飲酒は筋肉を破壊する?

MC1 岩科 圭

こんにちは.筑波大学大学院,陸上研M1の岩科です.日に日に暖かさが増し,春の訪れを感じます.この時期は出会いと別れの季節.そのため,お酒を飲む機会も多くなると察します.ついつい飲み過ぎてしまうこともあるでしょう.そこで今回は,飲酒が身体にどのような効果をもたらすのか,アスリートの視点で考えてみたいと思います.おそらく,アスリートの皆さんは飲酒に対してマイナスのイメージを持たれていると思います.しかし,「飲酒は良くない」という抽象的なイメージはあっても,その根拠を明確に答えられる人はあまりいないように感じます.本コラムでは,科学的根拠から飲酒が筋肉に及ぼす影響について取り上げることとします.


「がぶ飲み」による筋肉の破壊
 国税庁課税部酒税課(2015)の調査では,日本の成人1人当たりの酒類消費数量は平成4年度ピークとして減少傾向にあると報告しています.この間、成人人口は増加傾向であったことを踏まえると、飲酒習慣のある者においても、その飲酒量は減少しているものと考えられます.しかしながら,大学入学をきっかけに,飲み会などで多くの学生が飲酒を経験します.飲み会によっては,同時に何杯も立て続けに飲む行為,いわゆる「がぶ飲み」が一般化しています(Lewinshon and Rode,1996).
 では,大量にアルコールを摂取すると身体にどのような生理的変化が起こるのでしょうか.急性的な効果の例としては,運動制御能力の低下や身体パフォーマンスの低下などがあります(Vingren and Kraemer,2006).また,痛飲はたちまち筋を破壊することが知られていて,「急性アルコール筋症(ミオパチー)」と呼ばれています(石井,2007).Charles et al(2001)は,この時,筋力低下だけではなく,筋繊維(特に速筋繊維)の部分的壊死などが起こると報告しています.
 慢性的な効果の例として,アルコール依存症と診断された患者には,筋委縮と筋衰弱が見られます(Alvaro et al.,1989).筋の萎縮は,アルコールの慢性的な摂取により,テストステロンの合成量が低下したことによるものだと考えられます.テストステロンとは男性ホルモンの一種で,筋の成長を促進する効果があります(Wilson and Williams,1998).つまり,継続的に大量のアルコールを摂取し続けると,筋力の低下を招くことが考えられます.このように,お酒の摂取の仕方によっては,日々のパフォーマンスに影響を及ぼす可能性があります.アスリートのみなさん,飲み会などの機会には,「がぶ飲み」の怖さについて少しでも考えておくことをお勧めします.


男女で異なる飲酒による影響
 テストステロンは男性ホルモンの一種ではありますが,女性の体内でも自然に合成されます.ただ,男性は女性に比べて,血清中のテストステロンの濃度が最大10倍であると言われています(Vingren and Kraemer,2006).男性の方がより筋肉質であるのは,このホルモン量の差が影響していると考えられます.しかし前述の通り,男性の場合はアルコールを急性的にあるいは慢性的に摂取した場合,テストステロンは減少し筋の萎縮に関わります.また,アルコール依存症の男性では,テストステロンの減少により,女性的特徴の発達,特にわずかな女性様乳房の発達が起こることが過去の研究で明らかになっています(Van Thiel et al.,1981).
 しかし女性の場合,飲酒による影響は男性と大きく異なります.驚くべきことに,女性は,急性的あるいは慢性的なアルコール摂取によって血清中のテストステロンが増加をすると述べた研究があります(Cigolini et al.,1996).女性は飲酒をすることで筋肉が付きやすい身体に変化するかもしれないのです.つまり,飲酒によって,生理的な部分では男性は女性化し,女性は男性化する可能性が過去の研究から示唆されています.


筋に悪影響を与えない飲み方とは?!
 飲酒に関するマイナスの部分を多く取り上げてきましたが,お酒とうまく付き合う方法はないのでしょうか.過去の研究で,アルコールがテストステロンに及ぼす影響は,摂取した量によって異なることが明らかになっています.Jakob and William(2006)の研究では,男性に体重1kg当たり1g,もしくはそれ以下のアルコールを,急性,慢性の両方で摂取(アルコール度数5%のビール約355mlでは,含有アルコール量は14g)したところ,テストステロンには変化がないか,もしくは増加を示しました.一方,アルコール量が1g/kgを超えた場合,テストステロンの抑制が見られました.つまり,男性の飲酒に関しては,その人に適した量であれば,筋に対する影響は少ないと考えられます.また,石井(2007)は,筋に悪影響を与えないアルコール摂取量はビール1日約1.2Lくらいであると述べていますが,お酒に弱い日本人はこの半分程度であるとも主張しています.両者の見解から推察するに,体重が軽く,お酒に弱ければ弱い人ほど,より少量の飲酒で筋に悪影響が及ぶと言って良いでしょう.
 各お酒のアルコール量とJakob and William(2006)の研究を元にして,表を作成しましたので参考にしてみてください(表1,表2)







最後に
  飲酒による有害な側面を中心に取り上げてきましたが,飲酒について全面的に否定するつもりはありません.お酒は人との距離を縮めたり,普段できないような話ができたりなど,一種のコミュニケーションツールであるといえます.日々の生活を豊かにする力がお酒にはあります.だからこそ個々人に合った飲酒の仕方を心がけるべきであり,特にアスリートは飲酒に関する知識を把握しておく必要があると思います.本コラムで取り上げた内容がアスリートの方々の一助になれば幸いです.
 なお,飲酒の研究においては欧米の文献が多く,必ずしも日本人が前述の内容に当てはまるとは言えません.この分野の研究は未だ発展途上であり,さらなる検証が期待されるところです.




参考文献:
Alvaro Urbano-Marquez, M.D., Ramon Estruch, M.D., Francisco Navarro-Lopez, M.D., Jose Maria Grau, M.D., Lluis Mont, M.D.,and Emanuel Rubin, M.D.(1989)The effect of alcoholism on skeletal and cardiac muscle.N.Engl. J.Med.320:409-415.
Charles,H.L.,Scot,R.K.,Robert,A.F.and Thomas,C.V.(2001)Alcohol myopathy:impairment of protein synthesis and translation initiation.Int J.Biochem.Cell Biol.,33:457-473.
Cigolini,M.,Targher,G.,Bergamo Andreis,I,A.,Tonoli,M.,Filippi,F.,Muggeo,M.and De Sandre,G.(1996) Moderate alcohol consumption and its relation to visceral fat and plasma androgens in healthy women.Int.J.Obes.Relat.Metab.Disord.20:206-212.
David,H.V.T.,CHARLES,F.C.,Gabriel,B.H.,Horacio,A.P.,Larry,E. and Judith,S.G.(1981)An examination of various mechanisms for ethanol-induced testicular injury:Studies utilizing the isolated perfused rat testes. Endocrinology.109:2009-2015.
石井直方(2007)究極のトレーニング 最新スポーツ生理学と効率的カラダづくり.講談社,pp.244-248.
Jakob,L.V.and William,J.K.(2006)Effect of Postexercise Alcohol Consumption on Serum Testosterone:Brief Overview of Testosterone,Resistance Exercise,and Alcohol.Strength & Conditioning.Volume 13:20-23.
国税庁課税部酒税課(2015)酒のしおり  http://www.nta.go.jp/shiraberu/senmonjoho/sake/.../100.pdf
Lewinsohn,P.M.and Paul,L.(1996) Alcohol consumption in high school adolescents:Frequency of use and dimensional structure of associated problems.Addiction.91:375-390.
Wilson,J.D.and Williams,R.H.(1998) Williams Textbook of Endocrinology(9th ed). Philadelphia:W.B.Saunder Company.pp.826.
2016年3月28日掲載

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