そうだ 陸上研,いこう・・

DC3 広瀬健一

こんにちは,DC3の広瀬です.
  さて,今年度のコラム担当表を見ましたところ,今回で私が担当するコラムは最後であるようです.
  正直困りました.今回で最終回とは,
  さすがに博論も完成してないので,中途半端な内容は書きたくないですし,
  でも最後だから何かメッセージ性の強いものを書きたいしなぁ・・・

まあまあ悩んだ末に,最後のテーマとして「陸上研ってどんな研究をしている(目指している)のか?」を選びました.本コラムでは陸上研で私が何を学び,何を感じてきたことを私なりの言葉で紹介させていただきたいと思います.

※今回に限りましては,陸上研の研究姿勢にご興味のある方を対象として,コラムを展開して参ります.そのため,研究成果を基に陸上競技に有意義な知見をお届けするという陸上研コラムの通常の趣旨からは外れる内容となっております.

基本的に陸上研は陸上競技に関することを研究テーマにしています.研究手法としては「運動生理学」「スポーツバイオメカニクス」「トレーニング学」「スポーツ心理学」「レース分析」「インタビュー調査」などなど,なんでもアリな研究室です.これだけ聞くと取り留めのない研究室ではないかとお思いになるかもしれません.しかし,このように陸上研が多様な立場に立脚しているのには理由があるのですが・・・ここでは以下のたとえ話を例にその理由を説明していきたいと思います.

皆様はポップコーンを食べたことがあるでしょうか? ポップコーンの起源については諸説あるようですが,なんと5000年以上もの歴史があるようです(Smith,1999).それでは,ポップコーンが出来上がる物理的なメカニズムが解明されたのはいつ頃でしょうか? なんと答えは去年なのです(Virot and Ponomarenko,2015).驚いた方も少なくないかもしれません.また,長い歴史の中でポップコーン職人はおいしいポップコーンを作るためのノウハウを身につけてきました.そして,それを裏付ける科学的知見(例えば,豆の品種,調理器具,調理時間,調味料の種類・産地・使用量など)があるはずです.さらには,ポップコーンをたくさんの人に食べてもらうためのマーケティング戦略も重要になるでしょう.

仮にポップコーン研究室というものがあったとしましょう.彼等の研究活動はおそらくこうです.

ポップコーン史となるものを研究している人がいるでしょう「歴史学」.
  また,どのようにしてトウモロコシがポップコーンになるのかが気になってしょうがない人もいるでしょう「物理学」.
  もしくは,ポップコーン職人の方がより美味しいポップコーンを作るための研究をしているかもしれません「調理法」.
 ひょっとすると,MBAの人がポップコーンのさらなる事業展開を狙う研究に携わっているかもしれません「マーケティング」.

このポップ研の活動はあくまで想像の域を超えませんが,同じポップコーンの研究であっても,分野や立場,目的によって,切り口はいくつも存在することになるのです.

このようなことはスポーツ科学においても例外ではありません.例えば,以前のコラムで紹介したように,「トレーニング学」で扱うテーマを「スポーツ心理学」の立場で切り込むことも可能なのです.ちなみに私の博士論文ではハンマー投を「トレーニング学」と「スポーツバイオメカニクス」この2つの手法を合わせて研究しています.さらに,その2つの分野から導き出された結果を基に,最終的には「コーチング学」に昇華させることが要求されます.このように,スポーツ科学は非常に学際的な分野でもあるのです注1).それでは,我々(陸上研)はどのような研究を目指せば良いのでしょうか? 答えは簡単です.現場に有益な知見を提供できるかどうかです.これは陸上研の一貫した研究姿勢であると言えます.

陸上研は「研究テーマは実践現場で探してくる」をモットーに活動しています.そのために陸上研の偉大な先輩方は,ありとあらゆる手段を利用して,現場に有益な知見を提供しようと努力されてきました.そのため,諸先輩方の研究テーマは,私のような現場好きの人間からしてみるとワクワクする内容のものばかりなのです.私も陸上研にお世話になって3年目ですが,陸上研の名に恥じぬよう,実践と研究をつなげるために日々もがいております.

以上,だらだらと述べて参りましたが,
① どうやら陸上研の人は陸上競技が大好きである.
② 大好きな陸上競技の実践と研究をなんとかしてつなげたい.
③ そのために,様々な角度から陸上競技を科学している.
読者の皆様にこのように感じ取っていただければ,本コラムの役目は果たしたはずです.

最後になりましたが,かの文学者ゲーテが,哲学者カントに当てて「わたしは,いろいろなことを知ることには興味があるが,知ることがどう成り立っているかなど興味がない」という批判をしたとされています(山口,2002).この文言には様々な解釈があるかもしれませんが,「何であるか」,「どうあるか」よりも「役に立つこと」,「必要なこと」の方が重要じゃないのか? という哲学者に対する批判です.しかし,私は競技や研究を通して哲学的な姿勢を大切にしてきました.哲学といっても,リテラルな意味での哲学:たとえば目の前に林檎があるとして,私が見ている林檎(認識している林檎)と実際の林檎(対象としての林檎)とが一致することを確証できないという西洋哲学の命題『主観と客観の不一致』注2)や,行為論(行動の哲学)で有名なウィトゲンシュタインの『私が手をあげるという事実から,私の手があがるという事実を差し引いたとき,後に残るものは何か』(Wittgenstein,1953).のような問いにチャレンジするようなことではなく、、、 そう,ここで私が言いたいのは哲学的思考・・・一つの問題を徹底的に考え抜き,答えを見つけ出そうとする営み,これこそが陸上研で学んだことかもしれません.博士という学位は,英語にするとDoctor of Philosophyと言い,直訳すると哲学博士となります.研究の集大成によって得られる学位に哲学という文字が未だに入っているのには深い理由があるのではないでしょうか.

これが最後だという思いが,筆致を荒くさせてしまいました・・・お許し願います.拙文のくせに無駄に分量の多いコラムを書くことで有名(?)な私のコラムにここまで付き合っていただき,誠にありがとうございました.もし楽しんでいただけたのであれば幸甚に存じます.

今回のコラムをご覧いただき,こういうスタンスの研究興味あるなーと思ってしまったそこのあなた!
 陸上研へのご参加を一同心よりお待ち申し上げております.

注1)そういえば,たまたまトレーニング場で出会った謎のフランス人のピエールという方の専門はバイオマテリアルというもので,「ワタシがん細胞の研究してるネ!」とおっしゃっていました.なんか気になって調べたところ,日本バイオマテリアル学会は,「生体に使用する材料およびその応用に関する科学・技術を発展・向上させることを目的とし,(中略)医学,歯学,工学,理学,薬学,生物学などをつらねた学際領域の確立を目指す(後略)」(日本バイオマテリアル学会,online)とのことでした.筑波大学でも,工学・生命環境・医学の分野でバイオマテリアルの研究が行われているようです.学際的な学問領域は何もスポーツ科学に限ったことではないのですね.

注2)この主観と客観の不一致問題は近代の哲学者を悩ませてきました.デカルトは神を持ち出さなければ証明できないとしましたが,神の存在証明も人間にはなし得ません.袋小路に迷い込んだこの問題に一筋の光を差し込んだのはフッサールでした.彼は驚くような方法で,この西洋哲学の命題に回答を与えたのですが・・・続きが気になる方は哲学科へ!




参考文献:
日本バイオマテリアル学会(online)日本バイオマテリアル学会:学会について:学会概要.
http://kokuhoken.net/jsbm/about/outline.html.(参照日2016年5月10日)
Smith, A. F.(1999)Popped Culture: A Social History of Popcorn in America. University of South Carolina Press, Columbia.
Virot, E., and Ponomarenko, A.(2015)Popcorn: critical temperature, jump and sound. Journal of the royal society interface, 12: 20141247.
Wittgenstein, L.(1953)Philosophical Investigations. Basil Blackwell, pp.661.
山口一郎(2012)現象学ことはじめ. 日本評論社, pp.19-21.
2016年5月25日掲載

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