RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは.MC1の白木駿佑です.競技者の方はシーズン直前となり,気持ちがうずうずしている方もいれば,不安な方もいるかもしれません.それぞれの目標に向かって,頑張っていただきたいと思います.
さて,今回のコラムは前回の続きとしまして,血中乳酸濃度を指標としたテストとその解釈について紹介していきたいと思います.
陸上競技長距離種目において,乳酸カーブテストを行うことは一般的になりつつあります.また,競泳やスピードスケートのような競技でも一昔前から行われてきており,決して珍しいことではないでしょう.一方で,短距離走においては,そのようなテストの導入は多くはないように思います.しかしながら,テストがないわけではありません.Rusko et al.(1993)は,最大無酸素性ランニングテストとしてMART(Maximal Anaerobic Running Test)を提案しています(当初はMARP-Test).これは,トレッドミル上にて20秒間のランニングを100秒の休息時間を挟み,段階的に走速度を上げ疲労困憊まで行う間欠的漸増負荷テスト(図1A)です.また,休息中には,血中乳酸濃度の測定が行われ,図1Bのような乳酸カーブが作成されます.森丘ほか(2003)は,このMARTを用いて,400m走パフォーマンスと各指標との関係を検討しています.このとき得られる指標は,最大走速度(完走した最後のセットと疲労困憊で中断したセットから算出される)を示す最大パワー(Pmax),MART終了後の最高血中乳酸濃度(PBLa),PBLaの相対値を基準とした最大下パワーPRLa(P20%La,P40%La,P60%La)などがあります.そして,400m走記録とPmaxとの間,および400m走記録とP60%PBLaとの間に有意な負の相関関係(r=‐0.662,p<0.05;r=‐0.652,p<0.05)が認められました(森丘ほか,2003).つまりPmax,P60%PBLaの値が高い者ほど,400m走の記録が良いことを示しています.このことから,森丘ほか(2003)は,MARTは400m走能力を反映するテストとして有用であることを示唆しています.なお,PRLaは,PBLaの値と最大下走行での血中乳酸濃度に依存しているため,最大走行の能力(特に乳酸生成能力による走力)および最大下走行の能力(乳酸利用能力,経済的な走フォームなど)を含む総合的なスプリント能力を評価していると考えられます.
また,MARTを用いた研究には他にも縦断的な研究があります.森丘ほか(2006)は,十種競技者を対象に,3年間にわたって,400m走記録とMARTとの関係を調査しました.図1Bは,ある競技者の3年間にわたるMARTの乳酸カーブおよび各指標(Vmax,VRLaはPmax,PRLaと同義として扱います)と400m走記録を示しています.1年目から2年目にかけて400m走記録は,0.67秒短縮していますが,それに伴いVmaxはわずかに増加し,乳酸カーブが下に推移しているのが分かります.VRLaの向上および乳酸カーブの下方推移は,前述したように最大下走行能力(乳酸利用能力や経済性)の改善,つまり乳酸を「使う」能力(森丘,2008)とスプリントエコノミー(Rusko et al.,1993)が高まったことによるものと考えられます.2年目から3年目にかけては,400m走記録が大きく短縮されていますが,それに伴いPBLaおよびVmaxも増加しています.一方で,乳酸カーブはわずかながら上方推移しているのがわかります.このことから,最大下走行の能力は多少減少したもののある程度維持しながら,最大走行の能力向上によって400m走記録が顕著に短縮されたと考えることができます.森丘(2008)は,森丘ほか(2006)における図1Bの結果に関して,このような個人内変動からVRLaは,乳酸を「出せる能力」と「使える能力」を勘案した評価指標として,妥当性・有用性があると述べています.
MARTによるトレーニング効果の評価や走能力の評価が有効だと示唆された一方で,トレッドミルを用いたテストは,設備が整っていなければ実施するのが難しいなどの欠点もあります.そこで,トラック(競技場)でのテストがNummela et al.(2007)や持田(2008)によって提案されています.Nummela et al.(2007)の提案したプロトコルは,150m走を100秒の休息時間を挟んで,段階的に速度を上げて10本行うというものです.なお,ペースは電気信号に追尾するように行い,最後の試技は全力疾走で行います.そして,Vmaxを除いて,トレッドミルで行うMARTと比較して大差がなかったと報告されています(Nummela et al.,2007).また,持田(2008)は,MARTと距離漸増式40秒走の乳酸カーブを比較したところ競技レベルによる違いが確認されたことから,双方には相似性の関係があることを述べています.なお,距離漸増式40秒走とは,230mから本数ごとに5mずつ漸増する40秒間走を4分程度の休息時間を挟み,疲労困憊まで行うテスト(6~12回程度の試技数)になります.そして東(2009)は,この距離漸増式40秒走(休息時間等は多少異なる)を用いて縦断的研究を行いました.その結果,東(2009)は,指標の一つであるV12mM(血中乳酸濃度が12mMの時の走速度)と400m走記録との間に有意な負の相関関係(r=‐0.901,p<0.05)が認められたことなどから,距離漸増式40秒走は,競技者のコンディションやトレーニング効果を反映するテストであることを示唆しています.したがって,以上のようなトラックで行うテストによっても,乳酸カーブからトレーニング効果や走能力を評価することが可能であると考えられます.
陸上競技の短距離走だけでなく,競泳やスピードスケートなどのような他の競技に目を向けると,乳酸カーブによるトレーニングのカテコライズやレース記録と血中乳酸濃度との関係による課題発見・レースの評価がなされています.岩原(2016)は,図2のように乳酸カーブテスト(例:200m泳×5;休息時間8~20分)によって,血中乳酸濃度と泳速の関係から無酸素性トレーニング,持久系トレーニング,有酸素性トレーニングの3つにトレーニングをカテコライズしています.これによって,個々の体力特性(乳酸カーブ)に適合するトレーニング計画やトレーニング状況の確認が可能になるでしょう.また,伊藤(2016)は,スピードスケートにおけるレース記録と血中乳酸濃度との関連からレース評価と課題のポイントを示しています.競技種目は違いますが,血中乳酸濃度は身体的特性と技術によって変化しうること(前回のコラム参照)を考えると短距離走においても参考になるでしょう.伊藤(2016)の挙げたポイントとこれまで述べてきた内容を整理すると,図3のようになります.シーズン最初のレースなどの最高血中乳酸濃度を基準に,枠内に示したポイントを今後の課題や次レースの評価に利用することができます.そして,伊藤(2016)は,パフォーマンスの向上は,エネルギー出力の増大(赤枠)およびエネルギー効率の改善(橙枠,緑枠)によってなされることから,最終的にはエネルギー効率が良く同時にエネルギー出力も高まった,つまり乳酸値の高い右上の範囲において,最高のパフォーマンスが得られると述べています.
以上に挙げたように,乳酸カーブテストは様々ありますが,短距離走で導入しているチームは多くはないと思います.血中乳酸測定器をお持ちであれば,ぜひ取り入れてみてはいかがでしょうか.
これから試合期に入りますが,シーズン中では乳酸カーブテストによる評価よりは,レース直後の測定によって伊藤(2016)のレース評価・課題ポイントを用いるのが有効であると思います.しかしながら,レース直後は測定が困難だと考えられますので,月に一度のコントロールテスト(300mなど)といった形で行うのが良いかもしれません.今回のコラムを参考にしていただければ幸いです.