から考えると短距離走における有酸素性能力の重要性は小さくありませんが,競技パフォーマンスにつながるのは短距離走に特異的な有酸素性能力なのかもしれません.


無酸素性能力の重要性
  無酸素性能力の重要性が高いことは,エネルギー供給比率(図1)からみても明らかです.加えて,吉岡ほか(2009)は,無酸素性能力の指標である最大酸素借と短距離走種目(200mおよび400m)との間に有意な相関関係を報告しています.また,図2で示したように運動時間によってエネルギー供給比率は異なります.そして,運動時間すなわち走記録が短縮すればするほど,無酸素性代謝の割合が高くなることが予測できます.ただ,注意していただきたいのは,パフォーマンスが高い(運動時間が短い)者ほど無酸素性エネルギー供給比が高いとは限りません(吉田・川本,2003).この要因としては,エネルギー供給比率は個々の体力特性によって異なること(森ほか,2011)が考えられます.したがって,無酸素性能力は,短い種目ほどより重要であると考えられますが,記録の短縮には必ずしも無酸素性能力を高めるだけが方法ではないでしょう.


本当に重要なのは?
  今回,エネルギー供給比率について紹介しました.短時間で終える種目ほど無酸素性代謝による貢献は大きく,重要だと言えるでしょう.しかしながら,有酸素性代謝,無酸素性代謝による区分は便宜上用いることが多いですが,運動は片方の代謝のみで行われることはほぼありません.また,400mの約半分は有酸素性のエネルギー供給であるからと言って,マラソンの練習をすれば良いというわけではなく,普段行っている短距離走のトレーニングにおいても有酸素性代謝はある程度動員されていると考えられます.運動時間を少し長くすることで,より有酸素性代謝に刺激を与えることができるでしょう.最後に,パフォーマンス向上のために重要なことは,エネルギー供給(消費)の絶対量です.その絶対量を無酸素性能力,有酸素性能力の双方から高めるということを意識してトレーニングに取り組むのが良いかもしれません.










参考文献:
Arcelli.E.,Mambretti.M.,Cimadoro.G.,Alberti.G.(2008)The aerobic mechanism in the 400 metres.New Studies in Athletics,23(2):15-23.
Duffield,R.and Dawson,B.(2003)Energy system contribution in track running.New Studies in Athletics,18(4):47-56.
Gastin,P.B.(2001)Energy system interaction and relative contribution during maximal exercise.Sports Med.,31(10):725-41.
八田秀雄(2009)乳酸と運動生理・生化学-エネルギー代謝の仕組み-.市村出版:東京.
磯 繁雄・高倉正樹(1998)400m種目の有酸素トレーニング導入に関する研究.スポーツ科学・健康科学研究,1:37-41.
Medbø,J.I.(2010) Accumulated Oxygen Dificit Issues.In:Connes,P.,Hue,O.,Perrey,S.,editors.Exercise Physiology:from a Cellular to an Integrative Approach (Biomedical and Health Research).Amsterdam:IOS Press BV:367-384.
森 健一・吉岡利貢・白松宏輔・苅山靖・尾縣貢(2011)有酸素能力の相違がWingate testにおけるエネルギー供給比に及ぼす影響.体力科学,60 (5):503-510.
Noordhof,D.A.,D.Koning,J.J.,Foster,C.(2010)The maximal accumulated oxygen deficit method:a valid and reliable measure of anaerobic capacity?.Sports Med.,40(4):285-302.
尾縣 貢・福島洋樹・大山圭悟・安井年文・関岡康雄(1998a)筋疲労時の疾走能力と体力的要因との関係.体力科学,47:535-542.
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Spencer,M.R.and Gastin,P.B.(2001)Energy system contribution during 200- to 1500-m ruuning in highly trained athletes.Med Sci Sports Exerc.,33:157-162.
山本哲嗣(1999)陸上競技・400m走の競技パフォーマンスに関与する生理学的要因.陸上競技研究,38:33-36.
山地啓司(2001)改定 最大酸素摂取量の科学.杏林書院:東京.
安井年文・尾縣 貢・福島洋樹・宮下 憲・関岡康雄 (1998) 400m疾走中の速度逓減に影響を及ぼす体力的要因について.陸上競技研究,35:2-15.
吉田真希子・川本和久(2003)女子短距離競技者の400m疾走中における酸素借と酸素摂取量に関する研究.陸上競技紀要,16:19-26.
吉岡利貢・前村公彦・井上洋祐・宮下 憲・鍋倉賢治 (2009) 400mスプリンターを対象とした自転車運動による体力評価の有用性.陸上競技研究,77 (2):10-16.
2016年7月4日掲載

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